はじめに
欧州議会が2025年11月25日、人工知能(AI)が金融セクターに与える影響に関する決議を採択しました。本稿では、Regulation Tomorrowが11月27日に報じた内容をもとに、この決議の背景、主要な勧告内容、そして金融機関や規制当局への実務的な影響について解説します。
参考記事
- タイトル: European Parliament adopts a resolution on the impact of AI on the financial sector
- 著者: Simon Lovegrove
- 発行元: Regulation Tomorrow
- 発行日: 2025年11月27日
- URL: https://www.regulationtomorrow.com/france/european-parliament-adopts-a-resolution-on-the-impact-of-ai-on-the-financial-sector/
要点
- 欧州議会は2025年11月25日、AIが金融セクターに与える影響に関する決議を賛成426票、反対182票、棄権39票で採択した
- 決議はAIによるイノベーションと競争力強化の可能性を認めつつ、データプライバシー、消費者保護、金融安定性などのリスクとのバランスを重視している
- 欧州委員会と監督当局に対し、AI法の実施における不整合の特定・解消、既存金融規制の明確化、規制の重複回避などを求めている
- AI活用においては技術中立的な規制枠組み、比例原則に基づくコンプライアンス、イノベーション促進のための参入障壁除去が強調されている
- 監督当局自身もAIを活用した監督技術(SupTech)の強化が奨励されている
詳細解説
決議採択の背景と基本的立場
欧州議会による今回の決議は、金融サービスにおけるAI導入の現状を踏まえたものです。決議では、AIが金融セクターのイノベーションと競争力を高める可能性を認める一方で、金融システム全体に対するリスクと課題のバランスを取ることの重要性が強調されています。
具体的なリスクとして、決議はデータプライバシー、消費者保護、金融安定性といった予測可能なリスクに加え、モデルのハルシネーション(誤った出力)やサイバーセキュリティの脆弱性など、測定が困難な追加的リスクも指摘しています。ハルシネーションとは、AIモデルが事実と異なる情報を生成してしまう現象を指し、金融分野では誤った投資判断や不正確な顧客対応につながる可能性があると考えられます。
また、決議は金融サービスにおけるAI利用の増加が監督当局にもたらす課題を強調し、欧州監督機構(ESAs)と各国監督当局(NSAs)がこの変化に適応する必要性を指摘しています。重要なのは、コンプライアンスへの比例的なアプローチを提供し、イノベーションを阻害しないこと、そしてイノベーションの恩恵が主にエンドユーザーと消費者に及ぶべきであるという点です。
規制環境の課題認識
決議は、AI利用の増加がもたらす規制上の課題として、法的不確実性、単一市場の分断、規制の重複といった問題を挙げています。これらは、EU域内で統一的なAI活用環境を整備する上での障害となり得ます。
欧州では既にAI法(AI Act)が施行されており、金融セクターに適用される既存の規制も多数存在します。こうした状況下で、各加盟国が独自の解釈や追加規制を導入すると、企業にとっては複数の異なる規制への対応が必要となり、クロスボーダーでのサービス展開が困難になる可能性があります。
主要な勧告内容
決議には、金融サービスにおける責任あるAI利用を確保するための具体的な勧告が含まれています。
デジタルオペレーショナルレジリエンス法(DORA)の適用検討
欧州委員会とESAsに対し、AI法に規定されている出口戦略と移行条項をAIモデルに適用する実現可能性の評価を求めています。これは、第三国のサードパーティープロバイダーへのAIサービス依存度が高いことによる集中リスクや群集行動を軽減するためです。DORAは金融機関のITシステムの運用強靭性を確保するための規制であり、AIモデルへの依存についても同様の考え方が適用できるかを検討する必要があるとされています。
AI法実施における不整合の特定と解消
欧州委員会と加盟国の国内監督当局(NCAs)に対し、今後のDigital Omnibusパッケージの一環として、AI法の実施における不整合を特定し解消するよう求めています。これは、各国がAI法を独自に解釈・実施することで生じる可能性のある規制の齟齬を防ぐためと考えられます。
国際協調の強化
欧州委員会とESAsに対し、国際パートナーとのグローバルな協力を強化し、規制アプローチの整合性を確保し分断を回避することを求めています。同時に、データ保護とAI利用のメリットとの適切なバランスを確保することも重視されています。金融サービスがグローバルに展開される中で、地域ごとに異なる規制が存在すると、企業の負担増加や市場の非効率につながる可能性があります。
欧州ベンチャーキャピタル環境の活性化
貯蓄投資同盟(SIU)の一環として、欧州のベンチャーキャピタルシーンを活性化する野心的な提案を求めています。これは、AI関連のイノベーションを促進するための資金供給環境を整備する狙いと思います。
明確で実用的なガイダンスの提供
欧州委員会に対し、ESAs、NSAs、ステークホルダーとの協議を経て、倫理的、責任ある、透明性のある方法でAIを利用できるよう、既存の金融サービス法規の適用に関する明確で実用的なガイダンスを提供するよう求めています。また、規制枠組みが要件の重複を避け、企業に過度な負担をかけないよう、画一的なアプローチに注意を促しています。
AI活用ツールの探求
欧州委員会に対し、貯蓄投資同盟(SIU)の目標達成に貢献する金融市場でのAI駆動ツールの活用方法を探求するよう求めています。具体的には、仲介、ポートフォリオ管理、コンプライアンスの自動化などが挙げられており、これらを通じて個人投資家が情報に基づいた意思決定を行い、金融教育を強化し、イノベーションを促進し、市場の分断を減らすことが期待されています。決議は、これらの目標を達成するために技術中立的な規制枠組みの必要性を強調しています。
継続的なモニタリング
AI展開後の継続的なモニタリングの必要性を指摘し、現在の枠組みに複雑さを加えることなく、AI展開に適用される現行法規の重複や欠陥を判断することを求めています。
ゴールドプレーティングの回避
欧州委員会と加盟国の調整を強く促し、関連法規のゴールドプレーティング(EU指令に対する各国の過剰な上乗せ規制)を避け、クロスボーダー市場での新たな障壁の創出を防ぐよう求めています。ゴールドプレーティングは、企業が複数の加盟国で事業を展開する際の規制コストを増加させる要因となります。
参入障壁の除去
欧州委員会と加盟国に対し、AI駆動の革新的な金融事業者に対するEU域内での参入障壁を除去するよう求めています。これには、ライセンス要件の合理化、クロスボーダーでのスケールアップ、監督イノベーションハブへの参加が含まれます。
AI法要件の明確化
金融機関がAIリテラシー要件に準拠するためのAI法の要件に関する明確化を求めています。また、特にデジタル能力の低い層に対して、AIツールとサービスへの平等なアクセスを促進することの重要性が強調されています。これは、金融包摂の観点からも重要な視点と言えます。
規制サンドボックスとイノベーションハブの評価
欧州委員会、ESAs、NSAsに対し、AI駆動の金融イノベーションを可能にするため、AI特化型の規制サンドボックス、イノベーションハブ、クロスボーダーテスト環境の付加価値を評価するよう求めています。規制サンドボックスは、新しい技術やビジネスモデルを限定的な環境下で試験的に運用できる仕組みであり、イノベーションを促進しながらリスクを管理する手法として近年注目されています。
監督技術(SupTech)の強化
ESAsとNSAsに対し、AIの活用を通じた監督ツールと技術(SupTech)を強化し、日常的な監督活動に統合することを奨励しています。これは、監督当局自身もAI技術を活用して効率的かつ効果的な監督を実現すべきという考え方を示しています。
決議の採択と今後の展開
この決議は本会議で賛成426票、反対182票、棄権39票で採択されました。欧州議会は議長に対し、この決議を理事会、欧州委員会、加盟国の政府と議会に転送するよう指示しています。
決議自体は法的拘束力を持つものではありませんが、欧州議会の公式な立場表明として、今後の立法プロセスや政策形成に影響を与える可能性があります。特に、欧州委員会が今後のDigital Omnibusパッケージや関連ガイダンスを策定する際に、これらの勧告が考慮されると考えられます。
まとめ
欧州議会の決議は、金融セクターにおけるAI活用の促進と、それに伴うリスク管理のバランスを模索する欧州の姿勢を示すものです。イノベーションの恩恵を最大化しつつ、消費者保護や金融安定性を確保するという複雑な課題に対し、明確なガイダンス、規制の重複回避、国際協調といった実務的なアプローチが提示されています。今後、欧州委員会や監督当局がこれらの勧告をどのように具体化していくかが注目されます。
