[ニュース解説]AIが学生になりすます?急増する米大学の「ゴースト学生」詐欺とは

目次

はじめに

 近年、急速に進化するAI(人工知能)は、私たちの生活に多くの恩恵をもたらす一方で、新たな犯罪の温床ともなっています。本稿では、AP通信が報じた「How scammers are using AI to steal college financial aid」という記事をもとに、アメリカで深刻化しているAIを利用した大学の学資援助金詐欺について、その巧妙な手口や被害の実態について解説します。

引用元記事

要点

  • AIとオンライン授業の普及が悪用され、大学の学資援助金を狙った大規模な組織的詐欺が急増している。
  • 犯罪者は盗んだ個人情報とチャットボットを使い「ゴースト学生」を生成し、オンライン授業に登録させて不正に学資援助金を受給する。
  • 個人は身に覚えのない学生ローンの負債を抱え、大学は多額の公的資金を失い、正規の学生は授業を受けられないなど、被害は多岐にわたる。
  • 米国政府は本人確認の強化などの対策を講じているが、詐欺の手口も巧妙化しており、問題の根絶には至っていないのが現状である。

詳細解説

深刻化する「ゴースト学生」詐欺とは?

 現在深刻な問題となっているのは、AIチャットボットを悪用して学生になりすまし、公的な学資援助金をだまし取るという新しいタイプの詐欺です。この手口で使われる架空の学生は「ゴースト学生」と呼ばれています。

 詐欺師たちは、まず何らかの方法で盗んだ個人の社会保障番号などの情報を使って、大学のオンラインコースに出願します。入学が許可されると、彼らは学生本人になりすまして連邦政府の学資援助を申請します。そして、実際に授業に参加するのは人間ではなく、AIチャットボットです。このボットは、オンライン授業のシステムにログインし、簡単な課題を自動で提出するなどして、正規の学生が在籍しているかのように見せかけます。

 大学側が在籍を確認し、政府からの学資援助金(授業料や生活費)が支払われると、詐欺師たちはそのお金を自分たちの口座に移し、ゴースト学生は静かに授業から姿を消します。

なぜコミュニティカレッジが狙われるのか

 この詐欺の主な標的となっているのが、コミュニティカレッジです。これは日本の短期大学や専門学校に近い、地域住民に広く門戸を開いている2年制の公立大学です。コミュニティカレッジが狙われやすい理由は主に2つあります。

  1. オンライン授業の普及: 多くのコミュニティカレッジでは、働きながら学ぶ社会人などのために、録画された講義を好きな時間に視聴できる柔軟なオンラインコースが充実しています。これが、AIボットが人間のように振る舞いやすい環境を提供してしまっています。
  2. 学費の安さ: 4年制大学に比べて学費が格段に安いため、支給される学資援助金のうち、授業料を支払った後に「生活費」として学生本人に直接渡される金額の割合が大きくなります。詐欺師にとって、これは直接現金を手に入れやすいことを意味し、格好のターゲットとなるのです。

被害の実態と深刻さ

 この詐欺による被害は、想像以上に深刻です。

  • 個人への被害: 記事に登場するヘザー・ブレイディさんのように、ある日突然、身に覚えのない9,000ドル(約140万円)以上の学生ローンを抱えていることを知らされるケースがあります。不正なローンを帳消しにするためには、大学や政府機関、融資会社に何度も連絡を取る必要があり、精神的にも時間的にも大きな負担となります。
  • 金銭的被害: AP通信の調査によると、カリフォルニア州のコミュニティカレッジだけでも、2024年に報告された不正な出願は120万件にのぼり、少なくとも1,110万ドル(約17億円)の公的資金が回収不能な被害に遭ったとされています。これは税金の無駄遣いであり、社会全体にとっての大きな損失です。
  • 教育機会の損失: ゴースト学生がオンライン授業の定員を埋めてしまうことで、本当に学びたい学生が履修登録できなくなるという事態も発生しています。これは、教育を受ける権利を奪う深刻な問題です。

政府の対策と今後の課題

 事態を重く見た米国教育省は、対策に乗り出しています。例えば、初めて学資援助を申請する学生に対して、政府発行の身分証明書の提示を義務付けるといった本人確認の強化を進めています。

 しかし、犯罪組織の手口も日々巧妙になっており、対策が追いついていないのが現状です。また、記事では捜査機関の人員削減といった問題も指摘されており、詐欺の摘発や被害者救済が滞る懸念も示されています。

まとめ

 本稿では、AP通信の記事を基に、AIを悪用した学資援助金詐欺の実態を解説しました。AIチャットボットが生み出す「ゴースト学生」は、単なるSFの世界の話ではなく、現実に人々の生活を脅かし、多額の税金を奪う犯罪となっています。 この問題は、私たち日本人にとっても他人事ではありません。日本でもオンライン教育が普及し、行政手続きのデジタル化が進む中で、同様の手口の詐欺が発生しないとは限りません。自分の個人情報を厳重に管理することの重要性を再認識するとともに、社会として新しいテクノロジーの負の側面にどう向き合っていくべきか、考えていく必要があるでしょう。

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