はじめに
本稿では、米CNBCが報じた「Goldman Sachs is piloting its first autonomous coder in major AI milestone for Wall Street」という記事を基に、世界的な金融機関であるゴールドマン・サックスが導入を始めた自律型AIソフトウェアエンジニア「Devin」について解説します。
引用元記事
- タイトル: Goldman Sachs is piloting its first autonomous coder in major AI milestone for Wall Street
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年7月11日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/07/11/goldman-sachs-autonomous-coder-pilot-marks-major-ai-milestone.html
要点
- ゴールドマン・サックスは、AIスタートアップCognitionが開発した世界初の自律型AIソフトウェアエンジニア「Devin」の試験運用を開始した。
- Devinは、単なる補助ツールではなく、複雑な開発タスクを自律的に計画し実行する「エージェントAI」である。
- 導入の目的は、開発者の生産性を大幅に向上させ、既存コードの更新といった退屈な作業を自動化することである。
- 将来的には、人間とAIが協働する「ハイブリッドな労働力」が構想されており、人間のエンジニアにはAIを監督・管理する新たなスキルが求められる。
詳細解説
ゴールドマン・サックスの新たな「従業員」、Devinとは?
ウォール街を代表する投資銀行、ゴールドマン・サックスに、新たな「従業員」が加わりました。しかし、その従業員は人間ではありません。AIスタートアップ企業Cognitionが開発した、自律型AIソフトウェアエンジニア「Devin」です。同社の技術責任者であるマルコ・アルジェンティ氏によると、ゴールドマン・サックスは現在、このDevinの試験運用を進めており、いずれは1万2000人いる人間の開発者チームの一員として本格的に稼働させることを計画しています。
Devinは、昨年「世界初のAIソフトウェアエンジニア」として発表され、テクノロジー業界で大きな注目を集めました。デモ映像では、人間からの簡単な指示だけで、Webサイトやアプリケーションを構築するような複雑なタスクを、計画立案から実行まで一貫してこなす様子が公開されています。
「エージェントAI」の衝撃 – これまでのAIとの決定的違い
今回のニュースで最も重要なポイントは、Devinが「エージェントAI」であるという点です。これまでのAI、例えばChatGPTのような生成AIは、文章の要約やメールの作成、コードの一部分の提案といった「タスクの補助」が主な役割でした。人間が指示を出し、その都度AIが応答を返すという形式です。
一方、エージェントAIは、より高度な自律性を持ちます。エージェントAIは「ドキュメントの要約やメールの作成といった人間のタスクを支援するだけでなく、アプリ全体の構築のような複雑で多段階の仕事を遂行する」とされています。つまり、最終的な目標を与えれば、達成までの計画を自ら立て、必要なツールを使いこなし、複数のステップを連続して実行することができるのです。
アルジェンティ氏は、このエージェントAIの導入により、労働者の生産性が従来のAIツールに比べて3倍から4倍に向上する可能性があると述べており、そのインパクトの大きさがうかがえます。
人間とAIの新たな協働体制
ゴールドマン・サックスでは、Devinにどのような仕事を任せるのでしょうか。具体的には、既存の社内システムで使われているコードを、古いプログラミング言語から新しいものへ更新する、といった作業が挙げられています。こうした作業は、システムの安定稼働に不可欠である一方、多くのエンジニアにとっては単調で退屈な仕事と見なされがちです。このような作業をDevinに任せることで、人間のエンジニアは、より創造的で付加価値の高い、新しいサービスの開発といった業務に集中できるようになります。
ここで強調しておきたいのは、Devinが完全に独立して仕事をするわけではない、という点です。Devinの作業は常に人間の従業員によって監督されます。AIが生成したコードが正しいか、セキュリティ上の問題はないかなどを人間が最終的にチェックし、管理するのです。
未来の働き方:「ハイブリッドな労働力」へ
AIの進化は、しばしば「人間の仕事が奪われるのではないか」という不安を引き起こします。しかし、アルジェンティ氏は、人間とAIが共存する「ハイブリッドな労働力」という未来像を提示しています。
同氏は、「これはまさに、人とAIが協力し合って働くということです」と語ります。この新しい働き方では、人間のエンジニアに求められるスキルも変化します。これまではコードを書く能力そのものが重要でしたが、これからは「解決すべき問題を明確に定義し、それをAIへの的確な指示(プロンプト)に変換し、AIエージェントの作業を監督する能力」がより重要になるといいます。
ソフトウェア開発はAIによる自動化が進めやすい分野ですが、この流れはいずれ銀行内の他の業務にも広がっていくと予測されています。
まとめ
ゴールドマン・サックスによる自律型AIエンジニア「Devin」の導入は、単なる一企業の技術導入事例にとどまりません。これは、AIが人間の「道具」から、共に働く「同僚」へとその役割を変えつつあることを示す、象徴的な出来事です。
この変化は、金融業界の生産性を飛躍的に向上させる可能性がある一方で、私たちに新しい働き方への適応を迫ります。AIを恐れるのではなく、その能力を正しく理解し、AIを効果的に活用・管理するためのスキルを身につけることが、これからの時代を生き抜く上で不可欠になるでしょう。本稿で解説したゴールドマン・サックスの取り組みは、その未来に向けた重要な一歩と言えます。