はじめに
NVIDIAが2025年10月28日、米国ワシントンD.C.で開催されたGTC(GPU Technology Conference)において、政府機関および規制産業向けの「NVIDIA AI Factory for Government」参照設計を発表しました。本稿では、この発表内容をもとに、政府や高度な規制環境で求められる安全なAI基盤の仕組みと、民間企業への展開可能性について解説します。
参考記事
- タイトル: NVIDIA and US Technology Leaders Unveil AI Factory Design to Modernize Government and Secure the Nation
- 著者: Justin Boitano
- 発行元: NVIDIA Blog
- 発行日: 2025年10月28日
- URL: https://blogs.nvidia.com/blog/us-technology-leaders-ai-factory-design-government/
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要点
- NVIDIA AI Factory for Governmentは、連邦政府機関や規制産業が安全なAI基盤を構築するための参照設計である
- FedRAMP認証クラウドや高保証環境向けに設計された最新のNVIDIA AI Enterpriseソフトウェアを採用し、厳格なセキュリティ基準を満たす
- Palantir、CrowdStrike、ServiceNow、Lockheed Martin傘下のAstris AI、Northrop Grummanなど主要技術企業が参画し、政府向けAIエージェントの開発・展開を加速する
- NVIDIA Blackwellアーキテクチャを基盤とし、RTX PROサーバー、HGX B200システム、Spectrum-Xイーサネットなどのハードウェア構成を推奨している
- パートナーエコシステムには、Dataiku、DataRobot、Cisco、Dell Technologies、HPE、Lenovoなど多数の企業が参加し、幅広い導入支援体制が整備されている
詳細解説
政府機関が直面するAI基盤の課題
NVIDIAによれば、世界中の政府がAIの活用を急いでいる一方で、既存のレガシーインフラでは、ミッションクリティカルな行動に必要な速度、複雑性、信頼性に対応できていないとされています。大規模なデータストリーム、サイバー脅威、緊急オペレーションに対応するには、公共部門特有の基準と規模に特化した新しい設計思想が必要だという認識です。
従来の政府システムは、多くの場合、数十年前の技術基盤の上に構築されています。こうしたレガシーシステムでは、リアルタイムのデータ処理や高度なAIモデルの推論に必要な計算能力が不足しがちです。また、セキュリティ要件も民間企業とは異なり、国家安全保障に関わる情報を扱うため、より厳格な基準が求められます。
NVIDIA AI Factory for Governmentの構成要素
この参照設計は、NVIDIA Blackwellアーキテクチャをベースとしたハードウェア構成を推奨しています。具体的には、NVIDIA RTX PROサーバーやNVIDIA HGX B200システムといった最新のGPUシステムに加え、NVIDIA Spectrum-Xイーサネット、NVIDIA BlueFieldプラットフォーム、NVIDIA認定ストレージ、そして最新のNVIDIA AI Enterpriseソフトウェア、NVIDIA Nemotronオープンモデルが含まれます。
Blackwellアーキテクチャは、NVIDIAの最新世代GPUアーキテクチャであり、前世代と比較して大幅な性能向上を実現しています。RTX PROサーバーは企業向けのAIワークステーション・サーバーで、HGX B200はデータセンター規模のAI処理に対応する高性能システムです。
最も重要なのは、NVIDIA AI Enterpriseソフトウェアが厳格なセキュリティ基準を満たすよう設計されている点です。NVIDIAによれば、高度なコードスキャン、脆弱性管理、継続的な監視機能が新たに追加されており、AIワークロードが適切に構成され、定期的に更新され、ミッションクリティカルな展開に常に対応できる状態を維持します。
FedRAMPとは、Federal Risk and Authorization Management Programの略で、米国連邦政府がクラウドサービスのセキュリティを評価・認証するための標準的な枠組みです。この基準を満たすことは、政府機関との取引において必須の要件となっています。
主要テクノロジー企業との協業
Palantirは、NVIDIA AI Enterpriseソフトウェア、NVIDIA Nemotron、その他のAI機能を統合し、高度に規制された産業の複雑な運用環境向けに、ドメイン特化型のインテリジェンスとAIエージェントを提供すると発表しました。Palantir Ontology(Palantir AIプラットフォームの中核)と、NVIDIAのデータ処理・経路最適化ライブラリ、オープンモデル、アクセラレーテッドコンピューティングを統合することで、企業や政府向けのAI展開を加速するとされています。 Palantirは、もともと情報分析やデータ統合のプラットフォームとして知られており、政府機関や大企業での採用実績があります。今回の協業により、こうした既存の顧客基盤に対して、より高度なAI機能を提供できるようになると考えられます。
CrowdStrikeは、AIファクトリーのサイバーセキュリティを強化するため、そのAgentic Security PlatformをNVIDIA AI Factory for Government参照設計に対応させ、組織が連邦および高保証環境でAIエージェントを構築・展開できるようにすると発表しました。また、NVIDIA Nemotronオープンモデル、NVIDIA NeMo Data Designer、NVIDIA NeMo Agent Toolkitを統合し、クラウド、データセンター、エッジ環境全体でリアルタイムの脅威検出と対応を行う、自律的かつ継続的に学習するAIエージェントを提供するとされています。
サイバーセキュリティの分野では、リアルタイムの脅威検出が極めて重要です。従来の手法では、既知の脅威パターンに基づいた検出が中心でしたが、AIエージェントの活用により、未知の脅威に対しても学習・適応しながら対応できる可能性があります。
ServiceNowは、米国連邦顧客向けのServiceNow AIプラットフォームに最新のNVIDIA AI Enterpriseソフトウェアを統合すると発表しました。これはFedRAMP認証クラウドおよび高保証のオンプレミス環境に適しており、公共部門機関の生産性向上とコスト削減を支援するとされています。また、ServiceNowは最新のApriel 2.0モデルも発表しており、これはApriel Nemotronモデルファミリーの最新版で、より高速で小型、コスト効率の高い形で、フロンティアレベルのAI推論とマルチモーダル機能を企業に提供するように設計されているとのことです。
Lockheed Martin傘下のAstris AIは、最新のNVIDIA AI EnterpriseソフトウェアをAstris AI Factoryに統合し、厳格な連邦セキュリティ基準に準拠した、機密および重要ミッション環境向けの加速された安全なAI展開を可能にすると発表しました。Astris AI Factoryは、Lockheed Martin社内で5年以上使用されてきた実績があり、現在は商業利用可能になっているとのことです。Lockheed Martinの会長兼社長兼CEOであるJim Taiclet氏は、「複雑なミッションでの成功は、安全で信頼できるAIに依存しています。Astris AIと協力し、最新のNVIDIA AI Enterpriseツールを使用することで、重要な運用における精度とパフォーマンスを向上させるAIシステムの開発と提供を加速しています」とコメントしています。
Northrop Grummanは、NVIDIA RTX PROサーバー、Spectrum-Xイーサネットネットワーキング、政府対応のNVIDIA AI Enterpriseソフトウェアを活用したAIファクトリーを展開し、安全な企業向けAIサービスを提供しています。これにより、高度なAI機能の開発を可能にし、約10万人の従業員全体の生産性と運用効率を向上させているとされています。
幅広いパートナーエコシステムの形成
開発者は、Dataiku、DataRobot、Domino Data Lab、H2O.aiなどのパートナープラットフォームを活用し、エージェント型AIおよび予測AIワークフローの構築、オーケストレーション、運用化、スケールを行うことができます。また、参照設計は、ElasticやEnterpriseDBのベクトルデータベースをサポートしており、エージェントがデータの保存、検索、取得を行うのに役立ちます。
ベクトルデータベースとは、AIモデルが生成する高次元ベクトル(埋め込み表現)を効率的に保存・検索するためのデータベース技術です。近年のAIエージェント開発では、膨大な知識ベースを参照しながら推論を行う「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」という手法が注目されており、ベクトルデータベースはその基盤技術として重要な役割を果たしています。
セキュリティ面では、Dynatrace、Fiddler、JFrog、Protopia AI、Trend Micro、Weights & Biasesなどの監視およびセキュリティパートナーのソフトウェアを利用できます。また、Fortanixなどのデータセキュリティプラットフォームパートナーを通じて、NVIDIA Confidential ComputingをハイブリッドおよびオンプレミスのAIファクトリーに追加することで、エージェント型AIアプリケーションのセキュリティを強化できるとされています。
ソフトウェアインフラおよび展開パートナーには、Canonical、Mirantis、Nutanix、Red Hat、Spectro Cloud、Broadcomが含まれ、複雑な高保証オンプレミス環境でのAIエージェントワークロードのシームレスなスケールと管理を支援します。
クラウドプロバイダーとしては、CoreWeaveとOracle Cloud Infrastructureが参照設計をサポートしており、政府顧客が安全なクラウド環境で政府対応のAIファクトリーを構築・展開できるようにします。
主要サーバー製造業者であるCisco、Dell Technologies、HPE、Lenovo、Supermicroは、NVIDIA AI Factory for Government参照設計を使用したフルスタックAIファクトリー製品を提供し、公共部門および高度に規制された産業向けのAI展開をさらに加速させるとされています。
これだけ多くの企業が参画している点は、この取り組みの業界横断的な広がりを示しています。一社だけでは提供が難しい包括的なソリューションを、エコシステム全体で実現しようとする姿勢が見て取れます。
民間企業への展開可能性
今回の発表は主に政府機関向けですが、高度に規制された産業(金融、医療、エネルギーなど)にも適用可能な設計となっています。実際、発表文では「regulated industries(規制産業)」という表現が繰り返し使われており、民間企業でも同様の厳格なセキュリティ基準が求められる領域では、この参照設計が有効と考えられます。
ただし、中小企業にとっては、初期投資やシステム構築の複雑さが課題となる可能性があります。NVIDIA Blackwellベースのハードウェアは最新世代であり、高性能である一方、導入コストも相応に高いと推測されます。また、FedRAMPレベルのセキュリティ要件を満たすには、専門的な知識や運用体制も必要でしょう。
一方で、今回のようなエコシステム全体での取り組みは、将来的にはより手軽なサービス形態(マネージドサービスやSaaS)として提供される可能性もあります。実際、CoreWeaveやOracle Cloud Infrastructureといったクラウドプロバイダーの参画は、そうした方向性を示唆しているとも言えるでしょう。
まとめ
NVIDIAは、連邦政府機関向けの安全なAI基盤として「NVIDIA AI Factory for Government」を発表し、Palantir、CrowdStrike、ServiceNowをはじめとする主要企業との協業体制を構築しました。FedRAMP準拠の厳格なセキュリティ基準と、Blackwellアーキテクチャに基づく高性能ハードウェアの組み合わせは、政府だけでなく規制産業全般にも展開できる可能性があります。今後、このエコシステムがどのように発展し、民間企業にも利用しやすい形で提供されていくのか、注目していきたいところです。
