はじめに
本稿では、PwCが発表した「2025 Global AI Jobs Barometer」というレポートをもとに、AI(人工知能)が私たちの仕事や経済にどのような影響を与えているのか、そして今後どのように関わっていくべきかについて解説します。
引用元記事
- タイトル: AI linked to a fourfold increase in productivity growth and 56% wage premium, while jobs grow even in the most easily automated roles
- 発行元: PwC
- 発行日: 2025年6月3日
- URL: https://www.pwc.com/gx/en/news-room/press-releases/2025/ai-linked-to-a-fourfold-increase-in-productivity-growth.html

要点
- AIスキルを持つ労働者の賃金は大幅に上昇している。 2024年には、AIスキルを持つ労働者は持たない労働者と比較して平均56%高い賃金を得ており、このプレミアムは前年の25%から倍増している。
- AIの影響を受けやすい職種でも、求人は増加している。 AIによって自動化されると懸念された職種でも、実際には求人が38%増加している。ただし、AIの影響を受けにくい職種の求人増加率よりは低い。
- AIを積極的に活用する業界は、生産性が著しく向上している。 特にAIの影響を最も受ける業界(金融サービス、ソフトウェア出版など)では、従業員一人当たりの収益成長率が、AIの影響を最も受けにくい業界と比較して3倍高い(27% 対 9%)。
- AIの普及に伴い、企業が求めるスキルは急速に変化している。 特にAIの影響を最も受ける職種では、求められるスキルセットの変化速度が66%も速くなっている。
- 生成AI(GenAI)の普及以降、AIの影響を最も受ける業界の生産性成長率は約4倍に急増している。 2018年から2022年までの成長率7%に対し、2018年から2024年までの期間では27%に達している。一方、AIの影響を受けにくい業界(鉱業、ホスピタリティなど)の生産性成長率は10%から9%へとわずかに低下している。
- AIは仕事を奪うのではなく、仕事のあり方を変える。 AIによって一部のタスクが自動化される仕事(automated jobs)と、AIが人間の業務を支援・拡張する仕事(augmented jobs)の両方で求人が増加している。
- 学歴よりも実践的なスキルが重視される傾向にある。 特にAI関連の職種では、企業が応募者に求める学歴の重要性が低下している。
- AIの影響は男女で異なる可能性があり、女性の方がAIの影響を受けやすい職種に従事している割合が高い。 このため、女性はスキル変化への対応がより求められる。
詳細解説
AIスキルを持つ人材の価値が急上昇
今回のPwCのレポートで最も注目すべき点の一つは、AIスキルを持つ人材の市場価値が急速に高まっていることです。2024年のデータによると、AI関連のスキルを持つ労働者は、同様のスキルを持たない労働者と比較して、平均で56%も高い賃金を得ています。これは、前年の25%というプレミアムから大幅な上昇であり、AI技術の進展と社会への浸透がいかに速いペースで進んでいるかを示しています。
この背景には、企業がAIを導入し、その運用やさらなる開発を担える人材を強く求めていることがあります。特に生成AI(Generative AI、GenAI)の登場以降、文章作成、画像生成、プログラミング補助など、AIの活用範囲が飛躍的に拡大しました。これにより、AIを使いこなし、ビジネス価値を創出できる人材への需要が供給を大きく上回っている状況が、この高い賃金プレミアムに繋がっていると考えられます。
AIは仕事を奪うのではなく、むしろ新たな雇用を生み出す?
「AIに仕事が奪われる」という懸念は広く聞かれますが、レポートは意外な結果を示しています。AIの影響を受けやすい、つまり自動化が進むと予想されていた職種においても、求人数は過去5年間(2019年~2024年)で38%増加しています。これは、AIの影響を受けにくい職種の求人増加率(65%)には及ばないものの、AIが単純に雇用を奪うわけではないことを示唆しています。
レポートでは、AIの影響を受ける仕事をさらに「自動化される仕事(AIがタスクを代替)」と「拡張される仕事(AIが人間の能力を補強・向上)」に分類しています。興味深いことに、どちらのタイプの仕事も求人が増加しており、特にAIによって人間の業務が拡張される仕事の方が成長が速い傾向にあります。これは、AIが人間の仕事を完全に置き換えるのではなく、人間とAIが協調してより高度な業務を遂行する未来を示唆していると言えるでしょう。
AI活用企業における驚異的な生産性向上
AI導入の最も大きなメリットの一つが生産性の向上です。レポートによると、金融サービスやソフトウェア出版など、AIの影響を最も受けやすい業界では、従業員一人当たりの収益成長率が、AIの影響を受けにくい業界と比較して3倍も高いという結果が出ています(27% 対 9%)。
さらに衝撃的なのは、生成AIが本格的に普及し始めた2022年以降のデータです。AIの影響を最も受ける業界の生産性成長率は、2018年から2022年までの平均が7%だったのに対し、2018年から2024年までの期間で見ると27%へと約4倍に急増しています。これは、AI、特に生成AIがいかにビジネスの効率化と価値創造に貢献しているかを明確に示しています。一方で、鉱業やホスピタリティ産業など、AIの影響を受けにくい業界では、同期間の生産性成長率が10%から9%へとわずかに低下しており、AI活用の有無が企業間・業界間の格差を拡大させる可能性も示唆されています。
求められるスキルの急速な変化と「リスキリング」の重要性
AIの進化は、労働市場に求められるスキルセットにも大きな変化をもたらしています。特にAIの影響を最も受ける職種では、雇用主が求めるスキルが変化するスピードが、昨年と比較して66%も速まっているとのことです。これは、AI技術の進歩に合わせて、労働者も常に新しい知識やスキルを習得し続ける必要があることを意味します。いわゆる「リスキリング(学び直し)」の重要性がますます高まっていると言えるでしょう。
また、興味深い点として、企業が応募者に求める学歴の重要性が低下している傾向が見られます。特にAIによって仕事が拡張される職種では、大卒を必須とする求人の割合が2019年の66%から2024年には59%へと7ポイント低下しています。これは、従来の学歴偏重から、より実践的なスキルや経験、そして新しいことを学ぶ意欲や能力を重視する採用へとシフトしている可能性を示しています。
ジェンダーとAI:女性への影響は?
レポートは、AIが労働市場に与える影響について、ジェンダーによる違いにも言及しています。分析対象となった全ての国で、女性の方が男性よりもAIの影響を受けやすい職種に従事している割合が高いことが示されました。これは、女性がスキルの変化により迅速に対応する必要性が高いことを意味しており、教育訓練やキャリア支援においてジェンダーの視点を考慮することの重要性を示唆しています。
企業が取るべき5つのアクション
最後に、PwCはAIによってもたらされる成長機会を最大限に活用するために、企業が取るべき5つの主要なアクションを提言しています。
- 全社的な変革のためにAIを活用する。
- AIを単なる効率化戦略ではなく、成長戦略として捉える。
- エージェントAI(Agentic AI)を優先する。 (エージェントAIとは、自律的にタスクを実行し、目標達成のために行動できるAIのことです。より高度な自動化と意思決定支援を可能にします。)
- 従業員がAIの力を最大限に活用できるスキルを習得できるようにする。
- 信頼を構築することで、AIの変革的な可能性を解き放つ。
まとめ
PwCの「2025 Global AI Jobs Barometer」は、AIが経済や労働市場に与える影響について、多くの示唆に富むデータを提供しています。AIスキルを持つ人材の価値は著しく向上し、AIを積極的に活用する企業は生産性を大幅に高めています。一方で、AIは仕事を奪うのではなく、仕事の内容や求められるスキルを急速に変化させています。 私たち個人にとっては、変化を恐れずに新しいスキルを学び続ける「リスキリング」の姿勢が不可欠です。企業にとっては、AIを単なるツールとしてではなく、事業成長の核となる戦略として位置づけ、従業員のスキル開発を支援し、信頼に基づいたAI活用を進めることが求められます。