はじめに
GoogleはAIモデル「Gemini 2.5 Pro」のアップデート版である「Gemini 2.5 Pro Preview (I/O edition)」の早期アクセス開始を発表しました。このアップデートは、特にコーディング能力、とりわけインタラクティブなWebアプリケーション開発とフロントエンド/UI開発において、目覚ましい進化を遂げています。
引用元記事
- タイトル: Build rich, interactive web apps with an updated Gemini 2.5 Pro
- 発行元: Google
- 発行日: 2025年5月6日
- URL: https://blog.google/products/gemini/gemini-2-5-pro-updates/?utm_source=deepmind.google&utm_medium=referral&utm_campaign=gdm&utm_content=
- タイトル: Gemini 2.5 Pro Preview: even better coding performance
- 発行元: Google Developers Blog
- 発行日: 2025年5月6日
- URL: https://developers.googleblog.com/en/gemini-2-5-pro-io-improved-coding-performance/
要点
今回発表されたGemini 2.5 Pro (I/O Edition)は、従来のGemini 2.5 Proを大幅に強化し、開発者にとってより強力なツールとなることを目指しています。主な強化点は以下の通りです。
- コーディング能力の飛躍的向上: 特に、魅力的でインタラクティブなWebアプリケーションの構築能力が大幅に向上しました。フロントエンド開発やUI開発において、より高品質なコード生成が期待できます。
- WebDev Arena Leaderboardで首位獲得: Webアプリ開発能力を測る同ベンチマークにおいて、前バージョンから+147 Eloポイントという大幅なスコアアップを達成し、トップの評価を得ています。これは、美的感覚と機能性を両立したWebアプリ構築能力の高さを示しています。
- 広範なコーディングタスクへの対応力強化: UI中心の開発に留まらず、コード変換、コード編集、複雑なエージェントワークフローの開発といった、より広範なコーディングタスクにおいても改善が見られます。
- 最先端の動画理解能力: ネイティブなマルチモーダル能力を基盤とし、VideoMMEベンチマークで84.8%という高いスコアを記録。動画コンテンツからの情報抽出や、動画に基づいたアプリケーション生成といった新たなユースケースを拓きます。
- 開発者フィードバックへの対応: ファンクションコーリングのエラー削減やトリガー率の改善など、開発者からの具体的なフィードバックに応える改善が施されています。
- 早期アクセスと提供体制: Google I/Oでの正式発表を前に、Google AI StudioおよびVertex AI経由のGemini API、そしてGeminiアプリを通じて早期アクセスが開始されました。既存のGemini 2.5 Proユーザーは追加作業なしで最新バージョンを利用でき、価格も据え置きです。
詳細解説
1. コーディング能力の大幅な進化:インタラクティブWebアプリ開発の新次元へ
今回のアップデートで最も注目すべきは、コーディング能力、特にインタラクティブなWebアプリケーション開発における性能向上です。Gemini 2.5 Pro (I/O Edition)は、単に構文的に正しいコードを生成するだけでなく、美的感覚に優れ、かつ機能的なWebアプリを構築する能力において大きな飛躍を遂げました。
この進化を客観的に示すのが、WebDev Arena Leaderboardでの首位獲得です。このリーダーボードは、生成されたWebアプリの見た目の美しさや機能性に対する人間の好みを測定するもので、+147 Eloポイントというスコア向上は、モデルがユーザーエクスペリエンス (UX)やデザインの原則をより深く理解し始めていることを示唆しています。
※Eloレーティング (Elo points): 元々はチェスなどの二人対戦ゲームでプレイヤーの相対的な強さを示すために開発された評価システムです。このシステムでは、勝敗に基づいてポイントが変動し、より強い相手に勝つと多くのポイントが得られます。WebDev Arenaでは、モデル同士の生成結果を比較評価することで、Eloレーティングを算出しています。
※UX (ユーザーエクスペリエンス): ある製品やサービスを利用することによってユーザーが得られる体験や満足度のこと。使いやすさ、分かりやすさ、感動などが含まれます。
これにより、プロトタイピングの高速化はもちろん、より洗練されたUI/UXを持つアプリケーションの初期開発をAIに任せることが期待できます。
2. UI開発を超えた広範なコーディング支援
Gemini 2.5 Pro (I/O Edition)のコーディング能力向上は、UI開発だけに留まりません。
- コード変換: あるプログラミング言語で書かれたコードを別の言語に変換したり、古いフレームワークから新しいフレームワークへ移行したりする作業の効率化が期待できます。
- コード編集: 既存のコードベースに対するリファクタリング、バグ修正、機能追加などのタスクにおいて、より的確な提案や自動編集が可能になります。Cognitionの創設チームメンバーであるSilas Alberti氏は、「より大規模なリファクタリングを含む評価を解決したのは初めてのモデルであり、適切な判断を下し、優れた抽象化を選択できる点で、よりシニアな開発者のように感じた」と評価しています。
- 複雑なエージェントワークフローの開発: 複数のステップやツール連携を伴う複雑なタスクを自動化する「AIエージェント」の開発において、そのロジック構築やAPI連携部分のコーディング支援が強化されます。CursorのCEOであるMichael Truell氏は、「ツール呼び出しの失敗が大幅に減少した」とコメントしており、実用性の向上を示しています
- エージェントワークフロー (Agentic Workflows): AIモデルが自律的にタスクを計画し、複数のステップを実行して目標を達成する一連の処理や仕組みのことです。例えば、ユーザーの指示に基づいて情報を収集し、分析し、レポートを作成するといった複雑なタスクを、AIが自ら判断しながら進めていくような流れを指します。Gemini 2.5 Proの進化は、このような高度なエージェントの構築を容易にします。
3. 業界からの評価
- Replit プレジデント Michele Catasta氏: 「Gemini 2.5 Proは、『能力対レイテンシ』の比率において最高のフロンティアモデルである。」
- Cursor CEO Michael Truell氏: 「最新のGemini 2.5 Proは、既に強力な実世界のコーディング能力をさらに強化しています。内部での観察では、新モデルはツール呼び出しの失敗が大幅に減少し、この改善によりユーザーは2.5 Proを以前よりもさらに効果的に使えるようになると確信しています。」
- Cognition 創設チームメンバー Silas Alberti氏: 「アップデートされたGemini 2.5 Proは、ジュニア開発者レベルの評価でトップの性能を達成しました。リクエストルーティングバックエンドの大規模なリファクタリングを含む我々の評価の一つを解決した最初のモデルでした。正しい判断を下し、優れた抽象化を選択できたため、よりシニアな開発者のように感じました。」
4. 具体的な活用事例と可能性
Gemini 2.5 Proの深いコード理解と強力な推論能力は、開発者にとって頼りになるモデルであり続けます。
- 動画からコードへ (Video to Code):VideoMMEベンチマークで84.8%という最先端の動画理解能力とコーディング能力を組み合わせることで、新たなフローが実現可能です。Google AI Studioの「Video to Learning App」デモでは、単一のYouTube動画に基づいてインタラクティブな学習アプリを生成する様子が示されています。
- VideoMMEベンチマーク (Video MultiModal Evaluation): 動画のマルチモーダル理解能力を評価するためのベンチマークです。動画内の視覚情報、音声情報、テキスト情報(字幕など)を統合的に理解し、様々なタスク(例:質問応答、キャプション生成)をこなす能力を測定します。84.8%というスコアは、非常に高い動画理解能力を示しています。
- 機能開発の効率化 (Easier Feature Development): フロントエンドWeb開発における強みを活かし、新機能の実装を効率化します。例えば、IDE (統合開発環境)内でGemini 2.5 Proを使用し、「Gemini 95スターターアプリ」内の他のアプリのスタイルに合わせたビデオプレーヤーを追加するといったタスクをモデルが支援します。
- IDE (Integrated Development Environment): ソフトウェア開発に必要なツール(コードエディタ、コンパイラ、デバッガなど)を一つにまとめた開発環境のこと。開発効率を向上させます。
- アイデアから実用的なアプリケーションへ (Quick concepts to working apps): 機能性と美しいUIを両立させたアイデアの具現化が容易になります。アップデートされたモデルを使用して構築された新しい「dictation starter app」は、波形アニメーション、レスポンシブデザイン、ボタンのホバーエフェクトといった細部までこだわったUIが特徴です。
5. 強固な基盤:ネイティブマルチモーダルと長文コンテキスト
Gemini 2.5 Proは、元々ネイティブなマルチモーダル能力(テキスト、画像、音声、動画などを同時に理解・処理)と長文コンテキスト処理に強みを持つモデルです。これらの基盤は今回のアップデートでも維持・強化されており、特に動画理解能力の高さが注目されます。
※長文コンテキスト (Long context): AIモデルが一度に処理できる情報量(テキストの長さなど)が多いことを指します。コンテキストが長いほど、より複雑な指示を理解したり、長い会話の流れを記憶したり、大規模な文書に基づいて応答したりする能力が向上します。コーディングにおいては、大規模なコードベース全体を理解した上での編集や、詳細な仕様書に基づいたコード生成などが期待できます。
6. 開発者にとっての重要な改善点と提供体制
- ファンクションコーリングの精度向上: 開発者からのフィードバックに基づき、ファンクションコーリングにおけるエラーの削減とトリガー率の向上が図られています。これにより、外部ツールやAPIとの連携がよりスムーズかつ確実になります。
- ファンクションコーリング (Function Calling): 大規模言語モデルが、あらかじめ定義された外部の関数(特定の機能を持つプログラム)やAPIを呼び出す機能のことです。これにより、モデルは外部のデータソースにアクセスしたり、特定の計算を実行したり、他のシステムと連携したりできます。
- 利用プラットフォーム: Google AI StudioのGemini APIを通じて利用可能です。エンタープライズ顧客はVertex AI経由でも利用できます。また、GeminiアプリのユーザーもCanvasのような機能を通じてこのモデルの恩恵を受けることができます。
- 既存ユーザーへの影響と価格: 既にGemini 2.5 Proを利用している開発者は、追加のアクションなしでこの改善されたモデルを利用できます。価格も据え置きです。モデルカードも新バージョンに合わせて更新されています。
- モデルカード (Model Card): 機械学習モデルの特性、性能、限界、倫理的配慮、使用上の注意点などをまとめた文書のことです。モデルの透明性を高め、開発者が責任を持ってモデルを利用するための重要な情報を提供します。Gemini 2.5 Proのモデルカードも最新情報に更新されています。
まとめ
Gemini 2.5 Pro Preview (I/O Edition)は、特にコーディング支援、とりわけインタラクティブなWebアプリケーション開発とフロントエンド開発において、AIの可能性を大きく広げるアップデートです。WebDev Arenaでの首位獲得や、動画理解、エージェントワークフロー構築能力の向上は、開発プロセスを根本から変革する可能性を秘めています。
ファンクションコーリングの改善や既存ユーザーへのシームレスなアップデート提供など、開発者フレンドリーな点も魅力です。開発者は、Google AI StudioやVertex AIを通じて、この最新モデルの力をいち早く体験し、自身のプロジェクトにどのように活用できるかを探求することが推奨されます。「プロンプト一つでインタラクティブなWebアプリを構築する」という未来が、より現実味を帯びてきました。
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