2025年DORAレポート解説:AIは開発者の生産性と組織の文化を映し出す鏡

目次

はじめに

 本稿では、Googleが2025年9月23日に公開したブログから、世界中の約5,000人の技術専門家への調査に基づいた「2025 DORAレポート」を元に、AIを活用したソフトウェア開発の最新動向について解説します。

参考記事

要点

  • ソフトウェア開発者のAIツール導入率は90%に達し、日常業務に不可欠な存在となった。
  • 回答者の80%以上がAIによって生産性が向上したと回答し、59%がコード品質にも良い影響があったと報告している。
  • AIの出力に対する信頼度は二極化しており、多くの開発者はAIを完全な代替ではなく生産性を高める支援ツールとして利用している(信頼のパラドックス)。
  • AIは組織の状態を映し出す「鏡であり増幅器」である。結束力の高いチームでは生産性をさらに向上させるが、課題のあるチームではその弱点を浮き彫りにする
  • AI導入の成功はツールの導入だけでは決まらない。技術と文化の両面を含む7つの能力(DORA AI Capabilities Model)を組織的に高めることが重要である。

詳細解説

前提知識:DORAとは?

 本題に入る前に、DORAについて少し説明します。DORA(DevOps Research and Assessment)は、Google Cloudに所属する研究チームで、長年にわたり、高いパフォーマンスを発揮するテクノロジー組織の能力やプラクティスを調査しています。特に、ソフトウェアのデリバリーと運用のパフォーマンスを測定する「4つの主要指標(Four Keys)」は世界中の開発チームで指標として採用されており、DORAレポートは毎年多くの注目を集めています。

驚異的な導入率と生産性への貢献

 2025年のレポートで最も注目すべき点は、ソフトウェア開発専門家の間でのAI導入率が90%に達したことです。これは昨年から14%の増加であり、AIがもはや目新しい技術ではなく、開発者の基本的なツールキットの一部になったことを示しています。

 調査によると、開発者やプロダクトマネージャーは、1日の中央値で2時間をAIとの作業に費やしており、その効果は明らかです。

  • 回答者の80%以上が、AIによって生産性が向上したと実感しています。
  • 回答者の59%が、AIはコードの品質に良い影響を与えたと報告しています。

 これらのデータは、AIがコーディング、テスト、デバッグといった開発のコアなワークフローに深く統合され、具体的な成果を上げていることを裏付けています。

「信頼のパラドックス」:AIとの新たな関係性

 AIの導入が進む一方で、その出力に対する開発者の信頼度は複雑な様相を呈しています。レポートではこれを「信頼のパラドックス」と呼んでいます。

 具体的には、AIを「大いに」または「とても」信頼している回答者は24%に留まる一方で、「少ししか」または「全く」信頼していない回答者が30%存在しました。

 これは、多くの開発者がAIの生成するコードや提案を無条件に受け入れているわけではないことを示唆しています。むしろ、AIを人間の判断を完全に代替するものではなく、あくまで生産性を向上させるための支援ツールとして位置づけていると考えられます。AIの出力を参考にしつつも、最終的な判断は人間が行うという、賢明な付き合い方が主流となっているようです。

組織への影響:AIはチームを映す「鏡」であり「増幅器」

 AIは個人のパフォーマンスを向上させる一方で、組織全体への影響はより複雑です。本年の調査では、AIの導入がソフトウェアのデリバリースループット(リリース頻度)の向上につながることが示されました。これは、昨年の調査結果を覆すポジティブな変化です。

 しかし、レポートはAIが「鏡であり、増幅器である」と指摘します。

  • 鏡として: チーム内のコミュニケーションが円滑で、協力体制が整っている「結束力の高い組織」では、AIはその強みをさらに加速させます。一方で、部門間の連携が悪いなど「分断された組織」では、AIがその弱点や非効率性を浮き彫りにします。
  • 増幅器として: 良いプラクティスはさらに効果的に、悪いプラクティスはさらに大きな問題として顕在化させる可能性があります。

 この知見を深めるため、レポートではチームを「調和のとれたハイパフォーマー」から「レガシーのボトルネック」まで7つのアーキタイプ(類型)に分類しています。これにより、組織は自らのチームがどのタイプに当てはまるかを理解し、AI導入を成功させるための具体的な課題を特定しやすくなります。

AI導入を成功に導く「7つの能力」  

 レポートは、単にAIツールを導入するだけでは成功は保証されないと強調しています。そこで、AIの効果を最大化するための指針として「DORA AI Capabilities Model」を新たに提唱しました。

 このモデルは、AI導入を成功させるために不可欠な、技術的側面と文化的側面を融合した7つの能力を定義しています。

1. 明確で周知されたAIスタンス  

 組織のAI支援ツールに対する立場を明確にし、十分に周知することが不可欠です。これには、AI利用への期待、実験への支援、使用許可されるツールの明確化が含まれます。DORAの研究では、明確なAIスタンスが個人の有効性と組織パフォーマンスへのAIのポジティブな影響を増幅し、従業員の負担を軽減することが示されています。重要なのは、AIの使用ポリシーの具体的な内容ではなく、どのような立場であれ、それが明確で周知されていることです。

2. 健全なデータエコシステム  

 内部データの質は、AIの成功において極めて重要です。高品質で、容易にアクセス可能で、統合された内部データを特徴とする健全なデータエコシステムは、組織パフォーマンスに対するAI導入のポジティブな影響を大幅に増幅します。

3. AIがアクセス可能な内部データ

 AIツールを内部データソースに接続することで、個人の有効性とコード品質への影響を高めることができます。AIに企業固有のコンテキストを提供することで、汎用的なアシスタントを超えて、開発者にとって高度に専門化された価値のあるツールに変化させることが可能になります。

4. 強固なバージョン管理プラクティス  

 AIによるコード生成の量と速度の増加に伴い、強固なバージョン管理プラクティスがこれまで以上に重要になっています。DORAの研究では、成熟したバージョン管理習慣とAI導入の間に強力な関連性が示されており、頻繁なコミットが個人の有効性へのAIのポジティブな影響を増幅し、ロールバック機能の頻繁な使用がAI支援チームのパフォーマンスを向上させることが判明しています。

5. 小さなバッチでの作業  

 長年にわたるDORAの原則である「小さなバッチでの作業」は、AI支援環境において特に強力です。このプラクティスは、プロダクトパフォーマンスに対するAIのポジティブな影響を増幅し、開発チームの負担を軽減します。

6. ユーザー中心の焦点  

 エンドユーザーの体験への深い焦点は、AIを活用するチームにとって最も重要です。DORAの発見では、ユーザー中心の焦点が、チームパフォーマンスに対するAIのポジティブな影響を増幅することが示されています。重要なことに、ユーザー中心の焦点が欠如している場合、AI導入はチームパフォーマンスにネガティブな影響を与える可能性があることも判明しました。ユーザーが戦略の中心にある場合、AIはチームを正しい方向に推進するのに役立ちますが、ユーザーが焦点でない場合、AI支援の開発チームは単に間違った方向に素早く進んでいる可能性があります。

7. 質の高い内部プラットフォーム

 質の高い内部プラットフォームは、組織全体でAIの利益を拡張するために必要な共有機能を提供します。質の高い内部プラットフォームを持つ組織では、組織パフォーマンスに対するAIのポジティブな影響が増幅されます。

実践的な推奨事項 

 これらの7つの能力を踏まえ、DORAは組織がAI導入の利益を最大化するために、以下の具体的な行動を推奨しています。

AIポリシーの明確化と社会化  

 許可されていることについての曖昧さは、導入を阻害し、リスクを生み出します。許可されるAIツールと使用方法に関するポリシーを確立し、明確に伝達することで、開発者の信頼を構築し、効果的な実験に必要な心理的安全性を提供することができます。

データを戦略的資産として扱う

  組織パフォーマンスに対するAIの利益は、健全なデータエコシステムによって大幅に増幅されます。内部データソースの品質、アクセシビリティ、統合に投資することが重要です。

AIを内部コンテキストに接続する

  AIツールに内部ドキュメント、コードベース、その他のデータソースへの安全なアクセスを提供するエンジニアリング努力に投資することで、汎用的なAI支援を超越し、最大の効果に必要な企業固有のコンテキストを提供することができます。

管理可能な増分での作業など、既知のベストプラクティスの強化

  小さなバッチでの作業の規律を実行し、AI支援チームのプロダクトパフォーマンスの向上と負担の軽減を図ることが重要です。

ユーザー中心性の優先

  AI支援の開発ツールは、開発者がコードをより迅速に作成、デバッグ、レビューするのに役立ちます。しかし、コアプロダクト戦略がエンドユーザーのニーズを中心に据えていない場合、より多くのコードが組織により多くの価値をもたらすことにはなりません。ユーザーニーズを明確に中心に据えることは、AI支援チームを共通の目標の実現に向けて方向づける北極星となります。

セーフティネットの受け入れと強化

  AIが変更の速度を上げるにつれ、バージョン管理システムは重要なセーフティネットになります。チームがロールバックやリバート機能の使用に高度に習熟することを奨励することが必要です。

内部プラットフォームへの投資

  質の高い内部プラットフォームは、AIの利益が組織全体で効果的かつ安全に拡張するために必要なガードレールと共有機能を提供します。

まとめ

 本稿では、2025年のDORAレポートから明らかになった、AIを活用したソフトウェア開発の最新動向を解説しました。AIはすでに開発現場に不可欠なツールとなり、多くの開発者がその生産性向上の恩恵を受けています。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、AIを万能の解決策と見なすのではなく、人間の判断を補助する賢いパートナーとして活用することが重要であることが示されています。

 さらに、AIは組織の文化やプロセスを映し出す鏡とされています。AI導入を成功させるには、ツールを導入するだけでなく、チームの連携を強化し、学習し続ける文化を育むといった、組織全体の進化が不可欠であると言えるでしょう。

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