はじめに
本稿では、IBMが発行した記事「Resiliency posture puts enterprises in the driver’s seat ahead of the AI app boom」をもとに、急速に進化するAI技術、特に生成AIがもたらすアプリケーション開発のブームと、それに伴い企業が直面するであろうリスク、そしてその対策としてのアプリケーション・レジリエンシー(回復力)の重要性について解説します。
引用元記事
- タイトル: Resiliency posture puts enterprises in the driver’s seat ahead of the AI app boom
- 発行元: IBM
- 発行日: 2025年5月27日
- URL: https://www.ibm.com/think/insights/generative-ai-application-resilience
要点
- 生成AIの進化により、今後3年間で10億もの新規アプリケーションが創出される可能性がある。
- アプリケーション開発の加速と導入の増加は、システム障害発生時のリスク増大を意味する。
- 予期せぬ中断や障害から迅速に回復し、業務への影響を最小限に抑えるアプリケーションのレジリエンシー(回復力)が極めて重要である。
- アプリケーションのレジリエンシーを評価する鍵は、非機能要件(NFRs)にあり、特に6つの柱(保守性、可観測性、回復性、可用性、ユーザビリティ、スケーラビリティ)が重要である。
- 多くの企業では、自社のアプリケーションのレジリエンシー状況を十分に把握できていないという課題がある。
- AIを活用したソリューションは、レジリエンシーのリアルタイム評価、問題点の特定、さらには脆弱性の修正自動化に貢献し、ダウンタイムの削減を可能にする。
詳細解説
生成AIが加速するアプリケーション開発の未来
近年、生成AIの技術は目覚ましい進歩を遂げており、アプリケーション開発のあり方を根本から変えようとしています。IBMの記事によれば、AIによるコード生成や、従来時間のかかっていたテストケース作成の自動化などにより、開発プロセスは大幅に効率化されます。これにより、今後3年間で10億もの新しいアプリケーションが生み出されると予測されています。AI搭載ツールや開発環境は、開発者が定型的な作業から解放され、より革新的な業務に集中することを可能にします。
しかし、この未来予測の裏には注意すべき点があります。企業が日常業務に新しいアプリケーションを組み込むほど、何らかの不具合が発生した場合のリスクは増大します。ここで重要になるのが、アプリケーションのレジリエンシー、つまり障害からの回復力です。
アプリケーション・レジリエンシーとは何か?
ソフトウェア開発におけるレジリエントなアプリケーションとは、予期せぬ中断や障害が発生した際に、迅速に回復し、生産性への影響をほとんど、あるいは全く与えないアプリケーションのことを指します。では、企業は自社のアプリケーションがレジリエントであるかどうかをどのように評価できるのでしょうか?
その答えは、非機能要件(Non-Functional Requirements, NFRs)にあります。機能要件が「システムが何をしなければならないか」を定義するのに対し、非機能要件は「システムがどのように動作すべきか」、つまりシステムの性能や能力に関する基準を定めます。アプリケーションのレジリエンシーを評価する上で、特に重要な非機能要件として、以下の6つの柱が挙げられます。
レジリエンシーの6つの柱
- 保守性 (Maintainability):
アプリケーションに変更を加えて保守作業を行うことの容易さです。モジュール化された設計(機能を部品のように分割して開発・管理しやすくする手法)、自動テスト、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー:開発からデプロイまでを自動化する仕組み)、バージョン管理、定期的なリファクタリング(コードの内部構造を改善すること)といった戦略により、保守性を向上させることができます。 - 可観測性 (Observability):
アプリケーションの外部出力に基づいて、その内部状態をどれだけよく評価できるか、ということです。包括的なロギング(システム動作の記録)、分散トレーシング(複数のサービスにまたがるリクエストの流れを追跡する技術)、監視ツールの使用といったアプローチを通じて、アプリケーションの可観測性を高めることができます。これにより、問題発生時に原因を特定しやすくなります。 - 回復性 (Recoverability):
アプリケーションを完全な運用状態にどれだけ迅速かつ容易に戻せるか、ということです。定期的なデータバックアップ、システムの冗長化(障害に備えて予備システムを用意すること)、テストおよびリストアプロセスの確立といった戦略により、高い回復性を実現できます。 - 可用性 (Availability):
アプリケーションやその他のシステムが、特定の期間(例えば1年のうちの割合)において、運用可能で利用できる時間の割合です。ロードバランシング(複数のサーバーに処理を分散させる技術)、定期的なメンテナンス、フェイルオーバー(主要システム障害時に予備システムへ処理を引き継ぐこと)といった戦略が、アプリケーションの高い可用性を達成するのに役立ちます。
記事では、「ファイブナイン」(99.999%の可用性)を謳うクラウドアプリケーションでも、ネットワークの不具合で使用不能になった事例が紹介されています。これは、可用性だけでは不十分で、他の要素(この場合はユーザビリティ)も重要であることを示しています。 - ユーザビリティ (Usability):
アプリケーションがどれだけユーザーフレンドリーで直感的であるか、ということです。ユーザー中心の設計アプローチにより、インターフェースがシンプルで一貫性があり、アクセシブル(誰にとっても使いやすい)であることを保証することで、アプリケーションのユーザビリティを向上させることができます。 - スケーラビリティ (Scalability):
アプリケーションが増加する作業負荷を効率的に処理できる能力です。一般的なスケーラビリティ向上の戦略には、水平スケーリング(サーバー台数を増やす)、垂直スケーリング(サーバーの性能を上げる)、キャッシング(頻繁にアクセスされるデータを一時的に保存する技術)、ロードバランシング、そしてマイクロサービス(小さな独立したサービス群としてアプリケーションを構築するアーキテクチャ)の利用などがあります。
現状の課題とAIによる解決策
これらの重要な非機能要件を理解することは戦いの半分に過ぎず、NFRsを追跡するための手段を導入することがもう半分である、と記事は指摘しています。
現状、多くの企業はレジリエンシーの状況を十分に把握できていません。可視性がないか、あっても部分的なものに留まっています。前述の可用性の例のように、単一の指標だけを見ていても、ユーザー体験全体の問題を見逃す可能性があります。
ここでもAIが解決策となり得ます。例えば、IBMのレジリエンシーソリューションである「IBM Concert®」は、AIを活用したリアルタイム分析を用いてアプリケーションを評価し、上記の6つのNFRsに関連する基準に基づいてレジリエンシースコアを提供します。さらに、問題に対処するための推奨事項を提示し、一般的な脆弱性(CVEs)の修正を自動化することで、より迅速な解決とダウンタイムの削減を実現できるとしています。
まとめ
生成AIによるアプリケーション開発のブームは、企業に大きなチャンスをもたらす一方で、新たなリスク管理の必要性も突きつけています。効果的なレジリエンシー体制を構築することは、企業が新しいアプリケーションを安心して導入し、その恩恵を最大限に享受するための鍵となります。
本稿で紹介した保守性、可観測性、回復性、可用性、ユーザビリティ、スケーラビリティという6つの柱を意識し、自社のアプリケーションの現状を評価し、改善していくことが重要です。そして、AIを活用したソリューションは、その取り組みを強力にサポートしてくれるでしょう。