はじめに
Meta Platformsが2025年12月30日、シンガポール拠点のAIスタートアップManusを買収すると発表しました。BBCやReutersによれば、買収額は20億ドルから30億ドル規模と見られています。本稿では、この買収の背景、Manusの技術的特徴、Metaの戦略的意図、そして規制上の課題について解説します。
参考記事
- タイトル: Meta buys Chinese-founded AI start-up Manus
- 著者: Liv McMahon
- 発行元: BBC
- 発行日: 2025年12月30日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/ce3k11q9qe1o
- タイトル: Meta to acquire Chinese-founded artificial intelligence startup Manus
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年12月30日
- URL:https://finance.yahoo.com/news/metas-yann-lecun-targets-3-110641727.html?guccounter=1&guce_referrer=aHR0cHM6Ly93d3cuZ29vZ2xlLmNvbS8&guce_referrer_sig=AQAAAJ4oJ1Phze_iq3eh4oyb-epBMRqQcIZrIxNyUk_R5OrmfVSG5b8O6FU4_NKIK1Am1NNsXhapa5BqhIkCVNtprSeU-W2Z0jCa0JHAssDwNRZ-fJMy3vPiOqvlRIZF-jJm2YUljZlRb313ZS55vpI1gVzVZb6qIfu6-u9ZuK9Jedwy
- タイトル: Meta just acquired a Chinese-founded AI startup for $2B. Here’s why that matters
- 著者: Jenna Benchetrit
- 発行元: CBC News
- 発行日: 2025年12月30日
- URL: https://www.cbc.ca/news/business/meta-manus-acquisition-two-billion-explained-9.7030180
要点
- MetaがシンガポールのAIスタートアップManusを20億ドルから30億ドル規模で買収すると発表した
- Manusは「世界初の汎用AIエージェント」を標榜し、ChatGPTなどと比べて大幅に少ないプロンプトで自律的にタスクを実行できると主張している
- Metaは買収後もManusのサービスを継続運営し、WhatsAppなど自社プラットフォームに統合する計画である
- 中国創業という経緯から、米国の規制当局による審査が予想される
- Metaは2025年前半に画像・動画モデル「Mango」とテキストモデル「Avocado」のリリースも計画しており、AI分野への投資を加速している
詳細解説
Manusの技術的特徴
Manusは2025年初頭にX(旧Twitter)上で注目を集めたスタートアップです。Reutersによれば、同社は「世界初の汎用AIエージェント」として、ChatGPTやDeepSeekといった従来のAIチャットボットよりも大幅に少ないプロンプトで自律的に意思決定し、タスクを実行できると主張しています。
この技術は「エージェンティックAI(agentic AI)」と呼ばれる分野に属します。従来のAIチャットボットでは、ユーザーが望む結果を得るまでに何度もプロンプトを入力する必要がありますが、ManusのAIは指示に従って計画を立て、実行し、タスクを独立して完了できるとされています。同社は「人間の到達範囲を拡張する」ことをミッションとしており、人間の仕事を置き換えるのではなく支援することを目指していると説明しています。
AIエージェント技術は、複雑なタスクを最小限のユーザー操作で実行できる点が特徴です。たとえば旅行の計画立案やプレゼンテーション資料の作成といった、複数のステップを要する作業を自動化できる可能性があります。
買収の規模と条件
買収額は20億ドル以上とされ、Reutersによれば20億ドルから30億ドルの範囲と見積もっています。The Wall Street Journalも20億ドル超との見方を示しました。
Metaは買収発表の中で、「Manusの優れた人材がMetaのチームに加わり、Meta AIを含む当社の消費者向け・ビジネス向け製品全体で汎用エージェントを提供する」と述べています。買収後もManusのAIサービスは継続して運営・販売され、MetaのプラットフォームにAIエージェント機能が統合される計画です。
Manusのスタートアップ評価額は興味深い変遷を示しています。Reutersによれば、同社は2025年に親会社Beijing Butterfly Effect Technologyの支援を受け、約5億ドルの評価額で7500万ドルの資金調達を実施しました。この資金調達ラウンドを主導したのは米国のベンチャーキャピタルBenchmarkで、HSG(旧Sequoia Capital China)、ZhenFund、Tencent Holdingsなども投資家に名を連ねています。約半年で評価額が4倍から6倍に跳ね上がった計算になります。
Metaの戦略的意図
Rosenblatt SecuritiesのアナリストBarton Crockett氏はReutersに対し、この買収はMeta CEOマーク・ザッカーバーグ氏の「エージェントを活用した個人AI」というビジョンに「自然に適合する」と評価しています。
CBCの報道では、テクノロジーアナリストCarmi Levy氏が「Metaの既存プラットフォームに『脳移植』を施すようなもの」と表現しています。Manusの技術により、Metaのプラットフォームは質問への回答やタスクの完了といったエージェント機能が向上し、ユーザーの滞在時間が延びることで、より多くの収益を生み出せるという見方です。
特に注目されるのがWhatsAppへの統合です。D.A. DavidsonのアナリストGil Luria氏はCNBCに対し、「Manusが中国のメッセージングアプリWeChatに組み込まれていたことが重要」と指摘しています。WeChatはチャット、決済、各種サービスを一つのアプリで提供する「スーパーアプリ」として知られており、ザッカーバーグ氏はWhatsAppをこのモデルに近づけたいと考えていると見られています。
CBCの報道によれば、かつてソーシャルメディアの巨人だったMetaは現在「レガシー(旧世代)テクノロジー企業」と見なされつつあり、「新しいAI時代に向けてビジネスを再構築しようと急いでいる」状況です。Metaは自社開発だけでなく、外部企業の買収を通じて急速にAI技術を取り込む戦略を採っています。
2025年6月には、Metaはデータ企業Scale AIを140億ドル以上で買収し、同社CEOを招き入れて「スーパーインテリジェンス」部門を立ち上げました。この部門は、オープンソースの大規模言語モデルLlamaを含む自社AIモデルの開発を担当しています。
次世代AIモデルの開発計画
Metaは2026年前半に次世代AIモデルのリリースを計画しています。Wall Street Journalの報道として、画像・動画に特化したAIモデル「Mango」と、次世代のテキストベース大規模言語モデル「Avocado」の開発が進行中とされています。
これらのモデルはMeta Superintelligence Labs(MSL)で開発されており、特にAvocadoは高度なコーディング機能に重点を置くとのことです。これは従来のMetaモデルの弱点とされてきた分野と言えます。
さらに長期的な目標として、Metaは「ワールドモデル」の開発に着手しています。現在の大規模言語モデルが次の単語を予測するのに対し、ワールドモデルは大量の視覚情報を処理することで物理的な現実を理解することを目指します。これは、従来のテキスト中心のAIから、視覚的・空間的理解を持つAIへの進化を意味する可能性があります。
これらの開発は、OpenAIやGoogleとの競争において重要な意味を持つと考えられます。消費者向けAI分野では、OpenAIのChatGPTやGoogleの検索・YouTube経由での配信力が強みとなっており、Metaはこれらに対抗するため、自社プラットフォームの強みを活かした戦略を展開していると見られます。
規制上の課題
CBCの報道では、この買収が米国規制当局の厳しい審査を受ける可能性が指摘されています。Manusは現在シンガポールに本社を置いていますが、中国で創業されたという経緯があります。近年、米国政府は中国系企業による国家安全保障上の懸念を理由に、厳しい監視を強めています。
最も有名な例はTikTokです。北京拠点のByteDanceが所有するこのソーシャルメディアアプリは、数年にわたる米国政府との対立の末、最近になって米国事業を米国投資家グループに売却しました。
2025年4月にBenchmarkがManusへの投資を主導した際にも、米国政府内から批判の声が上がりました。上院情報特別委員会のメンバーであるJohn Cornyn共和党上院議員は、「AI分野における最大の競争相手に米国投資家が補助金を出し、中国共産党がその技術を経済的・軍事的に利用するのを許すのは良い考えだと誰が思うのか」と述べています。
Levy氏は「TikTokが積極的なデータ収集を行っていると考えられていたなら、Manusの情報収集能力は比較にならないほど大きい」と指摘しています。データの完全性、プライバシー、そして地政学的な懸念が規制審査プロセス全体で目立つことになり、米国政府がこの取引を承認するかどうかは確実ではないとの見方を示しています。
Manusの製品は現在、中国国内では提供されていません。同社は2025年に本社を中国からシンガポールに移転しており、これは米中間の緊張関係によるリスクを軽減するため、他の中国企業も行っている動きと同様です。それでも、中国にルーツを持つという事実が規制上の障壁となる可能性は残っています。
AI業界における買収競争
この買収は、AI分野における大手テクノロジー企業間の激しい競争を反映しています。Metaは今年、AI投資を大幅に拡大しており、戦略的買収と人材獲得の両面で積極的な動きを見せています。
CBCによれば、Metaはスーパーインテリジェンスと広告技術への投資を強化し、最も人気のあるプラットフォームを通じて消費者にAIの使用を促そうとしています。Manus買収の一因として、同社の技術が中国のメッセージングアプリWeChatに組み込まれていたことが挙げられており、これはMetaがWhatsAppで実現したいモデルだとされています。
AI業界全体では、新興スタートアップへの投資が活発化しています。公式発表前に5億ユーロ(約5億8600万ドル)の資金調達を目指し、30億ユーロの評価額を狙うケースも報じられており、AI技術への期待と投資熱の高さがうかがえます。一方で、業界リーダーたちはAIへの熱狂がビジネスの基本を超えているかもしれないと警告しており、AIバブルへの懸念も存在します。
まとめ
MetaによるManus買収は、大手テクノロジー企業がAI競争で優位に立つため、積極的な投資と買収を進めている現状を示しています。Manusの自律的なAIエージェント技術は、WhatsAppをはじめとするMetaのプラットフォーム強化に寄与する可能性がありますが、中国ルーツという背景が規制上の課題を生む可能性も考えられます。2026年に予定される次世代モデル「Mango」「Avocado」のリリースと合わせ、Metaの今後のAI戦略が注目されます。
