はじめに
近年、私たちの仕事や生活に急速に浸透しているAI(人工知能)。その利便性の裏側で、AIの稼働が環境にどれほどの負荷を与えているのか、という懸念が高まっています。これまで、その具体的な数値はあまり明らかにされてきませんでした。
本稿ではGoogleが自社のAIモデル「Gemini」の利用に伴う環境負荷について発表した内容を解説します。
参考記事
- タイトル: What’s the environmental cost of an AI text prompt? Google says it has an answer.
- 発行元: CBS News
- 発行日: 2025年8月21日
- URL: https://www.cbsnews.com/news/ai-environment-impact-study-energy-usage-google-gemini-prompt/
要点
- Googleは、AIモデル「Gemini」のテキストプロンプト1回あたりの環境負荷(エネルギー消費、水消費、炭素排出量)を測定する新しい方法論と具体的な数値を発表した。
- Geminiへのテキストでの質問1回あたりのエネルギー消費量は0.24ワット時(Wh)、二酸化炭素排出量は0.03グラム(gCO2e)、水消費量は0.26ミリリットル(ml)である。
- このエネルギー消費量は、テレビを約9秒間視聴するエネルギー量に相当する。
- Googleは、過去12ヶ月間でGeminiのエネルギー効率を大幅に改善し、エネルギー消費量を33分の1、炭素フットプリントを44分の1に削減したと報告している。
- この発表は、これまで明確な基準がなかったAIの環境負荷に関する透明性を高め、業界標準を確立することを目指す重要な一歩である。
詳細解説
高まるAIの環境負荷への懸念
AIは、ゴールドマン・サックスの試算によれば、今後10年間で世界のGDPを7%(約7兆ドル)押し上げる可能性があるとされ、経済成長の大きな原動力として期待されています。
しかしその一方で、AIの運用には巨大な計算能力を持つデータセンターが不可欠です。このデータセンターは、サーバーを稼働させるために膨大な電力を消費し、さらにサーバーから発生する熱を冷却するために大量の水を必要とします。一部の新しいデータセンターは、8万から80万世帯分に相当する電力を要するとも言われています。
現在、企業に対してAIツールのエネルギーや水の使用量開示を義務付ける規制はなく、その環境負荷の全体像は完全には解明されていませんでした。このような状況の中、AIの利用拡大に伴う環境への影響を懸念する声が科学者たちから上がっていました。
Googleが公開した具体的な数値とその意味
今回Googleは、AIの環境負荷を理解し、軽減する必要性が高まっているとして、自社のAI「Gemini」に関する具体的なデータを公開しました。
- エネルギー消費量: 0.24 Wh
- これは、私たちがテレビを約9秒間見るのと同じくらいのエネルギーです。一つ一つの操作は小さくても、世界中で何億回と繰り返されれば、その総量は非常に大きくなります。
- 水消費量: 0.26 ml
- これは約5滴の水に相当します。主にデータセンターの冷却に使われる水です。ちなみに、OpenAI社のサム・アルトマンCEOは、ChatGPTへの平均的な質問で「小さじ15分の1程度の水」を消費すると述べており、企業によって消費量に違いがあることがわかります。
- CO2排出量: 0.03 gCO2e
- これは、エネルギー消費に伴って排出される二酸化炭素の量を示します。
これらの数値は、AIの「推論(Inference)」と呼ばれるプロセスで消費されるものです。AIには、膨大なデータからモデルを構築する「学習(Training)」段階と、そのモデルを使ってユーザーからの質問に答えたり、文章を生成したりする「推論」段階があります。今回の発表は、私たちが日常的にAIを利用する際の、後者の「推論」にかかるコストを示したものです。
技術改善による負荷軽減への取り組み
Googleは、環境負荷のデータを公開すると同時に、その削減に向けた取り組みの成果も報告しています。
報告によると、直近の1年間で、Geminiのテキストプロンプト1回あたりのエネルギー消費量は33分の1に、そして炭素フットプリント(CO2排出量)は44分の1にまで減少したとのことです。これは、AIの処理効率を改善する技術開発が、環境負荷の低減に直接的に貢献することを示しています。
情報公開の意義と今後の課題
これまでAIの環境負荷については、大学や研究機関による推定が主で、開発企業自身が具体的な数値を公表することは稀でした。
Googleが今回、測定方法論と共にデータを公開したことは、AIの環境負荷に関する透明性を高める上で非常に重要な一歩と言えます。これにより、業界全体で環境負荷を測定し、比較するための共通の基準が生まれる可能性があります。
しかし、前述の通り、まだ情報公開を義務付ける規制はありません。今後、AI技術がさらに社会に不可欠なものとなる中で、その持続可能性を確保するためのルール作りが重要な課題となるでしょう。
まとめ
本稿では、Googleが発表したAI「Gemini」の環境負荷に関するデータについて解説しました。AIへの質問1回という小さな操作にも、明確な環境コストが存在することが具体的な数値で示されました。
この発表は、AIの利便性の裏にある環境への影響を「見える化」し、業界全体で持続可能なAI開発を目指すための重要な転換点となるかもしれません。私たちユーザーも、こうした事実を認識した上で、テクノロジーと向き合っていくことが求められます。今後のAI技術の効率化と、さらなる情報の透明性向上に期待が集まります。



