はじめに
Google DeepMindのCEOであり、ノーベル賞受賞者でもあるデミス・ハサビス氏が、AIがもたらす未来について語りました。本稿では、CBS Newsの記事を元に、ハサビス氏が描くAIの可能性と、私たちが向き合うべき課題について、分かりやすく解説します。特に、汎用人工知能(AGI)と呼ばれる、人間のように多様なタスクをこなせるAIの登場が、私たちの社会や生活をどのように変える可能性があるのか、その核心に迫ります。
引用元記事:
- タイトル: Artificial intelligence could end disease, lead to “radical abundance,” Google DeepMind CEO Demis Hassabis says
- 発行元: CBS News
- 発行日: 2025年4月20日
- URL: https://www.cbsnews.com/news/artificial-intelligence-google-deepmind-ceo-demis-hassabis-60-minutes-transcript/
要点
- Google DeepMindのCEOデミス・ハサビス氏は、AIは人類の知識を進歩させる究極のツールだと考えています。
- AIの進化は指数関数的な速度で進んでおり、特に汎用人工知能(AGI)の開発が加速しています。ハサビス氏は、AGIが今後5~10年で登場する可能性があると予測しています。
- AIはすでに、視覚・聴覚情報を理解し対話する能力(例:Project Astra)や、曖昧な指示を理解し推論するロボットの制御などで進化を見せています。
- ハサビス氏は、AIがタンパク質の構造解析問題を解決したように、将来的には創薬プロセスを劇的に短縮し、病気の克服につながる可能性があると考えています。
- AIは「根本的な豊かさ」(radical abundance)、つまり希少性の排除をもたらす可能性がある一方で、悪用や制御不能になるリスクも存在します。
- AIの安全性確保のためには、国際的な協調と、AIに価値観や道徳を教え込むことが重要だと指摘しています。
詳細解説
AIの進化は止まらない:AGIへの道
ハサビス氏は、AIの進歩が「指数関数的な曲線」、つまり加速度的に進んでいると述べています。これは、AI技術の成功がさらなる注目、リソース、才能を引き寄せ、進化を加速させているためです。
現在のAI研究の大きな目標の一つが、汎用人工知能(AGI)の実現です。AGIとは、特定のタスクに特化した現在のAIとは異なり、人間のように様々な知的作業をこなせる汎用的な知能を持つAIを指します。ハサビス氏は、このAGIが今後5~10年で登場する可能性があると見ています。
その進化の片鱗は、すでに見え始めています。記事で紹介されている「Project Astra」は、スマートフォンのカメラやマイクを通して現実世界を認識し、それについて対話できるAIアシスタントです。絵画を見て作者を当てたり、描かれた人物の感情を推測したり、さらにはその絵から物語を創作することまで可能です。これは、AIが単にインターネット上の情報を学習するだけでなく、現実世界の文脈を理解し始めていることを示唆しています。
また、ロボティクスの分野でもAIの進化は顕著です。「黄色と青を混ぜた色のブロックを、同じ色のボウルに入れて」といった曖昧な指示を理解し、推論して実行できるロボットのデモンストレーションも紹介されています。これは、AIが物理的な世界で行動する能力を獲得しつつあることを示しています。
AIは科学を進歩させ、病気を克服する?
ハサビス氏がAIに情熱を注ぐ根源には、「世界の理解」への渇望があります。彼はAIを「人類の知識を進歩させる究極のツール」と位置づけています。
その強力な証拠となったのが、DeepMindが開発したAIモデルによるタンパク質構造解析です。生命の基本的な構成要素であるタンパク質の3D構造は非常に複雑で、従来はその解明に膨大な時間と労力がかかっていました。しかし、DeepMindのAIは、既知のタンパク質構造のほとんどにあたる2億もの構造をわずか1年で解明しました。この功績により、ハサビス氏はノーベル賞を受賞しています。
この成功体験に基づき、ハサビス氏はAIが創薬の分野でも革命を起こすと予測しています。通常10年と数十億ドルかかるとされる新薬開発のプロセスを、AIによって数ヶ月、あるいは数週間に短縮できる可能性があるというのです。彼は「AIの助けを借りて、いつかすべての病気を治せるかもしれない」と述べ、その実現は今後10年程度で可能になるかもしれない、と大胆な見通しを示しています。
AIの可能性とリスク:豊かさと制御のジレンマ
ハサビス氏は、AIが「根本的な豊かさ」(radical abundance)、つまり資源やサービスの希少性がなくなる社会をもたらす可能性があると語ります。しかし同時に、AIがもたらすリスクについても警鐘を鳴らしています。
彼が懸念するのは、主に二つの点です。一つは、悪意のある人間がAIを悪用するリスク。もう一つは、AIが自律性を持ち強力になるにつれて、人間が制御できなくなるリスクです。
AIはプログラムされた通りに動くだけでなく、データから自己学習し、開発者も予期しない能力を獲得することがあります(創発的能力)。これはAIの強力さの源泉ですが、同時に制御の難しさも意味します。
ハサビス氏は、AI開発競争が激化する中で、安全性の確保が後回しにされることを懸念しています。彼は、AI開発の主要企業や国家間での国際的な協調が不可欠であり、AIには人間社会の価値観や道徳を教え込み、「ガードレール」(安全のための制限)を設ける必要があると訴えています。これは、まるで子供を教育するように、AIに倫理観を根付かせる試みとも言えます。
AIは「自己意識」を持つのか?
AIが人間のような知能を持つなら、「自己意識」や「感情」も持つようになるのでしょうか? ハサビス氏は、現在のAIには自己意識があるとは考えていませんが、理論的には可能であり、将来的にAIが自己認識のような感覚を獲得する可能性はあると述べています。ただし、AIが自己意識を持ったとしても、それが人間の意識と同じものかは分からない、とも指摘しています。なぜなら、人間は「炭素ベースの脳」で、AIは「シリコンベース」で動作するという根本的な違いがあるからです。
また、現在のAIにはまだ好奇心や想像力、直感といった能力が欠けているとも分析しています。しかし、これも今後5~10年で変化し、AIが自ら新しい問いや仮説を生み出す能力を獲得する可能性があると考えています。
まとめ
Google DeepMindのCEO、デミス・ハサビス氏のインタビューは、AIが持つ計り知れない可能性と、私たちが向き合うべき重要な課題を浮き彫りにしました。AGIの登場は、病気の克服や根本的な豊かさといった夢のような未来をもたらす可能性がある一方で、悪用や制御不能といったリスクもはらんでいます。
ハサビス氏は、AIを人類の知識と進歩のための強力なツールとして開発を進める一方で、その安全性と倫理的な側面に最大限の注意を払う必要性を強調しています。AIの未来は、技術開発だけでなく、私たち人間がどのような価値観を持ち、どのようにAIと向き合っていくかにかかっています。新しい偉大な哲学者が必要になるかもしれない、というハサビス氏の言葉は、AI時代における人間自身の役割を深く問いかけていると言えるでしょう。
コメント