はじめに
本稿では、急速に進化するAIクリエイティブツールと、そのビジネス導入が遅れている現状について、背景にある課題を解説します。音声クローニングや動画生成などの技術はすでに実用段階にありますが、多くの企業が導入に踏み切れない理由を探ります。
参考記事
- タイトル: AI creative tools are ready—but businesses aren’t
- 著者: Anabelle Nicoud
- 発行元: IBM
- 発行日: 2025年9月22日
- URL: https://www.ibm.com/think/news/ai-creative-tools-are-ready-businesses-arent
要点
- 音声クローニング、動画・音楽生成といったAIクリエイティブツールは急速に進化し、すでに実際のキャンペーンやプロジェクトで使用されている。
- しかし、IBMの調査によると60%の組織が生成AIへの一貫した全社的アプローチを策定できていないなど、企業の導入は遅れている。
- 導入が遅れる主な要因は、著作権や学習データの来歴(データプロビナンス)に関する法的な懸念、ブランドが求める精密なクリエイティブコントロールの難しさ、そして大企業特有の慎重な導入プロセスである。
- こうした課題に対し、ライセンス供与されたデータで学習した「安全な」モデルが登場し、クリエイターの役割もAIを使いこなす「編集者」へと変化しつつある。
詳細解説
クリエイティブ分野で進化するAI技術
近年、AI技術はクリエイティブ分野で目覚ましい進化を遂げています。特定の人物の声を再現する「音声クローニング」、テキストから動画を生成する「Text-to-Video」、さらには作曲やアニメーション制作まで、これまで専門家が多くの時間を費やしていた作業をAIが代行できるようになりました。
実際に、玩具メーカーのトイザらスがAI生成による広告を公開したり、OpenAIの支援を受けてAIアニメーション映画『Critterz』の制作が発表されたりと、その活用はすでに始まっています。
なぜ企業の導入は進まないのか?
技術的な準備が整っているにもかかわらず、多くの企業、特に大企業での導入は慎重に進められています。その背景には、いくつかの複合的な要因があります。
1. 法的・倫理的な懸念
最も大きな障壁の一つが、著作権の問題です。AIモデルが学習に使用したデータに、著作権で保護されたコンテンツが含まれているのではないかという懸念は根強くあります。実際に、SunoやUdioといった音楽生成AI企業が大手レコード会社から著作権侵害で提訴されるなど、法的なリスクは現実のものです。
このため、企業の法務部門は、学習データの来歴(どこから来たデータなのか)が不明確なAIツールの使用に慎重な姿勢を示しています。
こうした懸念に応えるため、ElevenLabs社のように、ライセンス契約を結んだデータやロイヤリティフリーのデータのみで学習させた「安全な」AIモデルを提供する企業も登場しています。
2. クリエイティブにおける精密なコントロールの難しさ
ブランド広告などの商業クリエイティブでは、極めて精密なコントロールが求められます。現在の生成AIは、「ソファをあと数センチだけ動かす」といった細かな指示を正確に反映させることがまだ難しいのが現状です。AIは予期せぬ結果(サプライズ)を生み出すこともあり、ブランドイメージを厳密に管理したい企業にとっては、この不確実性が導入をためらわせる一因となっています。
3. 企業内の導入プロセスとセキュリティ
大企業が新しい技術を導入するには、セキュリティ、データプライバシー、法務契約、ブランドガイドラインの遵守など、多くの部署を巻き込んだ複雑なプロセスが必要です。IBMのデザインリーダーであるTodd Cramer氏が指摘するように、単にツールを使うだけでなく、入力するデータと出力されるデータの両方について、企業自身を保護するための多層的な仕組みが求められます。
変化するクリエイターの役割と今後の展望
AIの導入は、クリエイターの役割にも変化を促しています。AIに的確な指示(プロンプト)を与え、生成されたものから最適なものを選び出し、編集・加工していく能力が重要になっています。「編集者が新しいディレクターになりつつあり、AIを使いこなすための新しいクリエイティブスキルが求められるようになっています。
また、人間のクリエイターが最初にスケッチを描き、その後のプロセスをAIが補助するなど、人間とAIが協業する制作フローも生まれています。
まとめ
本稿では、IBMの記事を基に、AIクリエイティブツールの現状とビジネス導入の課題について解説しました。
技術はすでに実用レベルに達している一方で、法務、精密なコントロール、社内ガバナンスといったビジネス固有の課題が、本格的な普及に向けた「壁」となっていることがわかります。
今後、これらの課題をクリアした「安全な」AIツールの登場や、AIを使いこなすための新たなスキルセットが普及することで、AIは徐々にビジネスの現場に浸透していくでしょう。最終的には、Adobe Photoshopが当たり前のツールになったように、AIもまた、私たちがその存在を意識することなく日常的に使う「見えない」存在になると予測されています。