はじめに
近年、AI技術は目覚ましい進歩を遂げ、画像生成や動画作成の分野で大きな注目を集めています。しかし、3Dアセット(3次元の素材や部品)の生成においては、まだ多くの課題が残されています。高品質な訓練データの不足や、複雑なアノテーション(データへのタグ付け)作業、そしてあらゆる角度からの自然な見た目を再現する必要性など、乗り越えるべき壁は少なくありません。特に、生成された3Dモデルを実際のゲーム開発や映像制作の現場(プロダクション)ですぐに利用できる品質にするには、さらなる工夫が求められます。
本稿では、こうした課題に取り組む米国ケンブリッジのスタートアップ企業「Common Sense Machines(CSM)」と、同社が活用するMeta社の画期的なオープンソースAIモデル「Segment Anything Model 2(SAM 2)」について、紹介します。
引用元記事
- タイトル: How Common Sense Machines uses Meta Segment Anything Model and AI to generate production-ready 3D assets
- 発行元: Meta AI Blog
- 発行日: 2025年5月1日
- URL: https://ai.meta.com/blog/segment-anything-common-sense-machines-3d-assets/
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要点
- Common Sense Machines (CSM) は、AIを活用してプロダクションレディな3Dアセットを迅速に生成するソフトウェアを開発しています。
- このソフトウェアの中核技術の一つとして、Meta社がオープンソースで公開した画像・動画セグメンテーションモデル「SAM 2」が活用されています。
- SAM 2は、画像や動画内の個々の要素(どのピクセルがどの物体に対応するか)をリアルタイムかつプロンプタブルに識別する驚異的な能力を持ちます。
- CSMはSAM 2を利用して、2D画像やテキストプロンプトから、部品構成が正確で、リギングやアニメーションなどにすぐ利用できる高品質な3Dモデルを生成します。
- これにより、従来は数時間から数日かかっていた3Dアセット制作プロセスが大幅に短縮され、3Dコンテンツ制作の民主化が進むことが期待されます。
- CSMのCEOは、Metaのような企業によるオープンソースソフトウェアの公開が、スタートアップの技術開発にとって不可欠であると述べています。
詳細解説
3Dアセット生成の課題とCSMの挑戦
ゲーム開発、VR/ARコンテンツ制作、映像制作、メタバース構築など、様々な分野で高品質な3Dアセットの需要は急速に高まっています。しかし、その制作は依然として専門的な知識と高価なソフトウェア(例: Blender, Maya, ZBrush, TopoGun, Adobe Suiteなど)を必要とし、一つのアセットを完成させるのに数時間から数日を要する、時間とコストのかかる作業です。
AIを用いてこのプロセスを自動化・効率化しようとする研究開発も進んでいますが、以下のような技術的課題が存在します。
- 訓練データの不足: 高品質な3Dモデルのデータセットは、2D画像データセットと比較して量が圧倒的に少なく、多様性も限られています。これがAIモデルの学習を困難にしています。
- アノテーションの困難さ: 3Dデータに対して、部品構成、材質、テクスチャ座標といった詳細な情報を正確に付与するアノテーション作業は非常に複雑で手間がかかります。
- 全方位からの見た目の再現 (View Consistency): 生成された3Dモデルは、どの角度から見ても破綻なく、自然に見える必要があります。AIが3次元的な整合性を保ちながら生成を行うことは、特に難しい課題の一つです。
- プロダクションレディな品質: 生成された3Dモデルが、後工程(リギング、アニメーション、テクスチャリング、ゲームエンジンへのインポートなど)で実際に使えるためには、適切なメッシュ構造(トポロジー)やUV座標(UVマッピング)を持っている必要があります。単に見た目がそれらしいだけでは不十分なのです。
Common Sense Machines (CSM) は、これらの課題を解決し、「3Dアートとコンテンツ制作を加速し、民主化する」ことを目標に掲げています。同社の開発するAIソフトウェアは、テキストによる指示(プロンプト)や2D画像を入力として、これらの課題を克服し、高品質かつプロダクションレディな3Dアセットを迅速に生成することを目指しています。これにより、3Dモデリングの専門知識がないユーザーでも、自身のプロジェクトに必要な3Dアセットを容易に作成できるようになる未来を描いています。
Metaの「Segment Anything Model 2 (SAM 2)」とは? – 驚異の画像・動画理解能力
CSMの革新的なソフトウェアを支える重要な基盤技術の一つが、Meta AI (FAIR) が開発し、オープンソースとして公開した「Segment Anything Model 2 (SAM 2)」です。これを理解するために、まずは「セグメンテーション」技術について説明します。
- セグメンテーションとは?: 画像や動画の中から、特定の物体や領域を識別し、ピクセル単位で正確に切り分ける技術です。例えば、風景写真から「空」「山」「木」をそれぞれ別の領域として認識したり、人物写真から「髪」「顔」「服」「背景」を分離したりする処理を指します。これは、コンピュータが画像や動画の内容を詳細に理解するための基本的ながら非常に重要なタスクです。
2023年4月に発表された初代SAMは、「ゼロショット」能力、つまり特定の対象物について事前学習していなくても、様々な物体や領域をプロンプト(クリック、バウンディングボックス、テキストなど)に応じて柔軟にセグメント化できる能力で、AIコミュニティに衝撃を与えました。対話的に特定のオブジェクトを切り出すことも、画像内の全てのオブジェクト候補を自動で切り出すことも可能です。
そして、2024年7月にリリースされたSAM 2は、その能力をさらに大幅に拡張しました。
- 動画への対応: 画像だけでなく、動画に対しても高精度なセグメンテーションを実行できます。
- リアルタイム性: 処理速度が向上し、リアルタイムでのオブジェクトセグメンテーションが可能になりました。これにより、ライブ映像処理やインタラクティブな編集応用への道が拓けます。
- プロンプタブル性の向上: ユーザーからの指示(プロンプト)に対する応答性が向上し、より直感的かつ効率的なセグメンテーションが可能になりました。
SAM 2は、画像や動画に含まれる「何が」「どこに」あるのかという情報を、前例のないレベルの精度と柔軟性で抽出できる、まさに汎用的な画像・動画理解エンジンと言えるでしょう。
CSMはSAM 2をどう活用しているか? – プロダクションレディへの鍵
CSMのソフトウェアは、テキストプロンプトや2D画像をインプットとして3Dアセットを生成しますが、そのプロセスにおいてSAM 2は決定的な役割を果たします。単に立体的な形状を作るだけでは、前述の通りプロダクションで使うには不十分です。特に重要なのは、生成される3Dモデルが意味のある部品(コンポーネント)に分割されていることです。
例えば、車の3Dモデルを生成する場合を考えてみましょう。プロダクションで使うためには、「ボディ」「タイヤ」「ドア」「窓」「ライト」などが個別のパーツとして認識され、適切に分割されている必要があります。これにより、以下のような後工程が可能になります。
- リギング: キャラクターや機械に「骨」(ボーン)を入れて動かせるように設定する作業。部品が分かれていないと困難です。
- アニメーション: 各部品を個別に動かして、リアルな動きや変形を実現する作業。
- マテリアル設定: 部品ごとに異なる質感(金属、ガラス、ゴムなど)を設定する作業。
- インタラクション: ゲームエンジンなどで、特定の部品(ドアなど)だけを開閉させるといったインタラクションを実装する作業。
CSMは、SAM 2の強力なセグメンテーション能力を駆使して、入力された2D画像(例:様々な角度から撮影された車の写真や、一枚のデザイン画)から、これらの構成要素をピクセルレベルで正確に識別します。SAM 2が出力するマスク情報(各部品が画像のどのピクセルに対応するかを示す情報)は、3Dモデル生成プロセスにおける極めて重要な手がかりとなります。
CSMの独自技術(詳細なアルゴリズムは非公開)は、このセグメンテーション結果を利用して、単一の塊としてではなく、部品構成が正確で、かつトポロジーやUVも考慮された3Dモデルを生成します。入力画像(群)とSAM 2による部品情報を基に、各部品の3D形状、テクスチャ、そしてそれらの空間的な位置関係を高度に推定していると考えられます。(内部的にはNeRF、3D Gaussian Splatting、Diffusion Modelsといった最新の3D生成技術が組み合わされている可能性もあります。)
このようにして生成された3Dアセットは、各部品が個別のメッシュやグループとして構造化されているため、リギング、アニメーション、マテリアル設定といった後工程にそのままスムーズに移行できます。これこそが「プロダクションレディ」であることの核心であり、SAM 2のセグメンテーション能力がその実現に大きく貢献しているのです。
オープンソースの計り知れない価値
CSMのCEOであるTejas Kulkarni氏は、MetaによるSAM 2のような高度なAIモデルのオープンソース公開が、自社のようなスタートアップにとって極めて重要であると強調しています。「まるで、我々では雇えないような巨大な研究チームを外部に持っているようなものだ」と彼は語ります。
SAMのような最先端の基盤モデルをゼロから開発するには、膨大な計算資源、大規模データセット、そしてトップレベルの研究者チームが必要です。これは多くのスタートアップにとって現実的ではありません。しかし、オープンソースとして公開されたモデルを利用することで、CSMは画像・動画の基本的な理解という基盤部分をMetaの成果に頼ることができます。そして、自社のリソースと専門知識を、セグメンテーション結果を活用して高品質な「プロダクションレディ」3Dアセットを生成するという、より付加価値の高い独自のコア技術開発に集中させることができるのです。
これは、技術革新のエコシステム全体にとっても大きな意味を持ちます。オープンソース化によって、より多くの開発者や企業が最先端技術にアクセスできるようになり、新たなアイデアや応用が生まれやすくなります。CSMの事例は、オープンソースがいかにイノベーションを加速させ、スタートアップの競争力向上に貢献するかを示す好例と言えるでしょう。
将来の展望と日本への影響
CSMは現在、ゲーム開発会社をはじめとする様々な企業と協力し、彼らの3Dコンテンツ制作ワークフローの改善を支援しています。同社の次なる大きな目標は、単一のアセット生成に留まらず、2D画像から完全な3D空間(ワールド)全体を生成するAIソフトウェアのリリースです。この野心的な目標においても、シーン内の無数のオブジェクトを正確に理解・分割できるSAMのような技術が、引き続き中心的な役割を果たすと見られています。
このような技術革新は、日本の様々な産業、特にコンテンツ産業に大きな影響を与える可能性があります。
- コンテンツ産業の活性化: ゲーム、アニメ、映画、VTuberなど、日本が世界的に強みを持つコンテンツ産業において、3Dアセット制作の劇的な効率化は計り知れない恩恵をもたらします。制作コストの削減や開発期間の短縮につながり、より多様で高品質なコンテンツが、より迅速に生み出される可能性があります。特に、リソースに限りのある中小規模のスタジオや個人クリエイターにとっては、3D制作への参入障壁を大きく下げる効果が期待できます。
- 新たなクリエイター層の出現: 従来必須だった高度な3Dモデリングスキルがなくとも、アイデアを3Dで表現しやすくなります。これにより、デザイナー、イラストレーター、あるいは全くの異業種から新たな3Dクリエイターが次々と生まれる可能性があります。
- 製造業・建築業への応用: プロダクトデザインの迅速なプロトタイピング、建築物のリアルタイムビジュアライゼーション、都市シミュレーションなど、産業分野での3Dモデル活用も一層加速するでしょう。AIによる迅速なモデリングは、設計・開発プロセスの効率化に大きく貢献します。
- 教育分野での活用: 複雑な概念を視覚化する3D教材の作成などが容易になり、より直感的で分かりやすい教育コンテンツの提供が可能になるかもしれません。
- 雇用の変化と求められるスキルシフト: 従来の反復的な3Dモデリング作業の一部は、AIによって自動化される可能性があります。一方で、AIツールを効果的に使いこなすスキル、AIが生成したアセットを評価し、最終的な品質調整やディレクションを行う能力、そしてより創造的なコンセプトデザインやアートディレクションといった領域へのスキルのシフトが重要になるでしょう。
なお、AIによって生成されたコンテンツの著作権や倫理的な側面(データのバイアス、悪用の可能性など)については、注意が必要です。
まとめ
本稿では、Common Sense Machines (CSM) がMetaのオープンソースAIモデル「SAM 2」という強力な武器を手に、いかにして「プロダクションレディ」な3Dアセット生成の効率化と民主化という困難な課題に挑んでいるかをご紹介しました。SAM 2の驚異的な画像・動画セグメンテーション技術は、2Dの情報から部品構成まで正確な高品質3Dモデルを迅速に生成する鍵となっています。
この技術は、時間とコスト、そして専門知識が大きな壁となっていた従来の3Dコンテンツ制作プロセスを根底から変える可能性を秘めています。ゲーム、映像、VR/ARといったエンターテイメント分野はもちろんのこと、製造業、建築業、教育など、社会の様々な領域への応用が期待されます。特に、世界有数のコンテンツ大国である日本では、制作現場の生産性向上、新たなクリエイターや表現の創出といったポジティブな影響が強く見込まれます。
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