[ニュース解説]中国・杭州がAI開発の新拠点に——ロボットから占いアプリまで多様な取り組み

目次

はじめに

 中国・杭州市が人工知能(AI)開発の新たな拠点として注目を集めています。CNBCが2026年1月2日に報じた内容によれば、この都市では先端ロボティクスや脳コンピューターインターフェース(BCI)といった最先端技術の開発と、AIペットや占いアプリといった実験的なアプリケーション開発が同時に進んでいます。本稿では、この報道をもとに杭州のAIエコシステムの現状と、中国のAI開発戦略について解説します。

参考記事

要点

  • 杭州では、AlibabaやDeepSeekなどの大手企業が先端チップやロボティクス、BCIの開発を進める一方、スタートアップがAIペットや占いアプリなど実験的なアプリケーションを開発している
  • 中国政府は「身体性知能(embodied intelligence)」を次期5カ年計画の優先事項に位置づけ、米国も中国の物理的AI分野での急速な進展に警戒感を示している
  • 空間知能企業ManycoreやロボットメーカーのUnitree、Deep Roboticsなど「6匹の小龍」と呼ばれるスタートアップが香港や中国本土での上場を準備している
  • 中国のAI開発は、オープンソースモデルの活用と低い電力コストを強みとし、実用的なアプリケーション開発に重点を置いている
  • 梁渚という郊外エリアが実験的なAI開発の中心地となり、低い商業的プレッシャーの中で多様なアイデアが試されている

詳細解説

物理的AIへの競争

 中国と米国は「物理的AI」と呼ばれる次世代AI技術の開発で競争しています。MetaからTencentまで、各社はロボットの動作制御、自動運転車の操舵、気候変動などの実世界イベントのシミュレーションを可能にする「ワールドモデル」の構築に取り組んでいます。

 物理的AIとは、デジタル空間だけでなく物理世界で動作するAIシステムを指します。従来の大規模言語モデル(LLM)がインターネットデータを基にテキストや画像を生成するのに対し、物理的AIは重量、質感、構造、温度、物体の相互作用(把持力や操作に必要な力など)といった追加情報を必要とします。

 中国政府は2025年11月、次期5カ年計画で「身体性知能」を優先事項の一つに位置づけました。同時期に、米中経済安全保障審査委員会は、中国が物理的AI分野で急速に進展していることへの警戒感を示し、米国議会に対して自律システムとロボティクスへの投資と規制承認の強化を提言しています。

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杭州のスタートアップエコシステム

 杭州では、空間知能企業のManycore、ロボットメーカーのUnitreeとDeep Roboticsなど、「6匹の小龍」と呼ばれるスタートアップ群が香港や中国本土での上場を準備中です。これらの企業は、AI関連の上場ラッシュに加わる形で成長を続けています。

 Manycoreの共同創業者であるVictor Huang氏(元Nvidiaソフトウェアエンジニア)によれば、同社はNvidiaのチップを使用しています。理由は、消費電力あたりの計算能力が優れているためです。ただし、中国の低い電力コストが優位性を提供する可能性があると考えています。

 具体的には、3ナノメートルチップは5ナノメートルや7ナノメートルチップと比較して消費電力を約30%削減できますが、電力コストが40〜50%低ければ、より古い世代のチップでも競争力を維持できると同氏は説明しています。

 計算能力は単独で評価できるものではなく、データ品質、エネルギー供給、運用条件に依存すると指摘されています。寒冷地域にデータセンターを設置すればエネルギーを節約でき、データの質が高ければトレーニングに必要な計算能力を削減できます。

オープンソース戦略と収益モデル

 Manycoreは空間AIモデルをオープンソース化しています。これは、OpenAIやAnthropicが提供する有料モデルが一般的な米国とは対照的に、中国が採用しているアプローチです。

 このアプローチによりフィードバックを収集できる一方、ユーザーが利用料を支払う必要がないため直接的な収益は制限されます。Huang氏は「投資家からのプレッシャーを受けることになります」と述べています。

 オープンソース戦略は、開発者コミュニティからの貢献を得やすく、モデルの改善スピードを加速できる利点があります。一方で、マネタイゼーションの課題は、中国のAI企業が今後直面する重要な経営課題と考えられます。

実用的アプリケーションへの注目

 シリコンバレーが汎用人工知能(AGI)や超知能に注目する一方、CNBCによれば、中国のAI開発は実用的なアプリケーションに重点を置いています。BaiduマップのパーソナライズされたレコメンデーションからByteDanceのチャットボット兼アシスタント「Doubao(豆包)」まで、ユーザー体験と実用性が重視されています。

 ビジネスインテリジェンスサービスプロバイダーのQuestMobileによると、2025年12月時点でDoubaoは週間アクティブユーザー数1億5,500万人を記録し、中国トップのAIアプリとなっています。これは、2位のDeepSeekチャットボットのほぼ2倍の数字です。Doubaoの人気は、技術的な洗練度よりもユーザー体験と実用性が重要であることを示唆しています。

 この傾向は、中国のAI市場が「使えるAI」を求めているという市場特性を反映していると考えられます。技術デモよりも日常生活で実際に役立つアプリケーションが評価される環境は、AI技術の社会実装を加速させる要因になると考えられます。

梁渚:実験的AI開発の中心地

 杭州市内の郊外エリア「梁渚(Liangzhu)」が、AIの実験的な開発拠点として機能しています。住民たちは自らを「村民」と呼び、ゲーム化されたフィットネストラッカーからADHD向けカレンダーツールまで、多様なアプリケーションを開発しています。

 2025年に梁渚に移住した起業家のAlex Wei氏は、中国の伝統的な占いツールに基づくAIアプリを開発中です。同氏は、AIが人々の感情的ニーズにどう応えられるかに関心を持っています。

 梁渚の魅力の一つは低い商業的プレッシャーにあります。Wei氏によれば、「1,000人民元(約143ドル)を持って梁渚に来て、プロダクトデモを持って帰ることができます」。さらに「非常に包摂的な場所で、ユニコーン製品を持つ必要はありません。1,000人にサービスを提供する小さなアプリでもサポートを見つけられます」と述べています。

 リビングルームで始まった月次の「Demo Day」は、現在では地域内外から創業者や投資家を集めるイベントに成長しています。この露出により、スタートアップは事業規模の考え方を変えつつあります。多くが海外ユーザーを視野に入れ、中国のハードウェアサプライチェーンを活用して世界的に競争力のある価格を提供することを目指しています。

 国内の激しい競争と、消費者がアプリに料金を支払うことへの抵抗感が、スタートアップを海外市場へと向かわせていると観察者は指摘しています。

新たな働き方と課題

 China and Silicon Valleyに関するニュースレター「Concurrent」を執筆するAfra Wang氏は、変化する雇用市場において、一部の開発者がAIを活用して従来のキャリアパスから脱却し、独立または小規模チームで収益性の高いビジネスを構築する「スーパー個人(superindividuals)」になろうとしていると指摘しています。

 ただし、Wang氏は、一部の企業がマーケティング目的でAI機能を表面的に追加しているだけのケースがあることにも警鐘を鳴らしています。エアコンから日焼け止めの塗布をチェックする鏡まで、これらを同氏は「物理的AIスロップ(physical AI slop)」と呼んでいます。これは、生成AIによって大量生産される低品質コンテンツを指す用語「スロップ」をもじった表現です。

 この指摘は、AI技術の実用化においては、真に価値を提供するイノベーションと、単なるマーケティング目的の機能追加を見極める必要性を示唆していると考えられます。

まとめ

 杭州のAIエコシステムは、先端技術開発と実験的なアプリケーション開発が共存する特徴的な発展を見せています。中国政府が物理的AIを戦略的優先事項に位置づける中、オープンソースモデルと低い電力コストを活用したアプローチが注目されます。一方で、実用性重視の市場環境や国内競争の激化により、企業は海外展開も視野に入れています。今後、この多様なエコシステムからどのようなイノベーションが生まれるか、引き続き注目していく価値があります。

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