はじめに
本稿では、近年の人工知能(AI)ブームが、カリブ海に浮かぶ小さな島「アンギラ」に、いかにして大きな経済的利益をもたらしているかについて解説します。偶然割り当てられたウェブサイトのドメインが、どのようにして国家の重要な収入源へと変貌を遂げたのか、その背景と仕組みに迫ります。
参考記事
- タイトル: How sheer luck made this tiny Caribbean island millions from its web address
- 著者: Jacob Evans
- 発行元: BBC World Service
- 発行日: 2025年8月31日
- URL: https://www.bbc.com/news/articles/cn5xdp427veo
要点
- カリブ海に位置するイギリスの海外領土アンギラは、国に割り当てられるドメインとして「.ai」を保有している。
- 近年のAI(人工知能)ブームにより、AI関連企業などがこの「.ai」ドメインを求める需要が世界的に急増した。
- ドメイン登録による収益はアンギラにとって極めて重要な収入源となり、2024年には政府の総歳入の約4分の1(23%)を占める見込みである。
- この新たな収入源は、ハリケーンなどの自然災害に弱い観光業への経済的依存を減らし、経済の多様化に大きく貢献している。
- アンギラ政府は、得られた収益を空港建設や公共インフラの整備、医療の向上といった未来への投資に活用する計画である。
詳細解説
始まりは偶然:国別ドメイン「.ai」とは?
インターネットの世界では、ウェブサイトの住所を示すURLの末尾に「.com」や「.jp」といった文字列が使われています。これらは「トップレベルドメイン(TLD)」と呼ばれ、中でも国や地域に割り当てられるものは「国別コードトップレベルドメイン(ccTLD)」と分類されます。例えば、日本には「.jp」、イギリスには「.uk」が割り当てられています。
1980年代のインターネット黎明期、カリブ海に浮かぶ人口約1万6千人の小さな島、アンギラにも「.ai」というccTLDが割り当てられました。これは単に国名のアルファベット表記(Anguilla)に基づいたもので、当時は特別な意味を持つものではありませんでした。しかし、数十年後、この2文字が「Artificial Intelligence(人工知能)」の略称と完全に一致したことで、アンギラは予期せぬ幸運を手にすることになります。
AIブームがもたらした「ドメイン・ゴールドラッシュ」
近年、AI技術が急速に発展し、多くのスタートアップや大手企業がAI関連のサービスを展開し始めました。それに伴い、自社のサービスを象徴するウェブサイトアドレスとして、「.ai」ドメインの需要が爆発的に高まったのです。
その結果、「.ai」ドメインの登録数はここ5年で10倍以上に増加し、直近の1年間だけでも倍増しました。現在では85万件以上の「.ai」ドメインが存在します。中には、米国の技術企業の経営者が「you.ai」というドメインを70万ドル(約1億円)で購入した例もあり、特に人気の高いドメインは高額で取引されています。
島の経済を支える新たな柱へ
アンギラの主要産業は観光業であり、美しいビーチを求めて多くの観光客が訪れます。しかし、カリブ海の島々は毎年のようにハリケーンの脅威にさらされており、観光業は自然災害に対して非常に脆弱です。
こうした状況の中、「.ai」ドメインからの収益は、経済を安定させるための重要な役割を担っています。アンギラ政府の2025年予算案によると、2024年のドメイン販売による歳入は約3900万ドル(約57億円)に達し、これは総歳入の23%を占めます。これは観光業(約37%)に次ぐ規模であり、経済の多角化を力強く後押ししています。国際通貨基金(IMF)も、この収入源がアンギラ経済の強靭性を高めていると評価しています。
幸運を持続させるための戦略
アンギラは、この幸運を一過性のものに終わらせないための堅実な戦略を立てています。
- 専門企業との連携:2024年10月、ドメイン登録を専門とする米国の技術企業「Identity Digital」と5年間の管理契約を締結しました。これにより、安定したドメイン管理と販売が可能になりました。
- リスク分散:ドメインを管理するサーバーをアンギラ島内から、同社のグローバルサーバーネットワークに移管しました。これにより、ハリケーンなどの自然災害によって島のインフラが被害を受けても、ドメイン登録サービスが停止するリスクを回避しています。
- 収益分配モデル:過去に太平洋の島国ツバルが「.tv」ドメインの権利を固定料金で売却し、後にインターネット市場が拡大した際に大きな機会損失を生んだ教訓から、アンギラは売上に応じた収益分配モデルを採用しています。これにより、市場の成長に合わせて収益を最大化できる仕組みになっています。
アンギラ政府は、この貴重な収入を国民の未来のために投資する計画です。具体的には、観光業をさらに発展させるための新空港の建設や、道路などの公共インフラの改善、そして医療へのアクセス向上などが挙げられています。
まとめ
本稿では、カリブ海の小国アンギラが、偶然割り当てられた「.ai」ドメインを戦略的に活用し、AIブームという時代の波に乗って大きな経済的利益を得ている事例を紹介しました。これは、デジタルがふとしたきっかけで現実の経済にいかに大きな影響を与えるかを示す興味深いケースです。
今後の技術トレンドが、世界の他の地域にどのような予期せぬ変化をもたらすのか、注目されます。