はじめに
AI、特にAIエージェントへの期待は高まっていますが、その投資対効果(ROI)が期待通りにならないケースも少なくありません。本稿では、多くの企業が直面しているAI導入の課題と、その解決策についてIBMの記事をもとに解説します。
参考記事
- タイトル: From hype to high-impact: How business leaders can realize ROI with AI agents
- 著者: Robert Wilmot, Managing Partner, IBM Consulting, Canada
- 発行元: IBM
- 発行日: 2025年9月22日
- URL: https://www.ibm.com/think/insights/realize-roi-ai-agents
要点
- 多くのAIプロジェクトは期待されたROIを達成できておらず、全社的な展開にも至っていない。これは技術の問題ではなく、導入アプローチに課題がある。
- AI導入を成功させる鍵は、初期段階でコスト削減に焦点を当てることである。コスト削減は測定が容易で、迅速に成果を示せるため、本格展開への説得力あるビジネスケースとなる。
- やみくもな導入を避け、明確で影響の大きいユースケースを特定することから始めるべき。
- ROIを正確に測定するためには、導入前のベースライン(時間、コスト、品質)を明確に設定する必要がある。
- 特定のベンダーに依存しないオープンなアーキテクチャを採用することで、将来の技術進化に対応できる柔軟性と競争優位性を確保できる。
詳細解説
AI導入の期待と現実のギャップ
AIエージェントはもはや実験的な技術ではなく、実用段階にあります。しかし、多くの企業ではその成果が期待を下回っているのが現状です。IBMの調査によると、AI関連の取り組みで期待通りのROIを達成できたのはわずか25%、さらに全社規模で展開できたのは16%に過ぎません。このデータは、AI導入における「理想」と「現実」の間に大きな隔たりがあることを示しています。
問題はAI技術そのものではなく、その導入方法にあります。成功のためには、熱意だけでなく、実験と統制のバランスを取りながら、ビジネス戦略に沿った構造的かつ透明性の高いアプローチが不可欠です。
まずは「コスト削減」から始める
AI導入でよく見られる間違いの一つが、最初から売上向上などの大きな変革を目指してしまうことです。しかし、最も成功しているAI導入の多くは、コスト削減から始まっています。なぜなら、コスト削減効果は測定が容易で、成果を迅速に実感でき、より大規模な投資への強力な基盤となるからです。
例えば、膨大な非構造化文書を管理する製造業の企業がAIエージェントを導入すれば、高コストな分析担当者の手作業を削減し、意思決定の質を向上させることができます。これにより、コスト削減だけでなく、担当者がより付加価値の高い業務に集中できるようになります。
ROIを達成するための4つのステップ
IBMは、AI戦略を成功に導くための具体的な4つのステップを提示しています。
ステップ1:適切なユースケースを特定する
AIを闇雲に社内全体へ展開する「スプレー・アンド・プレイ」アプローチは避けるべきです。代わりに、明確で影響の大きいユースケースから始めることが推奨されています。以下のような特徴を持つ業務は、AI導入の有力な候補となります。
- 明確に定義された反復的・単純なタスク(データ入力、請求処理など)
- システム間や担当者間で手作業による引き継ぎが発生する業務(受発注ワークフローなど)
- AIの学習や効果測定に利用できる質の高いデータが利用可能な業務
- 複雑なポリシー解釈が必要な業務(人事コンプライアンス、保険の適格性判断など)
- コストが高い、あるいは非効率な業務(レガシーコードの保守など)
ステップ2:ベースラインを決定する
ROIを測定するには、まず出発点を知る必要があります。しかし、多くの組織では、時間、コスト、品質に関する明確なベースラインが設定されていません。AIエージェントを導入する前に、現状のプロセスを分析し、「導入前」の状態を数値で把握することが重要です。
- 現状のプロセスにかかる時間は?
- コストはどれくらいか?
- 課題(ペインポイント)は何か?
このベースライン設定が、後に利害関係者へROIを具体的に示す上で極めて重要になります。
ステップ3:適切なアーキテクチャを確立する
見過ごされがちですが、アーキテクチャの選定はAI戦略において非常に重要です。多くのベンダーは自社プラットフォームに紐付いた独自のAIエージェントを提供していますが、ほとんどの企業は多様なシステムが混在する環境で事業を運営しています。単一のベンダーに固定される(ベンダーロックイン)と、柔軟性やイノベーションが制限される可能性があります。
代わりに、既存のシステムの上に位置し、複数のAIエージェントと連携できるオープンなオーケストレーション層を検討することが推奨されます。このアプローチには以下の利点があります。
- ベンダーロックインの回避
- 技術の進化に合わせた迅速な方針転換
- 企業全体の透明性とガバナンスの確保
変化の速いAI分野において、アーキテクチャの俊敏性は競争上の優位性となります。
ステップ4:ROIを正しく測定する
AIエージェントによるROIは、主に3つの観点から測定できます。
- 成果達成までのスピード: プロセス完了までの時間をどれだけ短縮できたか。
- サービス提供コスト: 同じ成果をどれだけ安く提供できるようになったか。
- 新たな能力の獲得: 以前は不可能だったことが、何ができるようになったか。
最初の2つは測定が容易です。3つ目の「新たな能力」は定量化が難しいものの、多くの場合、最も変革的な価値をもたらします。例えば、何十年も前の文書から新たな洞察を得たり、誰も手を付けられなかったレガシーコードをリファクタリングしたりすることです。これらの「全く新しい」機会も、戦略的な価値として評価することが重要です。
まとめ
AIエージェントは、正しく使えば強力なツールですが、万能薬でもなければ、単なる研究プロジェクトでもありません。その導入成功には、目的、構造、そしてビジョンが不可欠であることが指摘されています。