[ニュース解説]イーロン・マスク氏のAI「Grok」米政府利用拡大:利益相反とプライバシーへの警鐘

目次

はじめに

 本稿では、ロイター通信が2025年5月23日に報じた「Exclusive: Musk’s DOGE expanding his Grok AI in US government, raising conflict concerns」という記事をもとに、イーロン・マスク氏が率いるチームによるAIチャットボット「Grok」の米国連邦政府内での利用拡大と、それに伴う利益相反プライバシー侵害といった深刻な懸念について解説します。

引用元記事

要点

  • イーロン・マスク氏が率いる「政府効率化省(DOGE)」チームが、データ分析を目的として、同氏のAI企業xAIが開発したチャットボット「Grok」の米国連邦政府内での利用を拡大している。
  • この動きに対し、専門家からは、利益相反法の潜在的違反、数百万人の米国市民の機密情報漏洩リスク、マスク氏の民間企業であるxAIへの不当な競争上の優位性供与といった複数の懸念が指摘されている。
  • 報道によれば、DOGEチームは国土安全保障省(DHS)の職員に対し、省内で未承認のGrokの使用を指示したとされる。
  • Grokの利用は、トランプ大統領(当時)による官僚制度改革の中で、長年確立されてきた機密データの取り扱いに関する保護措置が軽視される可能性を示唆するものである。
  • さらに、DOGEチームがAIを利用して、トランプ氏の政治的アジェンダに「忠実でない」職員を特定しようとしているとの疑惑も浮上している。

詳細解説

背景:DOGEとは何か?

 まず、「DOGE」について説明します。DOGEとは「Department of Government Efficiency」の略称で、日本語では「政府効率化省」あるいは「政府効率化チーム」などと訳されます。これは、実業家のイーロン・マスク氏が、ドナルド・トランプ大統領(当時)の政権下で、政府機関の無駄を削減し、効率性を向上させることを目的として主導しているチームや構想を指します。

 ロイター通信の記事によると、このDOGEチームは、連邦職員の解雇、機密性の高いデータシステムへのアクセス権の掌握、そして「無駄、不正、乱用との戦い」という名目で省庁の解体や再編を試みるなど、広範かつ強力な権限を行使しているとされています。

Grokとは何か? なぜ問題視されるのか?

 次に「Grok」です。Grokは、イーロン・マスク氏が2023年に立ち上げたAI企業「xAI」によって開発された人工知能(AI)チャットボットです。OpenAIのChatGPTやGoogleのGeminiなどと同様の生成AIであり、ユーザーの質問に答えたり、文章を作成したりする能力を持ちます。特に、マスク氏が所有するソーシャルメディアプラットフォーム「X(旧Twitter)」のリアルタイム情報にアクセスできる点が特徴の一つとされています。

 記事によれば、DOGEチームは政府のデータをより効率的にふるい分け、分析し、レポートを作成するために、このGrokのカスタムバージョン(特定の目的に合わせて調整されたGrok)を利用している、または利用を推進しているとされています。

 このGrokの政府利用拡大には、主に以下の3つの大きな問題点が指摘されています。

問題点1:機密情報へのアクセスとプライバシー侵害のリスク

 DOGEチームは、その任務遂行のために、数百万人の米国市民の個人情報を含む、通常は厳重に保護されている連邦政府のデータベースにアクセスしていると報じられています。このような機密性の高いデータを、民間企業であるxAIが開発したGrok(たとえカスタムバージョンであっても)で分析することに対して、専門家は深刻な懸念を示しています。

 監視技術監視プロジェクト(Surveillance Technology Oversight Project)の事務局長であるアルバート・フォックス・カーン氏は、「DOGEが集めたデータの規模と、それをGrokのようなソフトウェアに取り込むことに関する数々の懸念を考えると、これは考えられる限り最も深刻なプライバシーの脅威の一つだ」と述べています。

 具体的なリスクとしては、以下のような点が挙げられます。

  • 政府の機密データが、Grokを通じて開発元である民間企業のxAIに漏洩する可能性。
  • このカスタムバージョンのGrokに誰がアクセス権を持っているのか、その管理体制が不明確であること。
  • データが売却されたり、紛失したり、外部に流出したりするリスク。

 通常、連邦政府内でのデータ共有には、関係省庁の承認や、プライバシー法、機密保持法などを遵守するための専門家の関与が不可欠です。しかし、DOGEの活動においては、これらの長年確立されてきた保護措置が軽視されているのではないかとの懸念が強まっています。

問題点2:利益相反の可能性

 イーロン・マスク氏は、Grokを開発したxAIの創設者であり、DOGEチームを率いる立場でもあります。つまり、自身の企業が開発した製品を、自身が影響力を持つ政府機関に導入しようとしている構図になります。これは、利益相反(Conflict of Interest)にあたるのではないかという重大な疑惑です。

 利益相反とは、公的な立場にある人物が、その職務上の決定を行う際に、自身の私的な利益(金銭的利益やキャリア上の利益など)を優先してしまう状況を指します。米国には、政府職員が自身や関係者に金銭的利益がもたらされる可能性のある事柄に公務として関与することを禁じる法律が存在します。

 元ジョージ・W・ブッシュ大統領政権で倫理顧問を務めたリチャード・ペインター教授(ミネソタ大学)は、もしマスク氏がGrokの使用に関する決定に直接関与していた場合、この利益相反法に違反する可能性があると指摘しています。同氏は、「これは、DOGEがマスク氏とxAIを富ませるためにソフトウェアの使用を各機関に圧力をかけているように見え、米国民の利益のためではない」と述べています。

 たとえマスク氏が直接指示していなかったとしても、DOGEの職員がマスク氏に取り入る目的でGrokの利用を推進していた場合、法的な訴追は難しくとも、倫理的には極めて問題であり、「自己取引(self-dealing)の外観を与える」とペインター氏はコメントしています。

問題点3:xAIへの不当な競争上の優位性

 政府機関でGrokが利用されるようになれば、xAIはAI市場において他の競合他社に対して不当な競争上の優位性を得ることになります。ペンシルベニア大学で連邦規制と倫理を専門とするケアリー・コグリアネーゼ氏は、「(xAIは)自社製品が連邦職員に使われるよう主張することに金銭的な利害関係がある」と指摘しています。

 具体的には、以下のような形で優位性が生じる可能性があります。

  • 政府機関との契約実績ができることで、今後の政府調達において有利になる。
  • 政府が保有する非公開の貴重なデータにアクセスし、それをGrokの訓練や改良に利用できる。これにより、Grokの性能が向上し、他のAIサービスに対する競争力が高まる。

国土安全保障省(DHS)での動き

 記事によれば、DOGEチームのスタッフは、国土安全保障省(DHS)の職員に対し、Grokがまだ省内で正式に承認されていないにもかかわらず、その使用を指示したとされています。DHSは、国境警備、移民法執行、サイバーセキュリティ、災害対応など、国家の安全保障に関わる機密性の高い情報を扱う重要な省庁です。

 興味深いことに、DHSは以前、OpenAIのChatGPTやAnthropicのClaudeといった商用のAIプラットフォームの職員による利用を許可する方針を打ち出していました。これは、生成AIを積極的に活用する連邦機関の先駆けとなることを目指した動きでした。しかし、ロイター通信が報じるところによると、2025年5月、職員がこれらの商用AIツールを機密データと共に不適切に使用した疑いが生じたため、DHSは職員による全ての商用AIツールへのアクセスを突然シャットダウンしました。現在は、DHSが内部開発したAIツールのみが利用可能とされています。

 このDHSによる商用AIツールへのアクセス禁止措置が、DOGEチームによるGrokの利用推進を妨げたかどうかは、記事では明らかにされていません。

AIによる職員監視の疑惑

 さらに懸念されるのは、DOGEチームがAIを政府職員の監視に利用しようとしている可能性です。記事では、DOGEチームのメンバーであるカイル・シャット氏とエドワード・コリスティン氏(オンラインでは「Big Balls」という名前で知られる19歳)が、連邦官僚機構におけるAI利用を主導していると報じられています。

 関係者によると、DOGEのスタッフはここ数ヶ月、DHS職員のメールへのアクセス権限を得ようと試みたり、トランプ大統領(当時)の政治的アジェンダに「忠実でない」ことを示唆するようなコミュニケーションをAIに特定させるための訓練を行うよう職員に指示したとされています。Grokがこのような監視活動に使用されたかどうかは確認されていません。

 もしAIが職員の個人的な政治的信条を特定するために使われるとすれば、それはキャリア公務員を政治的干渉から保護することを目的とした公務員法に違反する可能性があります。

 また、国防総省(ペンタゴン)の一部の機関でも、約10数名の職員が上司から、何らかのアルゴリズムツールによって自分たちのコンピューター活動の一部が監視されていると告げられた、との情報も寄せられています。国防総省は、DOGEチームによるネットワーク監視への関与や、Grokを含む特定のAIツールの使用指示はなかったと声明で述べていますが、最近新たな監視システムが導入されたかどうかの追跡質問には回答していません。

マスク氏の立場とDOGEの今後

 イーロン・マスク氏は、DOGEでの活動に関して特別政府職員(Special Government Employee – SGE)という立場にあります。SGEは、年間130日を超えて政府の職務に従事することはできません。マスク氏は2025年5月からDOGEでの活動時間を週に1~2日に減らすと投資家向けに語っており、これによりSGEとしての任期を延長する可能性があります。マスク氏自身はホワイトハウスでの役割を縮小する意向を示していますが、彼によればDOGEチームは引き続き活動を継続するとのことです。

まとめ

 本稿では、イーロン・マスク氏のAI「Grok」が米国政府内で利用されようとしている実態と、それに伴う深刻な懸念についてロイター通信の記事をもとに解説しました。

 データ分析の効率化という名目の裏で、機密情報の取り扱いやプライバシー保護の原則が揺らいでいる可能性が指摘されています。特に、政府のデータが民間企業のAI(しかもその企業のトップが政府の意思決定に関与している)の訓練や改良に使われること、そしてそのAIが政府機関に推奨されることは、公正な競争を阻害し、利益相反を生む重大な問題です。これは、特定の企業への不当な利益供与につながりかねません。 さらに憂慮すべきは、AIが職員の思想や忠誠心を監視するツールとして利用される可能性です。このような動きは、民主主義社会における個人の自由、思想・良心の自由、そしてプライバシー権を著しく脅かすものです。政府機関におけるAIの利用は、透明性のあるルールと厳格な監督のもとで行われるべきであり、日本にも影響があるため注視をしていく必要があります。

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