[ニュース解説]AI時代における教皇の挑戦:倫理的指針と人類の未来

目次

はじめに

 本稿では、テクノロジーが急速に進化する現代において、特に人工知能(AI)がもたらす影響について警鐘を鳴らし、倫理的な利用を訴えるローマ教皇レオ14世の姿勢と、バチカンの取り組みについてPOLITICOが2025年6月4日に報じた「Pope Leo XIV wants to stop AI playing God」という記事をもとに解説します。

引用元記事

あわせて読みたい
[ニュース解説]新ローマ教皇、AI時代における「人間の尊厳」への挑戦を語る はじめに  本稿では、新たに選出されたローマ教皇レオ14世が、現代社会における人工知能(AI)の急速な発展を「人間の尊厳」に対する主要な課題として捉えているという...

要点

  • 新教皇レオ14世は、制御不能なAIのリスク抑制を教皇職における決定的な使命と位置付けている
  • 教皇は、AIが「人間の尊厳、正義、そして労働」にもたらす危険性を警告している。
  • テクノロジーの「計り知れない可能性」を認めつつも、それが「全ての人の善のために利用されることを保証する」責任が伴うと強調している。
  • バチカンは、AIの発展が人権と人間の尊厳を損なうこと、特に低スキル労働者に不均衡な影響を与えることを懸念している。
  • 教皇庁は、AI規制において倫理的な役割を果たすことを目指し、国際社会やテクノロジー企業との対話を進めている
  • レオ14世自身もAI生成コンテンツ(ディープフェイク)の被害に遭っており、この問題の現実的な脅威を示している。

詳細解説

新教皇レオ14世の使命:AIの暴走を食い止める

 2025年、新たに就任したローマ教皇レオ14世は、その教皇職の主要なミッションとして、人工知能(AI)の野放図な発展に伴うリスクの抑制を掲げました。これは、歴史を通じてカトリック教会が異端、疫病、侵略といったその時代の大きな挑戦に立ち向かってきたように、現代における喫緊の課題への取り組みと言えます。

 教皇は枢機卿への最初の公式演説で、AIが「人間の尊厳、正義、そして労働」に対して潜在的に持つ危険性を指摘しました。その2日後には記者団に対し、テクノロジーの「計り知れない可能性」を評価しつつも、それが「全ての人の善のために利用されることを保証する」という責任を伴うことを強調しています。この姿勢は、産業革命期に労働者の権利を擁護した19世紀の教皇レオ13世の精神を引き継ぐものと見られています。当時、レオ13世がそうであったように、レオ14世もまた、抑制の効かない現代技術の進展に直面し、社会構造の守護者としての立場を明確にしているのです。バチカンの報道官は、新教皇が「レオ」という名を選んだのは「偶然ではない」と述べています。

バチカンの専門家とAI倫理

 バチカンのAI倫理アドバイザーであるフランシスコ会修道士のパオロ・ベナンティ氏は、「教会は私たちに天に目を向けるよう求めると同時に、時代に応じて地上を歩むことも求めている」とPOLITICOに語り、教会がこのような未来的な分野で専門知識を提供することに何ら不思議はないと付け加えています。

 ローマのルイス大学とサセックス大学でイノベーション経済学を教えるAI専門家のマリア・サヴォナ教授は、「バチカンは、人権と人間の尊厳を損ない、特に低スキルの労働者に不均衡な影響を与える可能性のあるAIのいくつかの開発を避けたいと考えている」と分析しています。

 倫理学者、哲学者、そしてテクノロジー企業のトップ自身も、企業が知的な生命体を創造することのリスクについて警告を発しています。X(旧Twitter)のオーナーでありAIボット「Grok」の開発者でもあるイーロン・マスク氏は、AIの無謀な開発を通じて「悪魔を召喚する」ことへの警戒を促し、それを「デジタルの神」の創造になぞらえています。

これまでの取り組みとレオ14世の役割

 AI規制におけるバチカンの役割を確立するための取り組みは、レオ14世の前任者であるフランシスコ前教皇の時代から始まっていました。2020年、フランシスコ前教皇は宗教指導者、政治指導者、そしてIBMやシスコといったテクノロジー企業を集め、「AI倫理のためのローマ・コール」に署名しました。これは、説明責任を果たし、社会的に有益なAI技術の開発へのコミットメントを示すものです。今年1月には、バチカンはAIが人類を「自らの労働の奴隷」にする可能性があると警告する公式声明を発表しました。

 シリコンバレーを擁し、技術革命の中心地である米国出身で、かつ数学の学位を持つレオ14世は、このトーチを引き継ぐ上で非常にユニークな立場にあります。しかし、国際的な状況は複雑です。ワシントンは規制緩和を進めており、ドナルド・トランプ大統領はジョー・バイデン前大統領が定めた安全規則を撤廃し、主要企業OpenAIと共に5000億ドル規模のAIハードウェア計画を発表しています。

 歴史的にAI規制の最前線に立ってきたEUでさえ、そのスタンスを競争力重視へと修正し、AI法の「的を絞った調整」の可能性を示唆し、計算能力の向上に力を入れています。2月にパリで開催されたAIサミットでは、世界の指導者たちはガードレールを設けることよりも、取引をまとめることに関心を示していました。

 ベナンティ師によれば、教会の「人間性における専門家」としての役割は、特にカトリック諸国の指導者たちを動かし、「人間を気遣い、社会正義に沿ったAIを創造する」ことに貢献できると言います。レオ14世は、イタリアのジョルジア・メローニ首相との最初の電話会談で、「倫理的で人間中心のAI開発」に向けて協力し続けることを誓い合いました。昨年、メローニ首相の招待を受け、フランシスコ前教皇はG7首脳に対しAI倫理について演説しています。

グローバルな視点とディープフェイクの脅威

 サヴォナ教授は、「バチカンのAIへの関心は奇妙なことではない。フランシスコ前教皇も現代的な問題である気候変動に大きな関心を寄せていた。教会の使命は、世界に適応しながら核心的な原則に忠実であることだ」と述べています。

 バチカンは、グローバルサウス(主に南半球に位置する発展途上国を指す言葉)に広がるネットワークを活用し、AIの力が巨大テック企業や富裕国に集中する中で、AIへの「より民主的なアクセスを促進」し、ヨーロッパ中心の規制を世界的に標準化する後押しをすることができるとサヴォナ教授は指摘します。「これは非常に、非常に有益だろう」と彼女は語り、教皇は教会が「変化する世界を理解する手助けをし、人間の尊厳の尊重へと導き、技術革新が社会的ケアをいかに支援できるかを示す」ことができると認識していると付け加えています。

 興味深いことに、レオ14世自身もAIによって生成された偽情報、いわゆるディープフェイクの被害を免れてはいません。教皇就任からわずか1週間後、YouTubeにはレオ14世がブルキナファソのイブラヒム・トラオレ大統領を称賛し、バチカンの富とアフリカの貧困を対比させる動画が投稿されました。バチカンは、この動画がディープフェイクであると指摘しました。これは、アフリカのプラットフォームでトラオレ大統領を汎アフリカ主義の指導者の模範として称賛する、最近のAI生成コンテンツの波の一部でした。

科学と信仰、そしてバチカンの影響力

 科学的探求とバチカンの関係は、必ずしも常に良好だったわけではありません。1600年代には、神学当局が天文学者ガリレオ・ガリレイを地動説を唱えたとして異端宣告した歴史があります。しかし、ベナンティ師によれば、信仰とテクノロジーの対立は「非常に現代的な概念」であり、歴史を通じて多くの科学者が信者でもあったと述べています。

 レオ14世が自ら掲げたこの探求において効果を発揮できるかどうかは、他者を動かす能力、そして潜在的にはそのスターパワーにかかっています。サヴォナ教授は、「バチカンは非常に強力な道徳的説得力を持っている。非常に権威のある声を持っている」と評価しています。

まとめ

 本稿では、POLITICOの記事「Pope Leo XIV wants to stop AI playing God」を基に、新ローマ教皇レオ14世がAI技術の倫理的な課題にどのように取り組もうとしているのかを解説しました。

 AIは私たちの生活や社会に大きな変革をもたらす可能性を秘めていますが、同時に人間の尊厳、公正さ、労働のあり方といった根源的な価値観を揺るがしかねないリスクも内包しています。レオ14世は、この新たな技術の潮流に対し、過去の教皇たちが時代の大きな課題に立ち向かったように、人類社会の道徳的・倫理的な羅針盤としての役割を果たそうとしています。

 バチカンは、AI開発において人間中心のアプローチを提唱し、特に社会的弱者が不利益を被ることのないよう、国際社会やテクノロジー企業に働きかけています。レオ14世自身がディープフェイクの被害に遭ったことは、AI技術の負の側面がすでに現実の脅威となっていることを象徴しています。 科学技術の進歩と信仰は必ずしも対立するものではなく、むしろ人類の幸福のために協調し得るとバチカンは考えています。レオ14世の指導のもと、バチカンが持つ道徳的影響力が、AI技術の健全な発展と、より公正で人間らしい未来の構築にどのように貢献していくのか、今後も注目していく必要があるでしょう。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次