はじめに
本稿では、世界的なコンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーが、自社開発の生成AIツール「Lilli」を活用して、資料作成をはじめとするジュニアレベルの業務を効率化し、コンサルタントの働き方に変革をもたらそうとしている現状について解説します。AIがビジネス、特に専門知識が求められるコンサルティング業界にどのような影響を与えつつあるのか、その具体的な事例と今後の展望を探ります。
引用元記事
- タイトル: McKinsey Is Using AI to Create PowerPoints and Take Over Junior Employee Tasks: ‘Technology Could Do That’
- 発行元: Entrepreneur
- 発行日: 2025年6月2日
- URL: https://www.entrepreneur.com/business-news/ai-creates-powerpoints-at-mckinsey-replacing-junior-workers/492624
要点
- マッキンゼーは、2023年に社内向け生成AIツール「Lilli」をリリースした。
- Lilliは、PowerPoint資料作成、提案書作成支援、社内専門家検索、業界トレンド調査など、従来ジュニアコンサルタントが担当してきた業務を支援するものである。
- 機密性の高いクライアントデータを安全に取り扱える点が特徴であり、従業員の75%以上が利用している。
- Lilliはマッキンゼーが保有する約100年分の膨大な知的財産(10万件以上の文書やインタビュー)でトレーニングされている。
- マッキンゼーは、AI活用によりジュニアアナリストの採用を減らすのではなく、より付加価値の高い業務へシフトさせることを目指している。
- 情報収集・統合にかかる時間を30%削減するなど、既に大きな業務効率化を実現している。
詳細解説
マッキンゼーの秘密兵器「Lilli」とは?
マッキンゼー・アンド・カンパニーが開発した「Lilli」は、同社専用に設計された生成AIプラットフォームです。その名称は、1945年にマッキンゼーが初めて雇用した女性、リリアン・ドンブロウスキー氏に由来しています。2023年にリリースされて以来、現在ではマッキンゼーの全従業員約43,000人のうち、75%以上が毎月利用するほど社内に浸透しています。
コンサルティング業務では、クライアントの機密情報を扱う機会が非常に多くあります。そのため、一般的な外部のAIツール(例えばChatGPTなど)をそのまま利用するには情報漏洩のリスクが伴います。Lilliは、この機密情報を安全に取り扱えるように設計されており、マッキンゼーの従業員が安心してクライアントデータを扱える唯一のAIプラットフォームとして位置づけられています。
Lilliはコンサルタントの業務をどう変えるのか?
Lilliの主な機能は、これまで若手のビジネスアナリストなどが多くの時間を費やしてきた業務の効率化です。具体的には、以下のようなタスクを支援します。
- PowerPointスライドショーの作成: ユーザーが「プロンプト」と呼ばれる指示文を入力するだけで、Lilliがプレゼンテーション資料の草案を自動生成します。さらに、「Tone of Voice」という機能を使えば、マッキンゼー独自の記述スタイルに合わせて文章のトーンを調整することも可能です。
- 提案書の作成支援: クライアントへのプロジェクト提案書を作成する際にも、Lilliはマッキンゼーの基準に沿った質の高いドラフト作成をサポートします。
- 社内の専門家検索: 特定の分野に関する知見を持つ社内のエキスパートを迅速に見つけ出すことができます。
- 業界トレンド調査: 最新の業界動向や市場データを効率的にリサーチできます。
引用元の記事で、マッキンゼーのテクノロジー・AI部門のグローバルリーダーであるケイト・スマジェ氏は、「ビジネスアナリストの大群がPowerPointを作成する必要があるでしょうか?いいえ、テクノロジーがそれを実行できます」と述べています。これは、AIによって定型的な作業から解放され、コンサルタントがより戦略的で顧客にとって価値の高い業務に集中できるようになることを意味しています。
Lilliを支える技術と背景
Lilliの高度な機能は、マッキンゼーが約100年にわたり蓄積してきた膨大な知的財産によって支えられています。記事によると、Lilliは10万件を超える社内文書や過去のインタビュー記録などを含む、同社のほぼ全ての知的財産を学習データとしてトレーニングされています。これにより、マッキンゼー独自の知見やノウハウを反映したアウトプットが可能となっています。
マッキンゼーのシニアパートナーによれば、Lilliの利用者は平均して週に17回もこのツールにアクセスしているとのことです。また、同社のウェブサイトに掲載されたケーススタディでは、Lilliが毎月50万件以上のプロンプトを処理し、従業員が情報収集や統合に費やしていた時間を30%も削減したと報告されています。
コンサルティング業界におけるAI活用の広がり
AIを活用して業務効率化を図っているのはマッキンゼーだけではありません。他の大手コンサルティングファームも同様の取り組みを進めています。
- ベイン・アンド・カンパニー: OpenAIの技術を活用したAIチャットボット「Sage」をコンサルタントに提供しています。
- ボストン コンサルティング グループ(BCG): 「Deckster」と呼ばれるAIツールを導入し、PowerPoint資料の最終調整などに活用しています。
このように、コンサルティング業界全体でAI導入の動きが加速しており、生産性の向上や新たな価値創出への期待が高まっています。
AIは人間の仕事を奪うのか?マッキンゼーの見解
AIが人間の仕事を代替するのではないかという懸念は、多くの業界で聞かれます。実際に、IBMでは人事部門の数百人規模の業務をAIに置き換え、そのリソースをプログラマーや営業担当者の採用に振り向けたという事例も報告されています。また、ベンチャーキャピタルSignalFireのレポートによれば、大手ハイテク企業における2024年の新規採用者に占める新卒者の割合はわずか7%で、前年から25%も減少したと指摘されており、AIがエントリーレベルの業務を担うようになった影響が示唆されています。
しかし、マッキンゼーのスマジェ氏は、Lilliの導入が必ずしもジュニアアナリストの採用削減に直結するわけではないと述べています。「彼ら(アナリスト)の数が減るということではなく、彼らはクライアントにとってより価値のある仕事をするようになるでしょう」というのが同社の見解です。つまり、AIを人間の代替ではなく、人間の能力を拡張し、より高度な業務へシフトさせるためのツールとして捉えているのです。
まとめ
本稿では、マッキンゼーが社内AIツール「Lilli」を導入し、コンサルティング業務の効率化と働き方改革を進めている事例を紹介しました。Lilliは、PowerPoint作成や情報収集といったタスクを自動化・支援することで、コンサルタントがより付加価値の高い業務に集中できる環境を創出しようとしています。これは、AIを人間の仕事を奪う脅威としてではなく、人間の能力を拡張するパートナーとして活用するという、これからのAI共存時代の一つの方向性を示していると言えるでしょう。
今後、Lilliのような専門業務に特化したAIツールは、様々な業界で開発・導入が進むと予想されます。私たち一人ひとりが、AIの進化がもたらす変化を理解し、自身のスキルやキャリアをどのようにアップデートしていくべきか考える上で、マッキンゼーの取り組みは参考になります。