はじめに
OpenAIが2025年12月8日、企業におけるAI導入の実態を包括的に分析した「The state of enterprise AI」レポートを発表しました。本稿では、実際の利用データと約9,000人の労働者調査をもとに、企業でのAI活用がどのように進んでいるのか、どのような成果が報告されているのかを解説します。
参考記事
- タイトル: The state of enterprise AI
- 発行元: OpenAI
- 発行日: 2025年12月8日
- URL: https://openai.com/index/the-state-of-enterprise-ai-2025-report/
- Report URL : https://cdn.openai.com/pdf/7ef17d82-96bf-4dd1-9df2-228f7f377a29/the-state-of-enterprise-ai_2025-report.pdf
・あくまで個人の理解に基づくものであり、正確性に問題がある場合がございます。
必ず参照元論文をご確認ください。
・本記事内での画像は、上記論文より引用しております。
要点
- OpenAIは企業顧客の実利用データと約9,000人の労働者調査をもとに、初の包括的な企業AI導入レポートを発表した
- ChatGPT Enterpriseの週次メッセージ数は過去1年で約8倍に増加し、ProjectsやCustom GPTsなどの構造化ワークフローの利用は19倍に拡大している
- 調査対象の労働者の75%が、AIによって業務の速度または品質が向上したと報告し、1日あたり40-60分の時間節約を実現している
- テクノロジー、ヘルスケア、製造業が最も急成長しており、オーストラリア、ブラジル、オランダ、フランスでは前年比140%を超える成長を記録した
- フロンティアワーカー(上位5%)は中央値の6倍のメッセージを送信しており、AI活用の習熟度による格差が拡大している
詳細解説
調査の背景とデータソース
OpenAIによれば、ChatGPTは現在、週に8億人以上のユーザーに利用されており、この急速な消費者向け普及が企業での導入を加速させる好循環を生み出しています。今回発表されたレポートは、OpenAIの企業顧客からの実利用データと、約100社の企業で働く9,000人の労働者を対象とした調査という2つのデータソースに基づいています。
汎用技術(General Purpose Technology)の歴史を見ると、蒸気機関から半導体まで、企業が基盤技術を実用的なユースケースに変換し、規模拡大を実現した段階で大きな経済価値が創出されてきました。OpenAIは、企業向けAIが現在この段階に入りつつあると分析しています。
導入の加速と深化
OpenAIのデータによれば、企業でのAI導入は広がりだけでなく、深さにおいても加速しています。具体的には、ChatGPT Enterpriseでの週次メッセージ数が過去1年で約8倍に増加し、平均的な労働者が送信するメッセージ数も30%増加しました。

さらに注目すべきは、ProjectsやCustom GPTsといった構造化ワークフローの利用が年初から19倍に増加している点です。この傾向は、単発的な質問から、統合された反復可能なプロセスへの移行を示していると考えられます。また、組織あたりの平均推論トークン消費量は過去12ヶ月で約320倍に増加しており、より高度なモデルが製品やサービスに体系的に組み込まれていることが示唆されます。
従来のIT導入では、新しいツールの普及には段階的な学習曲線が伴うことが一般的でした。しかし、このデータが示すのは、既存ユーザーの利用深度が急速に高まっていることであり、AI活用においては「使い慣れ」が加速度的に進む可能性があります。
業界・地域別の成長動向
OpenAIは、すべての業界でAI導入が進んでいるものの、特に強い勢いを見せているのはテクノロジー、ヘルスケア、製造業の3分野だと報告しています。また、プロフェッショナルサービス、金融、テクノロジー分野は、最大規模で運用されています。

地域別では、オーストラリア、ブラジル、オランダ、フランスが最も急成長しており、いずれも前年比140%を超える成長率を記録しました。国際的なAPI顧客は過去6ヶ月で70%以上の成長を示しており、日本は米国外で最大の法人API顧客基盤を持っているとのことです。

日本市場については、企業文化として慎重な導入プロセスを経る傾向があることが知られていますが、API顧客数で米国外トップという実績は、技術革新への関心の高さを反映していると考えられます。
労働者が実感する具体的な価値
調査対象の企業では、75%の労働者がAI利用によって業務の速度または品質が向上したと報告しています。具体的な時間節約としては、1日あたり40-60分、ヘビーユーザーでは週10時間以上が報告されました。
OpenAIによれば、部門別では以下のような効果が報告されています。IT部門の87%が問題解決の迅速化を、マーケティング・プロダクト部門の85%がキャンペーン実行の高速化を、HR部門の75%が従業員エンゲージメントの向上を、エンジニアの73%がコード納品の迅速化をそれぞれ報告しています。
重要な点として、AIは単に既存業務を高速化するだけでなく、新しい種類の業務を可能にしていることが指摘されています。技術職以外の労働者によるコーディング関連のメッセージが36%増加し、75%のユーザーが以前は実行できなかった新しいタスクを完了できるようになったと報告しています。
この「意図と実行のギャップを縮める」効果は、専門性や技術的専門知識に関係なく、個人がアイデアを具体的な成果物に変換できるようになることを意味すると考えられます。従来、プログラミングやデザインなどの専門スキルを必要とした作業が、AIの支援により広範な人々に開かれつつある可能性があります。
フロンティアユーザーと組織の躍進
OpenAIのデータは、「フロンティア」労働者・企業と中央値との間に拡大する格差を示しています。フロンティアワーカー(上位5%パーセンタイル)は、中央値の従業員の6倍のメッセージを送信し、高度な機能をより集中的に活用しています。フロンティア企業は、1席あたり2倍のメッセージを送信し、チーム全体でより深いAI統合を示しています。


これらのパターンは、より多くのインテリジェンスを消費し、より多様なタスクに従事するユーザーほど、時間節約が増加するという調査結果を考慮すると、特に意味があると考えられます。
OpenAIは約3日ごとに新機能や能力をリリースしており、組織にとっての主要な制約はもはやモデル性能やツールではなく、組織の準備態勢と実装にあると指摘しています。この指摘は、技術的な障壁よりも、組織的な学習や文化変革がAI活用の成否を分ける要因になりつつあることを示唆していると思います。
今後の展望とレポートの活用
OpenAIは、このレポートがAI導入の変化を記述するだけでなく、組織がより効果的に展開する方法を計画するのに役立つように設計されていると説明しています。実際の利用データに基づき、主要企業が現在どのようにAIを展開しているか、どこで価値を実現しているか、そしてより深い統合が時間の経過とともにどのように影響を複合させるかをベンチマークしています。
OpenAIは、組織が実験から持続可能で高影響なAI展開にどのように移行するかを研究し続け、フロンティアが進化するにつれて学んだことを共有し続けるとしています。
まとめ
OpenAIの企業AI導入レポートは、実利用データと労働者調査から、AI活用が単なる試験段階から本格的な業務統合へと移行しつつある実態を明らかにしました。時間節約や生産性向上といった具体的な成果が報告される一方で、習熟度による格差の拡大も示されています。組織の準備態勢と実装能力が、今後のAI活用の成否を分ける重要な要素になると考えられます。
