[ニュース解説]Google CloudのAI技術がMLBオールスターゲームで実現した、リアルタイムのホームラン落下地点予測

目次

はじめに

 本稿では、テクノロジーがスポーツ観戦の体験をどのように変えつつあるか、具体的な事例を通して解説します。2025年7月15日にGoogle Cloudの公式ブログで公開された記事「AI from Google Cloud steps up to the plate at the MLB All-Star Game」を基に、メジャーリーグベースボール(MLB)のオールスターゲームで導入された、AIによるホームラン落下地点のリアルタイム予測システムについてご紹介します。

参考記事

要点

  • Google CloudはMLBと連携し、生成AIを用いてオールスターゲームでのホームラン落下地点を予測するツールを開発した。
  • このAIモデルは、選手の過去の打撃データ、打球方向、気象条件など、多岐にわたるデータを統合的に分析するものである。
  • 予測結果は、AIモデル「Gemini 2.5 Pro」によって観客向けのメッセージに変換され、球場のスクリーンにリアルタイムで表示される。
  • このシステムは、AIが自律的にタスクを実行する「エージェント的AI」の活用事例であり、人間のレビュー担当者が最終確認を行う「ヒューマン・イン・ザ・ループ」のプロセスを組み込んでいる。
  • 試合前には、同様の技術を応用し、交通状況なども加味したデータを移動広告トラックに表示する施策も実施された。

詳細解説

野球とデータの深い関係

 野球ファンは、打率や防御率といった選手の成績データを分析し、議論することに昔から情熱を注いできました。近年では、MLBが導入したデータ追跡システム「Statcast」により、打球の速度や角度、選手の移動速度など、これまで取得できなかった詳細なデータが取得可能になり、データ活用の幅は大きく広がっています。

 今回Google Cloudが発表した取り組みは、この野球とデータの深い関係性をさらに一歩進め、AIを使って未来を予測し、ファンに新たなエンターテインメント体験を提供するものです。

ホームラン落下地点予測の仕組み

 このシステムの核心は、AIが膨大なデータを分析して、特定の打者がホームランを打った場合にボールがどこへ飛ぶ可能性が最も高いかを予測する点にあります。

  • 基盤となるデータ:
    予測モデルの基盤となっているのは、オールスターゲームに出場する全選手の歴史的なデータです。これには、打率や本塁打率といった従来の成績だけでなく、Statcastから得られる以下のような詳細なデータが含まれます。
    • 過去の打球方向: 各選手が打った打球が、どの方向に、どのような角度や速さで飛んだかの全履歴。
    • 球場データ: 全ての球場の形状や特性。
    • 気象データ: 試合当日の風向きや気温、湿度など、ボールの飛距離に影響を与えるリアルタイムの気象情報。
  • 予測からメッセージ生成までの流れ:
     システムは、次に打席に立つ選手の情報を受け取ると、上記のデータを統合的に分析し、ホームランボールが着地する可能性が最も高い座席セクションを特定します。
     しかし、単に「153セクション」と表示するだけでは、ファン体験としては不十分です。そこで、Googleの最も高性能なAIモデルの一つである「Gemini 2.5 Pro」が活用されます。
     予測されたセクション情報をGemini 2.5 Proに入力すると、AIは球場の大型ビジョンやスコアボードに表示するための、人間味あふれる魅力的なメッセージ案を瞬時に数十個生成します。
     紹介されている大谷翔平選手のテスト事例では、モデルはホームランがセクション152〜154付近に着地する可能性が高いと判断し、以下のようなメッセージを生成しました。
    「154セクション3列3番の方。データによると、大谷翔平選手の手土産がここに飛んでくる確率が、81%高いです。」
    (Hey Seat 3, Row 3, Section 154. Stats show an 81% higher probability Shohei Ohtani sends a souvenir right here. より翻訳)

人間とAIの協業:「ヒューマン・イン・ザ・ループ」

 AIが生成したメッセージが、そのまま表示されるわけではありません。AIが生成した複数の候補の中から、人間のレビューチームが最も適切で面白いと感じるものを選択し、必要に応じて長さや言葉遣いを微調整します。

 このように、AIの自動化プロセスに人間が介在し、最終的な品質を担保する手法は「ヒューマン・イン・ザ・ループ」と呼ばれ、AIを実社会で安全かつ効果的に活用するための重要な考え方となっています。

技術の核心:「エージェント的AI」とは

 Google Cloudは、今回のシステムを「エージェント的AI(Agentic AI)」の活用事例として紹介しています。これは、近年のAI分野における重要な概念です。

 従来、AIは質問に答える、文章を要約するといった単一のタスクを実行するものが主流でした。それに対し、エージェント的AIは、より大きな目標(例えば「ファンを楽しませる」)を達成するために、自律的に複数のサブタスクを計画し、ツール(今回の場合はデータ分析モデルやメッセージ生成モデル)を使いこなしながら実行していくことができます。

 他の例として「Geminiアプリにレストランの予約を電話で依頼する」「金融機関が市場分析のためのリサーチエージェントを構築する」といったケースが挙げられており、AIがより能動的な役割を担う未来を示唆しています。

スタジアム外での応用

 この技術は、試合当日だけでなく、オールスターウィーク中のプロモーションにも活用されました。アトランタ市内を走行する移動式の広告トラックに、AIが生成したユニークなメッセージを表示したのです。

 この応用では、選手データや気象データに加えて、トラックの現在地や周辺の交通状況といった、さらに複雑なリアルタイムデータが組み込まれました。これらの複雑な処理の統合・管理(オーケストレーション)は、Google Cloudの「Vertex AI」プラットフォームが担いました。

まとめ

 本稿では、Google CloudとMLBが共同で開発した、AIによるホームラン落下地点予測システムについて解説しました。この取り組みは、AIが単なるデータ分析ツールに留まらず、リアルタイムでファンに新たな興奮と参加意識をもたらすエンターテインメント体験を創出できることを示した好例です。

 膨大な過去のデータとリアルタイムの状況を瞬時に統合・分析する能力、それを自然で魅力的な言葉に変換する生成AIの力、そしてAIの出力を人間が監督するヒューマン・イン・ザ・ループという仕組み。これらの要素が組み合わさることで、今回の先進的なファン体験は実現されました。今後、様々なスポーツやエンターテインメントの分野で、同様のAI活用が進んでいくことが期待されます。

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