はじめに
本稿は、米CNNが発行した「Your AI use could have a hidden environmental cost」という記事を基に、AIがエネルギーを大量に消費する仕組みから、その環境負荷を測定する上での課題、そして私たちユーザーが今日から実践できる具体的な対策まで解説していきます。
引用元記事
- タイトル: Your AI use could have a hidden environmental cost
- 著者: Kameryn Griesser
- 発行元: CNN
- 発行日: 2025年6月22日
- URL: https://edition.cnn.com/2025/06/22/climate/ai-prompt-carbon-emissions-environment-wellness



要点
- 生成AIの利用は、一般的なGoogle検索と比較して最大で10倍のエネルギーを消費する可能性がある。
- AIへの質問が複雑であったり、より高性能なAIモデルを使用したりすると、二酸化炭素排出量は大幅に増加する。高性能モデルは単純なモデルの最大50倍の排出量になることもある。
- AIが生成する丁寧すぎる回答や冗長な説明も、エネルギー消費を増大させる一因である。
- ユーザーは、プロンプト(指示文)を工夫したり、タスクに適したAIモデルを選択したりすることで、環境負荷を削減できる。
- AI企業によるエネルギー消費に関する情報公開が不十分であることが、環境影響の正確な把握を困難にしており、透明性の向上が求められる。
詳細解説
なぜAIはそんなにエネルギーを消費するのか?
私たちがAIに質問を投げかけると、その裏側では壮大なプロセスが動いています。入力された言葉はまず「トークンID」と呼ばれる数値のクラスターに分解されます。そして、そのデータはサッカー場よりも巨大なこともある「データセンター」へと送られます。これらの施設の多くは、石炭や天然ガスといった化石燃料をエネルギー源としており、無数の高性能コンピューターが複雑な計算を繰り返すことで、私たちへの回答を生成しているのです。
米国の電力研究所(Electric Power Research Institute)による有名な推定では、この一連のプロセスは一般的なGoogle検索の最大10倍ものエネルギーを消費する可能性があるとされています。ほんの少しの利便性のために、私たちは想像以上のエネルギーを使っているのかもしれません。
「賢いAI」ほど環境負荷が大きいという事実
ドイツの研究者たちが行った調査で、衝撃的な事実が明らかになりました。14種類の主要な大規模言語モデル(LLM)をテストしたところ、複雑で自由な回答が求められる質問は、簡潔な答えで済む質問に比べて最大で6倍もの二酸化炭素(CO2)を排出したのです。
さらに驚くべきことに、より高度な推論能力を持つ、いわゆる「賢い」AIモデルは、同じ質問に答えるために、単純なモデルと比較して最大で50倍もの炭素を排出することが報告されました。これは、モデルの性能とエネルギー消費がトレードオフの関係にあることを示しています。
この背景には、AIの「パラメータ」という要素が関係しています。パラメータとは、AIが情報を処理し、思考するための基準となる値のことで、人間の脳における神経細胞(ニューロン)のつながりのようなものだと考えると分かりやすいでしょう。このパラメータの数が多ければ多いほど、AIはより複雑で高度な思考が可能になりますが、それに比例してエネルギー消費も爆発的に増加してしまうのです。
意外な落とし穴:AIの「丁寧さ」がエネルギーを無駄にする
記事では、もう一つ興味深い点が指摘されています。それは、AIの「丁寧さ」です。多くのAIは、人間に対して礼儀正しく、親切な説明をするように訓練されています。そのため、私たちが「お願いします」や「ありがとう」といった丁寧な言葉を使うと、AIはそれに応えようとして、より長く、詳細な回答を生成する傾向があります。
しかし、この丁寧で冗長な回答の一つひとつが、さらなるエネルギーを消費し、環境負荷を増大させているのです。問題を解決するために必要な答え以上のものを生成させることは、エネルギーの無駄遣いにつながっていると言えるでしょう。
今日からできる、環境に優しいAIの使い方
では、私たちはAIの利用をやめるべきなのでしょうか?答えは「いいえ」です。使い方を少し工夫するだけで、環境負荷を大きく減らすことが可能です。
- プロンプト(指示文)を工夫する
誰でもすぐに実践できる最も効果的な方法です。AIに質問する際に、具体的で簡潔な指示を加えましょう。例えば、「回答は1〜2文にまとめてください」や「結論だけで構いません。説明は不要です」といった一言を添えるだけで、AIは不必要なエネルギーを使わずに済みます。 - タスクに適したモデルを選ぶ(適材適所)
すべてのタスクに最高性能のAIが必要なわけではありません。記事ではこの状況を「高校生が宿題の助けを求めるために、原子力で動くデジタル計算機を使うようなものだ」と巧みに表現しています。専門家が複雑なプログラムのコードを書く際には高性能なAIが必要かもしれませんが、日常的な調べ物や文章の要約であれば、よりシンプルでエネルギー効率の良いモデルで十分な場合がほとんどです。可能であれば、タスクに特化した、より小規模なモデルを選択しましょう。 - 原点に立ち返る
簡単な計算であれば電卓アプリを、言葉の意味を調べるならオンライン辞書を使うなど、AI登場以前からある基本的なツールに戻ることも有効です。常に最新のAIに頼るのではなく、目的に応じて最適なツールを選択する意識が大切です。
未来への展望と課題
AIの環境負荷を正確に把握するには、まだ大きな壁があります。多くのAI企業が、自社のデータセンターの規模やエネルギー消費量、省エネ技術の詳細などを公開していないため、全体像が見えにくいのです。専門家は、AI全体の平均的な消費量を語ることは無意味であり、モデルごと、タスクごとに影響を評価する必要があると訴えています。
今後、企業がプロンプトごとのCO2排出量を開示するなど、透明性を高める動きが求められます。一方で、企業側もエネルギーコストの削減は経営に直結するため、より効率的なAIの開発が進むことも期待されています。
AI技術が社会のあらゆる側面に統合されていく中で、私たちはその恩恵を受けるだけでなく、それに伴う責任についても考えなければなりません。
まとめ
本稿では、CNNの記事を基に、生成AIが私たちの生活を豊かにする一方で、その裏で少なからぬ環境コストを支払っている現実を解説しました。
AIの性能とエネルギー消費は表裏一体の関係にあり、特に高性能なモデルほどその負荷は大きくなります。しかし、私たちユーザーがAIとの付き合い方を少し変えるだけで、その負荷を大きく削減することが可能です。プロンプトを簡潔にし、タスクに適したモデルを選び、時には従来のアナログなツールに頼る。こうした小さな意識の積み重ねが、AI技術の持続可能な発展につながります。
AIの未来をより良いものにするためには、開発企業側の透明性の確保と、私たち利用者一人ひとりの賢い選択が不可欠なのです。