はじめに
アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが、映画制作におけるAI(人工知能)利用に関する新たなルールを発表し、注目を集めています。技術の進歩は目覚ましく、クリエイティブな分野にもその影響は及んでいますが、伝統ある映画の祭典は、この新しい波にどう向き合っていくのでしょうか。本稿では、今回のルール改定の内容とその背景、そして今後の映画界へのAIの影響について、分かりやすく解説していきます。
引用元記事
- タイトル:Oscars OK the Use of A.I., With Caveats
- 発行元:The New York Times
- 発行日:2025年4月21日
- URL:https://www.nytimes.com/2025/04/21/business/oscars-rules-ai.html
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要点
- アカデミー賞は、映画制作におけるAIやその他のデジタルツールの使用が、ノミネートの可能性を助けも妨げもしないと公式に発表しました。
- しかし、同時に人間の創造的な関与(creative authorship)がより大きい作品を評価するという方針も明確に示されました。
- 映画制作者に対して、AI使用の有無を開示することは義務付けられませんでした。
- この決定は、映画業界におけるAI技術の急速な普及と、それに伴うクリエイター間の倫理的な議論や懸念を反映したものです。
詳細解説
近年、生成AI(Generative Artificial Intelligence)と呼ばれる技術が急速に進化し、文章、画像、音声、さらには動画までも自動で生成できるようになりました。映画制作の現場においても、特殊効果の作成、音声の調整(例:特定の訛りの付与)、背景の生成、編集作業の効率化など、様々な形でAIが利用され始めています。
しかし、この技術の導入は、映画界、特にクリエイターの間で大きな議論を巻き起こしています。脚本家や俳優の組合(Unions for writers and actors)は、AIが人間の仕事を奪う可能性や、オリジナリティ、著作権、倫理的な問題に対する懸念から、近年の契約交渉においてAI利用に関する保護条項を強く求めました。
実際に、2025年のアカデミー賞では、10部門にノミネートされた『The Brutalist』という作品が、俳優のハンガリー訛りを強調するためにAI技術を使用したことが明らかになり、その是非について激しい議論が交わされました(同作は主演男優賞、撮影賞、作曲賞を受賞)。他にも、『Emilia Pérez』や『Dune: Part Two』といったノミネート作品でも、何らかの形でAIツールが活用されていたと報じられています。
このような背景を受け、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミー(The Academy of Motion Picture Arts and Sciences)は、AI利用に関するルールを初めて明文化しました。
重要なのは、新しいルールにおいて、AI技術やその他のデジタルツールの使用自体が、アカデミー賞のノミネート資格を失わせるものではないとされた点です。つまり、「AIを使ったからダメ」ということにはなりません。
ただし、アカデミーは同時に、「人間が創造的な作者性の中心にどれだけいたか(the degree to which a human was at the heart of the creative authorship)」を考慮して作品を評価すると強調しています。これは、単に技術を使ったかどうかではなく、その映画が持つ芸術性や創造性において、人間の貢献度がどれだけ大きいかを重視するというアカデミーの姿勢を示しています。AIはあくまでツールであり、最終的な評価の核心には人間の創造性が存在すべきだ、というメッセージと解釈できます。
アカデミーは当初、候補作品申請時にAI使用の開示を義務付けることも検討していましたが、今回の発表ではその要件は見送られました。技術の定義や利用範囲の線引きが難しいことなどが理由として考えられます。
加えて、アカデミーはソーシャルメディアを含む「公的なコミュニケーション(public communications)」に関するポリシーも強化し、候補作品の関係者が他の候補作品の技術や主題を中傷すること(disparage the techniques used in or subject matter of any motion picture)を禁じました。これは、AI利用の是非などを巡って過度な批判合戦が起こることを避け、健全な競争環境を保つための措置と言えるでしょう。
まとめ
今回のアカデミー賞のルール改定は、AIという避けられない技術の波に対して、映画界がどのように向き合っていくかを示す重要な一歩です。AIの利用を完全に否定するのではなく、あくまで「ツール」としてその存在を認めつつも、映画芸術の根幹である人間の創造性を最も重視するというバランスの取れた方針を示しました。
今後、AI技術はさらに進化し、映画制作における役割も変化していく可能性があります。その中で、人間のクリエイティビティをどう定義し、評価していくのか。アカデミー賞の判断は、今後の映画界全体の動向、そして他のクリエイティブ産業におけるAIとの向き合い方にも、少なからず影響を与えていくことでしょう。技術と芸術、そして倫理観の間で、映画界がどのような未来を描いていくのか、引き続き注目していく必要があります。
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