はじめに
Google DeepMindが2025年10月29日、数学研究におけるAI活用を推進する「AI for Math Initiative」を発表しました。世界5つの著名研究機関との提携により、数学の最前線でAIを研究ツールとして活用する取り組みです。本稿では、このイニシアチブの概要と、Google DeepMindが提供する技術、そして近年の数学分野における AI の進展について解説します。
参考記事
- タイトル: Accelerating discovery with the AI for Math Initiative
- 著者: Pushmeet Kohli, Eugénie Rives
- 発行元: Google DeepMind Blog
- 発行日: 2025年10月29日
- URL: https://blog.google/technology/google-deepmind/ai-for-math/
要点
- Google DeepMindとGoogle.orgが支援する「AI for Math Initiative」は、世界5つの著名研究機関と提携し、数学研究におけるAI活用を推進する国際的な取り組みである
- 提携機関には、Imperial College London、Institute for Advanced Study、IHES、Simons Institute、TIFRが含まれる
- Google DeepMindは、Gemini Deep Think、AlphaEvolve、AlphaProofなどの最先端技術へのアクセスを提供する
- Gemini Deep Thinkを搭載した最新モデルは、2025年の国際数学オリンピック(IMO)で金メダルレベルの成績を達成し、6問中5問を完全に解いて35点を記録した
- AlphaEvolveは4×4行列乗算において、50年間破られなかったStrassenのアルゴリズムの記録を更新し、48回のスカラー乗算で計算を実現した
詳細解説
AI for Math Initiativeの概要と目的
AI for Math Initiativeは、Google DeepMindとGoogle.orgが支援する国際的な研究プログラムです。参加機関は、Imperial College London(英国)、Institute for Advanced Study(米国)、Institut des Hautes Études Scientifiques(フランス)、Simons Institute for the Theory of Computing(米国・UC Berkeley)、Tata Institute of Fundamental Research(インド)の5つです。
このイニシアチブの目的は、AI主導の洞察に適した次世代の数学問題を特定し、これらの進歩を支えるインフラとツールを構築し、最終的に発見のペースを加速することとされています。数学は物理学の法則から生物学の複雑さ、コンピュータサイエンスの論理に至るまで、あらゆるものを記述する基礎言語であり、その発展は何世紀にもわたって人間の創意工夫のみによって推進されてきました。Google DeepMindによれば、AIは数学者と協力し、創造性を増強して発見を加速する強力なツールになり得ると考えられています。
なお、これらの研究機関はいずれも理論数学や基礎科学の分野で長い歴史と実績を持つ機関であり、このような機関との提携は、AIが実用的な問題だけでなく、純粋数学の最前線でも研究パートナーとして機能し得る可能性を示していると言えるでしょう。
提供される技術とリソース
Google DeepMindは、参加機関に対してGoogle.orgからの資金提供と、最先端技術へのアクセスを提供します。具体的には、以下の3つの技術が挙げられています。
Gemini Deep Think
強化された推論モードを持つシステムです。このモードは、複雑な問題に対してより深い思考プロセスを実行できると考えられています。推論モードとは、AIモデルが回答を生成する前に、問題を段階的に分析し、複数の解法を検討するプロセスを指します。
AlphaEvolve
アルゴリズム発見のためのエージェントです。このシステムは、Geminiを活用してコーディングを行い、新しいアルゴリズムを設計する能力を持っています。エージェントとは、目標を与えられると自律的にタスクを実行し、環境からのフィードバックに基づいて行動を調整するシステムを指します。
AlphaProof
形式的証明完成システムです。形式的証明とは、数学の定理を厳密な論理規則に従って証明する手法で、コンピュータが検証可能な形式で記述されます。このシステムは、証明の一部が与えられた際に、残りの部分を自動的に完成させる機能を持つと考えられます。
これらの技術へのアクセスにより、基礎研究と応用AIの間に強力なフィードバックループが生まれ、より深いパートナーシップへの扉が開かれるとされています。
国際数学オリンピックでの成果
Google DeepMindは、AIの推論能力における近年の進展を示す具体例として、国際数学オリンピック(IMO)での成績を挙げています。
2024年には、AlphaGeometryとAlphaProofのシステムがIMOで銀メダル水準を達成しました。さらに最近では、Gemini Deep Thinkを搭載した最新モデルが、2025年のIMOで金メダルレベルの成績を記録し、6問中5問を完全に解いて35点を獲得したとのことです。
国際数学オリンピックは、高校生を対象とした世界最高峰の数学競技会で、参加者は6問の問題を2日間で解きます。各問題は7点満点で採点され、合計42点満点となります。金メダルは通常、上位約8-12%の参加者に授与されるため、35点という成績は人間の優秀な高校生と比較しても非常に高いレベルと言えます。ただし、6問すべてを解いた満点ではないため、最難関問題への対応にはまだ改善の余地があると考えられます。
AlphaEvolveによるアルゴリズム発見
Google DeepMindによれば、AlphaEvolveは数理解析、幾何学、組合せ論、数論における50以上の未解決問題に適用され、そのうち20%で既知の最良解を改善したとのことです。
特筆すべき成果として、行列乗算の新しいアルゴリズムの発見が挙げられています。行列乗算は、コンピューティングにおける中核的な計算処理で、機械学習、画像処理、科学計算など幅広い分野で頻繁に使用されます。AlphaEvolveは、4×4行列の乗算において、わずか48回のスカラー乗算で計算を実行するアルゴリズムを発見しました。これは、1969年にStrassenが確立した50年間破られなかった記録を更新したものです。
行列乗算の計算量削減は、大規模な計算を必要とするアプリケーションにおいて、処理速度の向上やエネルギー消費の削減につながる可能性があります。ただし、この記録更新が4×4という特定のサイズの行列に対するものである点には注意が必要です。より大きなサイズの行列や一般的な場合への応用については、今後の研究が待たれるところです。
また、コンピュータサイエンス分野では、AlphaEvolveが研究者とともに、特定の複雑な問題がコンピュータで解くのがこれまで考えられていたよりもさらに困難であることを示す新しい数学的構造を発見したとされています。これは計算限界のより明確で正確な理解を提供し、将来の研究の指針となる可能性があります。
イニシアチブの意義と今後の展望
Google DeepMindは、このイニシアチブが数学研究においてAIが発見を加速させる方法を探求し、より困難な問題に取り組むことを期待しています。世界をリードする数学者の深い直観とAIの新しい能力を組み合わせることで、新しい研究の道筋が開かれ、人類の知識を前進させ、科学分野全体にわたる新しいブレークスルーに向けて進むことができると考えられています。
AIモデルの急速に進化する能力は、近年の進歩の速さに表れています。ただし、記事では「私たちはAIができることすべてを理解し始めたばかり」とも述べられており、AIの可能性を探る取り組みは始まったばかりの段階にあると言えるでしょう。
このようなイニシアチブは、AIが単なる計算ツールではなく、人間の研究者と協働する知的パートナーとして機能し得る可能性を示唆しています。一方で、数学という厳密性が求められる分野でのAI活用には、検証可能性や再現性の確保、AIが生成した証明の正当性の評価など、解決すべき課題も残されていると考えられます。
まとめ
Google DeepMindは、世界5つの著名研究機関と提携し、数学研究におけるAI活用を推進する「AI for Math Initiative」を開始しました。Gemini Deep Think、AlphaEvolve、AlphaProofなどの最先端技術を提供し、基礎数学研究の加速を目指します。IMOでの金メダルレベルの達成や、50年ぶりのアルゴリズム記録更新など、AIの数学分野における進展は目覚ましいものがあります。人間の数学者とAIの協働がどのような新しい発見をもたらすのか、今後の展開が注目されます。
