[技術紹介]太陽活動予測の新時代:NASAとIBMのAIモデル「Surya」が拓く宇宙天気予報の未来

目次

はじめに

 本稿では、NASAが2025年8月20日に公開した記事「NASA, IBM’s ‘Hot’ New AI Model Unlocks Secrets of Sun」をもとに、NASAとIBMが共同で開発した太陽物理学の新たなAI基盤モデル「Surya(スーリヤ)」について、その技術的な側面と社会的な意義を詳しく解説します。

 このAIモデルは、私たちの生活に欠かせない電力網や通信システムに影響を及ぼす「宇宙天気」の予測精度を向上させる可能性を秘めています。

参考記事

要点

  • NASAとIBMが共同開発したAI基盤モデル「Surya」は、太陽活動の予測精度を向上させるものである。
  • 学習には、NASAの太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー(SDO)」が9年間にわたり蓄積した膨大な観測データが使用されている。
  • Suryaは、太陽フレアの予測において既存のベンチマークを16%上回る性能を示し、2時間先の状況を視覚的に予測可能である。
  • このモデルは、ラベル付けされていないデータから学習する「基盤モデル」であり、多様な太陽物理学のタスクに応用できる柔軟性を持つ。
  • モデルとコードは一般公開されており、科学コミュニティによる研究開発の加速が期待される。

詳細解説

私たちの生活と「宇宙天気」

 皆さんは「宇宙天気」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、太陽の活動が地球周辺の宇宙環境に及ぼす影響全般を指す言葉です。

 太陽は常に活動しており、時には「太陽フレア」と呼ばれる巨大な爆発現象や、「コロナ質量放出(CME)」というプラズマの塊を宇宙空間に放出することがあります。これらの現象が地球に到達すると、私たちの社会に様々な影響を及ぼす可能性があります。

  • 電力網への影響: 地球の磁場が乱されることで送電網に異常な電流が流れ、大規模な停電を引き起こすことがあります。
  • 通信・GPSへの影響: 人工衛星の故障や、GPSの測位誤差の増大、無線通信の障害などを引き起こします。
  • 宇宙活動への影響: 宇宙飛行士が危険なレベルの放射線に被ばくするリスクが高まります。

 このように、宇宙天気は現代社会の基盤となるテクノロジーにとって無視できないリスクであり、その正確な予測が非常に重要となっています。

予測の鍵を握るAIモデル「Surya」とは?

 今回発表された「Surya」は、この宇宙天気予報の精度を向上させるために開発されたAIモデルです。NASAとIBM、そして米国の複数の大学や研究機関が協力して開発しました。

 Suryaの最大の特徴は、そのアーキテクチャに「基盤モデル(Foundation Model)」を採用している点です。

Suryaを支える技術:基盤モデルと膨大なデータ

 基盤モデルとは、特定のタスクに特化して訓練される従来のAIとは異なり、非常に大規模で多様なデータセットを使って事前学習された汎用的なモデルを指します。これにより、様々なタスクに対して高い性能を発揮し、少ない追加学習で新しい問題にも適応できるという利点があります。

 Suryaの学習には、NASAの太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー(SDO)」が9年間にわたって取得し続けた、膨大かつ質の高いデータが用いられました。SDOは2010年の打ち上げ以来、12秒ごとという高い頻度で、複数の波長(様々な種類の光)で太陽の画像を撮影し続けています。この長期間にわたる一貫したデータが、太陽活動の複雑なパターンをAIに学習させる上で不可欠でした。

Suryaの性能と具体的な応用

 Suryaは、特に太陽フレアの予測において優れた性能を示しています。予備的な結果によると、既存の予測モデルのベンチマークを16%も上回る精度を達成しました。さらに、下の画像のように、観測データ(左)を入力すると、2時間後に太陽がどのような状態になるか(中央)を視覚的に予測することができます。実際の観測結果(右)と比較しても、非常に近い予測ができていることがわかります。

 このモデルの応用範囲は太陽フレア予測に留まりません。

  • 太陽黒点など活動が活発な領域の追跡
  • 太陽風(太陽から吹き出す荷電粒子の流れ)の速度予測
  • 他の太陽観測衛星のデータとの統合分析

 など、太陽物理学における様々な課題解決への貢献が期待されています。

オープンサイエンスとしての意義

 NASAとIBMは、この画期的なモデルを一部の研究者だけのものにしませんでした。Suryaのモデル本体はAI開発プラットフォームの「HuggingFace」で、ソースコードは「GitHub」で無償公開されています。

 これにより、世界中の誰もがこのモデルをダウンロードし、検証し、さらには改良を加えることができます。このようなオープンなアプローチは、科学の進歩を加速させ、新たな発見や革新的なアプリケーションの創出を促進する上で非常に重要です。

使い方

システム要求

Python 3.11+

インストール方法

レポジトリのクローン

git clone https://github.com/NASA-IMPACT/Surya.git
cd Surya

uv package manager のインストール

curl -LsSf https://astral.sh/uv/install.sh | sh
source ~/.bashrc

環境のセット

uv sync
source .venv/bin/activate

インストールの検証

python -m pytest -s -o log_cli=true tests/test_surya.py

アプリとしての利用例

1. 太陽フレア予測 M級およびX級太陽フレアを最大24時間前に予測します。

cd downstream_examples/solar_flare_forcasting
python3 download_data.sh
torchrun --nnodes=1 --nproc_per_node=1 --standalone finetune.py

2. 活動領域セグメンテーション 磁場図から太陽活動領域と極性反転線をセグメント化します。

cd downstream_examples/ar_segmentation  
python3 download_data.sh
torchrun --nnodes=1 --nproc_per_node=1 --standalone finetune.py

3. 太陽風予測 L1地点での太陽風速度を4日間のリードタイムで予測します。

cd downstream_examples/solar_wind_forcasting
python3 download_data.sh
torchrun --nnodes=1 --nproc_per_node=1 --standalone finetune.py

4. EUVスペクトルモデリング 1343のスペクトル帯域(5-35 nm)にわたる極紫外線放射照度をモデル化します。

cd downstream_examples/euv_spectra_prediction
python3 download_data.sh
torchrun --nnodes=1 --nproc_per_node=1 --standalone finetune.py

まとめ

 本稿では、NASAとIBMが共同開発した太陽物理学AI基盤モデル「Surya」について解説しました。

 Suryaは、基盤モデルという先進的なAIアーキテクチャと、太陽観測衛星SDOが蓄積した長期的な高品質データを組み合わせることで、太陽フレアをはじめとする宇宙天気現象の予測精度を大きく向上させる可能性を示しています。

 この取り組みは、太陽の謎を科学的に解明するだけでなく、私たちの現代社会を宇宙天気のリスクから守るための重要な一歩と言えるでしょう。また、モデルとコードを公開するというオープンサイエンスの姿勢は、今後の科学研究のあり方にも良い影響を与えていくことが期待されます。

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