[ニュース解説]生成AIに出版社はどう向き合うか ― 作家たちの公開書簡が問う「創作の未来」

目次

はじめに

 本稿では、生成AI技術が急速に発展する中で、米国の作家たちが自らの権利と創作活動の未来を守るために声を上げた動きについて、米NPRが2025年6月28日に報じた「Authors petition publishers to curtail their use of AI」という記事をもとに解説します。

引用元記事

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要点

  • 70名以上の米国の作家が、生成AIの利用を制限するよう大手出版社に公開書簡を発表した。
  • 書簡の要求は、AIが生成した書籍を出版しないこと、著作権者の同意や補償なしにAIの学習データとして著作物を利用しないこと、人間の従業員をAIに置き換えないことなど、多岐にわたる。
  • これまで作家たちの対抗策はAI開発企業への訴訟が中心であったが、今回は出版社へ直接働きかける形を取っている。
  • 背景には、AIが著作物を学習することが「フェアユース(公正な利用)」にあたるとする司法判断への強い危機感がある。
  • 問題は著作権侵害だけでなく、AIによる模倣本の流通や、AI音声ナレーションによる人間の仕事の代替といった「存亡の危機」にまで及んでいる。

詳細解説

作家たちの直接行動:なぜ今、出版社へ?

 2025年6月、デニス・ルヘインやローレン・グロフといった70名以上の著名な作家たちが、文学系ウェブサイト「Lit Hub」上で、「機械によって作られた本を出版しない」ことを誓約するよう求める公開書簡を発表しました。この書簡は、ペンギン・ランダムハウスやハーパーコリンズなど、米国の「ビッグ5」と呼ばれる大手出版社および米国内の全出版社に宛てられたもので、発表から24時間足らずで1,100人以上の署名を集め、大きな反響を呼んでいます。

 これまで作家たちの多くは、自分たちの作品が許可なくAIの学習データに使われたとして、AI開発企業を相手取った訴訟を中心に戦ってきました。しかし、今回の動きは、その矛先をビジネスパートナーである出版社に直接向けた点で大きな転換点と言えます。なぜ彼らは、出版社への働きかけに踏み切ったのでしょうか。

 その背景を理解するためには、まず「生成AIと著作権」の問題について知る必要があります。生成AI、特に文章を作り出す大規模言語モデル(LLM)は、インターネット上にある膨大な量のテキストデータを「学習」することで、人間のような自然な文章を生成する能力を獲得します。この学習データには、著作権で保護されている書籍や記事が大量に含まれているのが現状です。作家たちは、これが明確な著作権侵害であると主張しています。

司法の壁と「フェアユース」という論点

 作家たちをさらに追い詰めているのが、司法の動向です。記事が報じる直前、AI企業を相手取った著作権侵害訴訟で、AI企業側に有利な判決が下されました。これは、AIが著作物を学習データとして利用することが、米国著作権法における「フェアユース(公正な利用)」の原則に該当する可能性があると示唆するものでした。

 フェアユースとは、著作権者の許可を得なくても、特定の条件下(批評、報道、研究など)であれば著作物を利用できるという考え方です。AI企業側は「AIの学習は、新たな創造物を生み出すための変革的な利用であり、フェアユースに当たる」と主張しています。もしこの主張が司法で広く認められれば、作家たちはAIによる著作物の無断利用を法的に止められなくなるかもしれません。

 この状況を受け、作家たちは「最後の防衛線」として出版社に目を向けました。AI企業を法的に縛ることが難しいのであれば、書籍を世に送り出す出版社にこそ、人間の創造性を守るための防波堤としての役割を担ってほしい、という切実な願いがこの公開書簡には込められているのです。

書簡が求める具体的な要求

 公開書簡では、出版社に対して以下の具体的な行動を求めています。

  1. AIによって生成された書籍を出版しないこと。
  2. 作家の同意や適切な補償なしに、著作物をAIツールの学習データとして利用しないこと。
  3. 編集者や校正者など、出版社の従業員をAIツールで全面的または部分的に置き換えないこと。
  4. オーディオブックのナレーターには、必ず人間を起用すること。

 これらの要求は、作家個人の権利保護にとどまらず、編集者、翻訳者、ナレーターといった、出版業界全体で働く人々の雇用と職能を守るという強い意志を示しています。

著作権だけではない「存亡の危機」

 作家たちが直面している脅威は、学習データとしての無断利用だけではありません。記事では、これを「存亡の危機(existential threat)」と表現し、より深刻な問題を指摘しています。

  • AIによる模倣本の氾濫: 実在する作家の名前を無断で使用し、その作風を模倣したAI生成の本が、Amazonなどのプラットフォームで販売されるケースが急増しています。これは作家の評判を傷つけ、読者を混乱させる深刻な問題です。
  • AI音声による仕事の喪失: 大手オーディオブック配信サービスであるAudibleは、AIによるナレーションや翻訳を拡大する方針を発表しています。多くの作家にとって、自身の著書を朗読することは重要な収入源の一つです。また、これはプロの声優や翻訳者の仕事を直接的に奪う脅威でもあります。Audible社は「より多くの物語を、より多くの人々に届けるため」とAI利用の意義を語りますが、人間の作り手から見れば、その代償はあまりにも大きいと言えるでしょう。

出版社の反応と今後の展望

 NPRの取材に対し、大手5社のうち回答があったのはサイモン&シュスター社のみでした。同社は「これらの懸念を真摯に受け止め、著者の知的財産権を保護するために積極的に取り組んでいる」とコメントしています。

 作家側も、近年の出版契約にはAI学習に著作物を利用させないための「オプトアウト条項」が盛り込まれるようになるなど、出版社の取り組みを一部評価しています。しかし、それだけでは不十分だと作家たちは考えています。最大の懸念は、出版社自身がAIを使い、自社の作家たちと競合するような書籍を大量に生み出す未来が訪れることへの恐怖です。

まとめ

 本稿で紹介した、米国の作家たちによる出版社への公開書簡は、生成AIとクリエイターの関係性を考える上で、極めて重要な出来事です。これは単なるテクノロジーに対する反発や、著作権という法律論争にとどまりません。「創作とは何か」「芸術の価値はどこにあるのか」そして「人間の仕事は機械にどこまで代替されうるのか」という、私たちの社会の根幹に関わる問いを突きつけています。

 テクノロジーの進化がもたらす恩恵と、それが奪いかねない人間の創造性や尊厳。この両者の間で、私たちはどのような未来を築いていくべきなのか。

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