はじめに
本稿では、CBS Newsの「Why Palmer Luckey thinks AI-powered, autonomous weapons are the future of warfare(なぜパーマー・ラッキーはAI搭載自律型兵器が戦争の未来だと考えるのか)」を基に、AI技術が軍事分野、特に兵器システムにどのような変革をもたらそうとしているのか、を分かりやすく解説します。
Oculus VRの創設者としても知られるパーマー・ラッキー氏が設立した防衛企業Anduril社とその技術、そして彼の提唱する未来の戦争のあり方について、技術的な側面と倫理的な側面の両方から掘り下げていきます。
引用元記事
- タイトル: Why Palmer Luckey thinks AI-powered, autonomous weapons are the future of warfare
- 発行元: CBS News
- 発行日: 2025年5月18日
- URL: https://www.cbsnews.com/news/palmer-luckey-ai-powered-autonomous-weapons-future-of-warfare-60-minutes-transcript/
要点
- パーマー・ラッキー氏とAnduril社は、AIを活用した自律型兵器が戦争の未来であると主張している。
- 従来の米国防総省の兵器調達システムは高価で時代遅れであり、Anduril社はより迅速かつ低コストで高性能な防衛製品を提供することを目指している。
- Anduril社の開発する兵器(Roadrunner、Dive XL、Furyなど)は、AIプラットフォーム「Lattice」によって連携し、人間の介入なしに監視、標的特定、交戦が可能である。
- ラッキー氏は、自律型兵器は兵士の命のリスクを減らし、抑止力として機能することで平和を促進すると考えている。
- 一方で、AI搭載自律型兵器は「キラーロボット」として倫理的な懸念も指摘されており、国連事務総長は「政治的に容認できず、道徳的に反する」と述べている。
- Anduril社は、従来の防衛請負企業とは異なり、自社資金で製品を開発し、完成品を提示する「防衛製品企業」である。
詳細解説
パーマー・ラッキー氏とAnduril社の登場
パーマー・ラッキー氏は、VR(仮想現実)ヘッドセット「Oculus Rift」の開発者として名を馳せた人物です。彼が21歳の時にOculusをFacebook(現Meta社)に20億ドルで売却した話は、シリコンバレーの成功物語として広く知られています。しかし、その後Facebookを退社したラッキー氏は、防衛産業という全く異なる分野に足を踏み入れました。彼が設立したのが、カリフォルニアに拠点を置くAnduril Industries社です。
ラッキー氏は、米国の軍事技術が、テスラ社の車や家庭用ロボット掃除機ルンバに搭載されているAIや自律性よりも劣っていると指摘し、現状の米国防総省(ペンタゴン)の兵器調達システムが高価で時代遅れの技術に依存しすぎていると批判しています。Anduril社は、この状況を打破し、AIを搭載した自律型兵器を開発・提供することで、米国の防衛力強化と戦争のあり方そのものを変革することを目指しています。
AI搭載自律型兵器とは何か?
「自律型兵器」とは、プログラムされ任務を与えられた後、人間の直接的な操作なしにAIが状況を判断し、監視、標的の識別、選定、そして交戦までを行うことができる兵器を指します。これは、遠隔操作されるドローンとは根本的に異なります。Anduril社が開発している主な製品には以下のようなものがあります。
- Roadrunner(ロードランナー):双発ターボジェットエンジンを搭載したドローン迎撃機。自律的に離陸し、目標を識別・攻撃します。目標を発見できなかった場合は帰還し、再利用が可能です。
- Dive XL(ダイブXL):スクールバスほどの大きさの自律型潜水艦。数ヶ月に及ぶ長期間の任務を単独で遂行可能で、例えば「特定の音響シグネチャを捜索し、発見したシグネチャの種類に応じて追跡、回避、または隠密行動をとる」といった複雑な指示も自律的に実行できます。オーストラリアは既に中国からの海洋防衛のため、この潜水艦に5800万ドルを投資しています。
- Fury(フューリー):Anduril社が開発中の無人戦闘機。コックピットはなく、AIによって自律的に飛行し、有人戦闘機との連携や、人間パイロットには危険すぎる任務の遂行が期待されています。
- Lattice(ラティス):これらの自律型兵器群を統合し、連携させるAIプラットフォーム。衛星、ドローン、レーダー、カメラなど様々なセンサーからの情報を収集・分析し、人間よりも迅速に状況を判断し、作戦を実行することができます。
ラッキー氏は、これらの「スマートウェポン(賢い兵器)」は、例えば「子供たちを満載したスクールバスとロシアの装甲車の区別がつかない地雷」のような「ダムウェポン(愚かな兵器)」よりも道徳的に優れていると主張します。
ラッキー氏の描く未来の戦争と米国の役割
ラッキー氏は、米国が「世界の警察」であることから「世界の武器庫(gun store)」へと移行すべきだと述べています。これは、米国の兵士を他国の主権のために危険に晒すのではなく、同盟国やパートナー国に高性能な米国製兵器を提供することで、各国が自衛力を高め、「誰も手を出したくないヤマアラシのような存在」になることを目指すという考え方です。
彼は、自律型兵器の導入によって、一人の人間が100機の航空機を指揮できるようになるなど、より少ない兵士でより大きな効果を上げることが可能になり、結果として米兵の命を危険に晒すリスクを大幅に削減できると強調しています。また、高性能な自律型兵器の存在自体が敵対勢力に対する抑止力となり、究極的には平和を促進すると考えています。
Anduril社のビジネスモデル:伝統的防衛産業への挑戦
Anduril社が注目されるもう一つの理由は、そのビジネスモデルです。従来の巨大防衛請負企業(プライムコントラクターと呼ばれるボーイング、ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、レイセオン、ジェネラル・ダイナミクスの5社など)は、国防総省にアイデアを提示し、採用されれば政府の資金で開発を行うのが一般的でした。この方式では、開発が遅れたり予算を超過したりしても、企業側が大きなリスクを負うことは少ない傾向にあります。
これに対し、Anduril社は自らを「防衛製品企業」と位置づけています。つまり、自社の資金と時間を使って製品を開発し、実際に機能する完成品を提示するのです。ラッキー氏はこのアプローチにより、納税者の負担を軽減し、より迅速かつ効率的に革新的な技術を軍に提供できると主張しています。Anduril社は、今年末までに世界で60億ドル以上の政府契約を獲得する見込みです。
倫理的な懸念と「キラーロボット」論争
AIが人間の判断を介さずに致死的な攻撃を行う自律型兵器に対しては、国際的に強い懸念が表明されています。「キラーロボット」とも呼ばれるこれらの兵器について、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は「政治的に容認できず、道徳的に反する」と述べています。
ラッキー氏自身は、Anduril社の兵器には人間が介入できる「キルスイッチ」が備わっていると説明しています。また、AIが暴走する恐怖よりも、「平凡な技術を持った悪意のある人間」の方がはるかに恐ろしいと反論し、高度な兵器を持つことが平和維持に繋がるとの持論を展開しています。彼は、「NATOが水鉄砲やパチンコで武装すべきだとでも言うのか?」と皮肉を交え、米国の力による平和の必要性を訴えています。
なぜ防衛産業なのか?ラッキー氏の動機
ラッキー氏がOculusを売却後、なぜ防衛産業を選んだのか。記事によれば、彼はFacebookを解雇された後、「自分は一発屋ではないこと、まだ大きなことを成し遂げる力があることを証明したかった」と語っています。肥満対策や刑務所システムの改善といった分野も考えたものの、最終的に防衛産業への参入を決意しました。その背景には、米国の技術的優位性に対する危機感と、それを自身の力で変革したいという強い思いがあったようです。
まとめ
パーマー・ラッキー氏とAnduril社が提唱するAI搭載自律型兵器は、戦争のあり方を根本から変える可能性を秘めています。これらの技術は、兵士の安全確保や抑止力の強化といった側面で期待される一方、「キラーロボット」という言葉に代表されるように、深刻な倫理的課題も提起しています。
ラッキー氏の主張するように、技術の進化が避けられないのであれば、その開発と運用にどのようなルールを設け、人間のコントロールをどう確保していくのか、国際社会全体での議論が不可欠です。特に、AI技術が急速に進展する現代において、日本もこの新しい戦争の形と、それが自国の安全保障や国際秩序に与える影響について、深く考察していく必要があるでしょう。Anduril社の動向は、今後の防衛技術と国際関係を占う上で、引き続き注目していくべき重要な事例と言えます。
コメント