ロボットは「アプリ」で進化する:生成AIが拓く物理世界の革命

目次

はじめに

 近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化が注目を集めていますが、その波はついにソフトウェアの世界を飛び出し、私たちの住む物理世界へと到達しようとしています。これまで工場などの限定された環境で特定の作業を繰り返すことが主だったロボットが、生成AIと融合することで、より賢く、より汎用的な存在へと進化を遂げようとしています。

 本稿では、IBMが発行した記事「Why 2025 is a pivotal year for robotics」を基に、ロボット開発の最前線で今何が起きているのか、そして私たちの未来にどのような変化をもたらす可能性があるのかを解説していきます。

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参考記事

要点

  • 2025年は、生成AIの進化により、ロボットがソフトウェアだけでなく物理的なタスクを実行する「物理的AI」元年となる可能性がある。
  • ロボット開発の鍵は、多様なタスクを学習させるための膨大な「データ」と、それを効率的に行うための「シミュレーション」である。
  • スマートフォンのアプリのように、ロボットに様々なスキルを追加できる「App Store」のようなプラットフォーム構想が進んでいる。
  • 開発者やホビイストを巻き込む「オープンソース」のアプローチが、ロボット普及の原動力になると期待されている。
  • 大規模言語モデル(LLM)はロボットの制御に応用できる一方、訓練データに内在するバイアスといった新たな課題も浮き彫りになっている。

詳細解説

なぜ今、ロボットが注目されるのか?

 鍵となるのは「物理的AI(Physical AI)」と「大規模言語モデル(LLM)」です。

  • 物理的AIとは?
     これは、デジタル空間でテキストや画像を生成するAI(ChatGPTなど)とは対照的に、物理的な身体(ロボット)を持ち、現実世界でタスクを実行するAIを指します。AIが「脳」なら、ロボットは「身体」であり、この二つが結びつくことで、AIは初めて現実世界に直接働きかけることができるようになります。
  • LLMがロボットにもたらす変化
     LLMは、人間が話すような曖昧な言葉(自然言語)を理解し、それを具体的な行動計画に変換する能力を持っています。例えば、「机の上を片付けて」という指示に対し、LLMは「まずリンゴを掴み、次にゴミ箱に捨てる」といった一連の動作コマンドを生成できます。これにより、専門家でなくてもロボットに複雑な指示を与えられるようになります。また、複数のセンサーからの情報を統合して状況を判断する「データフュージョン」においても、LLMの文脈理解能力が役立つと期待されています。

ロボット版「App Store」という提案

 ロボットが賢くなるためには、膨大な量の学習データが必要です。しかし、現実世界でロボットを動かしてデータを集めるのは時間もコストもかかり、危険も伴います。この「データ問題」を解決しようとしているのが、スタートアップ企業のCosmicBrainです。

 同社は、人間がスマートグラスを装着して行った作業のデータを収集し、それを使って仮想空間(シミュレーション)でロボットを訓練するモデルを構築しています。これにより、現実では起こりにくい事故からの復旧方法など、多様なシナリオを安全かつ効率的に学習させることが可能になります。

 CosmicBrainが目指すのは、ロボット向けの「App Store」です。創業者のAnto Patrex氏は、「私たちはロボットのためのGoogle Play StoreやApp Storeを創造しています。何十万ものスキルセットをプラグインするだけで、ロボットは何をすべきか理解できるようになるのです」と語ります。これは、ユーザーがスマートフォンのアプリを選ぶように、自分のロボットに必要なスキル(例えば「トマトとチェリーを見分ける」「荷物を丁寧に運ぶ」など)を後から追加できる世界を意味します。データそのものではなく、学習済みの「スキル」をAPIとして販売するというビジネスモデルも新しい点です。

家庭にロボットがやってくる日と、その課題

 スタンフォード大学のJan Liphardt准教授が設立したOpenMindは、LLMを使って家庭用ロボットを制御する、AIネイティブなオープンソースのソフトウェアを開発しています。彼のチームは、ロボットが子供の宿題を手伝ったり、公園の地図を作成したりといった、より日常生活に密着したタスクの実現を目指しています。

 しかし、ここには新たな課題も存在します。Liphardt氏のロボットの一台が、プログラムしていないにもかかわらず、ホームレスの人々に対して吠える傾向があったといいます。これは、LLMが学習した膨大なデータの中に、「ホームレスは怖い存在だ」という社会的なバイアスが含まれていたことが原因と考えられます。

 この事例は、AIの倫理問題が、ソフトウェアの中だけでなく、物理的なロボットの行動として現実に影響を及ぼす危険性を示唆しています。AIのアライメント(人間社会の価値観との整合性をとること)という問題が、ロボット工学においても避けては通れない重要なテーマとなっているのです。

普及の鍵を握る「オープンソース」という文化

 今回の記事で紹介されている企業の多くが「オープンソース」戦略を重視している点は、非常に興味深いポイントです。AI開発プラットフォームで知られるHugging Faceは、Pollen Robotics社を買収し、誰でもPythonでプログラムできるオープンソースロボット「Reachy Mini」を発表しました。また、元テスラやMetaのエンジニアが設立したK-Scale Labsも、開発者向けのオープンソースなヒューマノイドロボット「K-Bot」を開発しています。

 彼らが目指すのは、かつてのパーソナルコンピュータ(PC)やスマートフォンのように、多くの開発者やホビイストが自由に参加できるエコシステムを構築することです。特定の企業が使い方を決めるのではなく、世界中の人々がアイデアを出し合い、ロボットのための新しいアプリケーションを開発していく。Hugging FaceのCEO、Clément Delangue氏が言うように、これはロボット工学における「ChatGPTモーメント」、つまり爆発的なイノベーションの始まりになるかもしれません。

まとめ

 本稿では、IBMの記事を基に、2025年がロボット工学の転換点となる可能性について解説しました。生成AI、特にLLMとの融合により、ロボットは単なる機械から、私たちの指示を理解し、自ら考えて行動する「物理的AI」へと進化しようとしています。

 その進化を加速させているのが、「App Store」のようなスキル提供プラットフォームの構想であり、イノベーションを促進するオープンソースの文化です。これにより、ロボットは専門家だけのものではなくなり、より多くの人々にとって身近な存在になっていくでしょう。

 一方で、AIに内在するバイアスが物理的な行動として現れるなど、新たな倫理的課題も浮上しています。技術の発展と共に、私たちがロボットとどう共生していくべきか、社会全体で考えていくことが、これからますます重要になります。2025年は、そんな未来に向けた議論が本格的に始まる年になるのかもしれません。

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