はじめに
本稿では、巨大テック企業MetaがAI開発の遅れを取り戻すために打った大胆な一手について、米ニュース専門放送局CNBCが報じた記事「A frustrated Zuckerberg makes his biggest AI bet as Meta nears $14 billion stake in Scale AI, hires founder Wang」を基に、その背景と戦略の核心を詳しく解説します。
引用元記事
- タイトル: A frustrated Zuckerberg makes his biggest AI bet as Meta nears $14 billion stake in Scale AI, hires founder Wang
- 著者: Jonathan Vanian, Ashley Capoot
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月10日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/10/zuckerberg-makes-metas-biggest-bet-on-ai-14-billion-scale-ai-deal.html

要点
- Metaは、AI開発競争での劣勢に不満を抱くマーク・ザッカーバーグCEOの主導により、AIの学習データを作成する企業Scale AIに140億ドル(約2.2兆円)を出資し、同社の49%の株式を取得する。
- この契約の一環として、Scale AIの創業者であるアレクサンダー・ワン氏がMetaに参画し、新設されるAI研究ラボのリーダーとしてAI開発の実行力を強化する役割を担う。
- この動きの背景には、Metaが開発した大規模言語モデル「Llama」シリーズが、OpenAIやGoogleなどの競合モデルに対して性能面で後れを取っているという厳しい現実がある。
- Metaは、独占禁止法上の規制当局からの監視を避けるため、Scale AIを直接買収するのではなく巨額出資という形式を選択した。その真の狙いは、ワン氏という有能なリーダーだけでなく、競合他社のAI開発ノウハウを含むScale AIの「集合知(collective intelligence)」を獲得することである。
詳細解説
Metaを動かした「焦り」とAI開発の現状
今回の巨大な投資の背景には、MetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏の強い危機感があります。記事によると、同氏は自社のAI開発が、ChatGPTで世界を席巻したOpenAIのような競合他社に比べて、基礎となるAIモデルと消費者向けアプリの両面で遅れていることに、いら立ちを募らせていました。
Metaはこれまでも「Llama」という独自の大規模言語モデル(LLM)を開発・公開してきましたが、一定の評価は得られているものの期待以上のものとは言えません。特に2025年4月にリリースされた最新の「Llama 4」は、開発者コミュニティから期待されたほどの反響を得られず、ザッカーバーグ氏をさらに失望させたと伝えられています。
さらに深刻なのは、Metaが「Behemoth」と名付けたLlama 4の最も強力なモデルのリリースを、性能への懸念から延期しているという事実です。これはセキュリティリスク管理の問題によるものと考えることもできますが、一方でOpenAIや中国のDeepSeekなどが開発した最先端モデルと比較して、性能が見劣りする可能性を同社自身が認識していることを示唆しています。
いずれにせよ、AI開発競争で優位に立つどころか、周回遅れになりかねないという状況が、Metaを大胆な行動へと突き動かしていると考えられます。
救世主? Scale AIとアレクサンダー・ワン氏とは
Metaが白羽の矢を立てたScale AIとは、どのような企業なのでしょうか。
2016年に設立されたScale AIは、AIモデルを訓練するために不可欠な「データラベリング」と「アノテーション」を専門とする企業です。これは、画像、テキスト、音声などの膨大なデータに「これは猫の画像です」「この文章は肯定的な意見です」といったように、AIが学習するための「正解」となる情報を付与していく作業を指します。
専門知識がない方には少し分かりにくいかもしれませんが、AIの性能は、学習するデータの「質」と「量」に大きく左右されます。特に近年の生成AIの進化は、この高品質な教師データをいかに大量に用意できるかにかかっています。Scale AIは、このAI開発の根幹を支えるサービスを提供することで、OpenAI、Google、Microsoftといった名だたる企業を顧客に持ち、急成長を遂げてきました。Metaもまた、Scale AIの主要な顧客の一人でした。
そして、このScale AIを率いるのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)を中退して起業した若き天才、アレクサンダー・ワン氏です。彼は、AIの複雑な技術を深く理解しているだけでなく、それをビジネスとして成功させる実行力も兼ね備えた、野心的なリーダーとして高く評価されています。ザッカーバーグ氏は、これまで自社の重要ポジションには内部の信頼する人物を登用することが多かったため、ワン氏のような外部のスター経営者を招聘するのは極めて異例のことです。これは、現状を打破するためには、従来のやり方では不十分だというザッカーバーグ氏の強い決意の表れと言えるでしょう。
「買収」ではなく「出資」である理由と、その真の狙い
今回、MetaはScale AIを完全買収するのではなく、49%の株式を取得するという巨額出資の形を取りました。記事によれば、これはMetaが現在、米連邦取引委員会(FTC)から独占禁止法違反で提訴されている状況を考慮した戦略です。これ以上の買収は、規制当局をさらに刺激しかねません。この手法は、MicrosoftがInflection AIの共同創業者をチームごと引き抜いた事例とも類似しており、厳しい規制下でトップ人材を獲得するための新たなトレンドとなりつつあります。
しかし、Metaの狙いは単に規制を回避し、ワン氏というリーダーを獲得することだけに留まりません。記事が指摘する最も重要なポイントは、MetaがScale AIの持つ「集合知(Collective Intelligence)」を手に入れることにある、という点です。
Scale AIは、OpenAIやGoogleなど、Metaの主要な競合他社のAIモデル開発を支援してきました。つまり、ワン氏と彼のチームは、「競合他社がどのようにして高性能なAIを構築しているのか」という、極めて価値の高いノウハウを内部情報として蓄積しているのです。Scale AIの競合企業であるSuperAnnotateのCEOは、記事の中で「Metaが彼らを買う時、彼らの知性を買っているのだ」と的確に表現しています。
まとめ
本稿では、CNBCの記事を基に、MetaがAI企業Scale AIへ140億ドルという巨額の出資を行う背景と、その戦略的な意味について解説しました。この動きは、AI開発競争で劣勢に立たされたMetaが、状況を打開するために打った起死回生の一手です。 その核心は、単に資金を投じて技術を手に入れるのではなく、アレクサンダー・ワン氏という卓越したリーダーと、彼が率いるチームが持つ「競合のノウハウ」という無形の資産、すなわち「集合知」を獲得することにあります。伝統を破って外部からトップを招聘するというザッカーバーグ氏の決断は、AI時代の覇権争いが、もはや自社内だけの開発競争ではないことを象徴しています。この巨大な賭けが、今後のAI業界の勢力図をどう塗り替えていくのか、引き続き注目していく必要があります。