はじめに
本稿では、Google DeepMindが2025年10月1日に発表した、世界的に著名なインダストリアルデザイナーであるロス・ラブグローブ氏との協業プロジェクトについて、その詳細と意義を解説します。このプロジェクトは、生成AIがデザイナー個人のユニークなスタイルを学習し、創造的なプロセスを支援するツールとして機能することを示しています。高品質なデータによるファインチューニングと、言語を通じた人間とAIの丁寧な対話が、重要となります。
参考記事
- 発行元:Google
- 発行日:2025年10月1日
- タイトル:From sketches to prototype: Designing with generative AI
- URL:https://blog.google/technology/google-deepmind/ross-lovegrove-design/
要点
- Google DeepMindは、デザイナーのロス・ラブグローブ氏と協業し、氏のデザインスタイルを学習した専用の生成AIモデルを構築した。
- AIモデルは、ラブグローブ氏のスケッチ群を基にファインチューニングされ、氏の作風を反映した新しいデザインコンセプトを生成する。
- デザイナーとAIの「対話」を通じてプロンプトを洗練させ、AIの出力をデザイナーの意図に沿うように調整した。
- 最終的に、AIが生成したデザインを基に、金属3Dプリンティングで物理的な椅子のプロトタイプを制作した。
- このプロジェクトは、AIが人間の創造性を代替するのではなく、拡張するための強力な協調ツールとなり得ることを示した。
詳細解説
プロジェクトの概要:AIとデザイナーの共創
このプロジェクトは、GoogleのAI研究部門であるGoogle DeepMindが、インダストリアルデザイナーのロス・ラブグローブ氏のデザインスタジオと共同で行ったものです。目的は、デザイナーの持つ独自の芸術的ビジョンを生成AIに学習させ、コンセプトの着想から物理的なプロトタイプの製作まで、デザインプロセス全体を支援するツールを構築することでした。
プロジェクトでは、Googleの画像生成モデル「Imagen」とマルチモーダルAI「Gemini」が使用されました。ラブグローブ氏の作風である、有機的で流れるような生物形態的デザインをAIが理解し、新たなアイデアとして出力することを目指しました。
課題:デザイナーの個性をAIにどう学習させるか
プロジェクトにおける最初の課題は、ロス・ラブグローブ氏の持つ繊細でニュアンスに富んだデザインスタイルを、いかにしてAIに正確に学習させるかという点でした。ラブグローブ氏は、自然界の構造や形状から着想を得る「オーガニックデザイン」で知られており、その曲線や構造的ロジックは非常に特徴的です。
この課題に取り組むため、プロジェクトチームは古典的なデザインの挑戦である「椅子」をテーマに設定しました。椅子は「座る」という明確な機能が固定されている一方で、形状の自由度が高く、デザイナーのスタイルを探求するのに適した対象です。
技術的アプローチ:ファインチューニングと言語による対話
デザイナーの個性をAIに反映させるため、チームは以下の2つのアプローチを取りました。
1. 高品質なデータセットによるファインチューニング
AIの学習品質は、元となるデータセットの質に大きく依存します。そこで、ラブグローブ氏が所有する個人的なスケッチの中から、彼のデザイン言語の核となる要素を抽出した高品質なデータセットを構築しました。
そして、このデータセットを用いてGoogleのテキストtoイメージモデル「Imagen」をファインチューニングしました。ファインチューニングとは、既存の学習済みモデルを特定のデータセットで追加学習させることで、特定のタスクやスタイルに特化させる手法です。これにより、AIはラブグローブ氏特有の曲線、構造、有機的なパターンを学習し、彼のスタイルに根差した新しいコンセプトを生成できるようになりました。
2. デザイナーとAIの「対話」
本プロジェクトが重視したのは、人間主導の探求、すなわちデザイナーとAIの対話です。スタジオは、AIに指示を出す「プロンプト」の言語を洗練させることに注力しました。ラブグローブ氏のデザイン語彙を解読し、AIが理解しやすい言葉に変換することで、生成されるイメージを意図した方向に導きました。
例えば、AIが特定の単語にどう反応するかを観察し、そのフィードバックを基にプロンプトを修正するという対話的なプロセスを繰り返しました。興味深い試みとして、チームは「椅子」という単語を一度も使わずに椅子のデザインを生成することに挑戦しました。代わりに創造的な類義語を用いることで、より多様な形状や機能の探求を促し、豊かなアウトプットを得ることに成功しました。
さらに、生成されたコンセプトを深掘りする段階では、マルチモーダルAIの「Gemini」が活用され、素材のアイデア出しや、デザインを異なる視点から視覚化する作業を支援しました。
成果:デジタルから物理的プロトタイプへ
このAIとの協調プロセスを通じて、ラブグローブ氏のデザインスタジオは、自分たちの作品の正当な延長線上にあると感じられる椅子のデザインを生み出しました。
最終的に、このAIが生成したデジタルデザインは、金属3Dプリンティング技術を用いて物理的なプロトタイプとして製作されました。AIが生み出したピクセルデータが、実際に機能する芸術作品として現実世界に現れたのです。
ロス・ラブグローブ氏はこの成果について、「最終的な結果は、デザインに関するあらゆる議論を超越するものです。AIがプロセスにユニークで並外れた何かをもたらし得ることを示しています」と語っています。
まとめ
本稿で紹介したGoogle DeepMindとロス・ラブグローブ氏の協業は、生成AIがデザインの分野で果たす役割について重要な示唆を与えます。AIは、単に画像を生成するツールに留まらず、デザイナー個人の作風や哲学を学習し、創造的なパートナーとして対話し、アイデアを拡張する存在になり得ることが示されました。高品質なデータによるファインチューニングと、言語を通じた人間とAIの丁寧な対話が、創造性を高める鍵となります。