[ニュース解説]シスコが拓くAI時代の新常識。ネットワークはここまで進化する。

目次

はじめに

 本稿では、世界最大手のネットワーク機器メーカーであるシスコシステムズ(Cisco)が2025年6月10日に発表したプレスリリース「Cisco Unveils Secure Network Architecture to Accelerate Workplace AI Transformation」を基に、AI時代の企業活動を支える新しいネットワークの姿を紐解いていきます。

引用元記事

要点

  • Ciscoが発表した新アーキテクチャは、AI時代における企業のネットワーク課題(トラフィックの爆発的増加、常時接続の要求、セキュリティ脅威の増大)に対応するものである。
  • このアーキテクチャは、「運用の簡素化」「AIワークロードに対応する次世代デバイス」「ネットワークに統合されたセキュリティ」という3つの主要な柱で構成されている。
  • 運用の簡素化は、これまで別々に管理されていた製品群(MerakiとCatalyst)を統合管理できるプラットフォームと、Ciscoの知見を学習したAIが運用を支援する「AgenticOps」によって実現される。
  • 次世代デバイスは、キャンパスや支社、工場といった各環境において、AIが必要とする低遅延、大容量通信を実現し、将来の脅威に備える耐量子暗号にも対応する。
  • セキュリティは、後付けのソリューションではなく、ネットワークインフラ自体に深く組み込まれ、インフラ、通信データ、利用者を多層的に保護する。

詳細解説

なぜ今、新しいネットワークアーキテクチャが必要なのか?

 近年、多くの企業が業務効率化や新しいサービス創出のためにAIの導入を進めています。しかし、AI、特に生成AIは、その能力を発揮するために膨大な量のデータを処理し、高速な通信を必要とします。これにより、従来の企業ネットワークにはいくつかの深刻な課題が生まれています。

  1. トラフィックの爆発的増加: AIモデルの学習や推論には、大量のデータがネットワーク上を行き交います。これにより、ネットワークが混雑し、通信速度が低下する可能性があります。
  2. ミッションクリティカルな要件: AIを活用したシステムが停止すると、企業のビジネスに甚大な被害が及ぶ可能性があります。そのため、ネットワークにはこれまで以上に高い安定性と常時接続が求められます。
  3. セキュリティリスクの増大: ネットワークに接続されるデバイスが増え、データのやり取りが活発になるほど、サイバー攻撃の標的となる箇所も増え、リスクは高まります。

 Ciscoの調査によれば、実に97%の企業が「AIやIoTの取り組みを成功させるには、ネットワークのアップグレードが必要だ」と考えていると回答しています。Ciscoが今回発表した新しいアーキテクチャは、まさにこうした時代の要求に応えるためのものです。

運用の劇的な簡素化:統合管理とAIアシスタント「AgenticOps」

 企業のIT部門にとって、ネットワーク機器の管理は複雑で手間のかかる作業でした。特にCiscoには、クラウドでシンプルに管理できる「Meraki」シリーズと、高機能で大規模環境向けの「Catalyst」シリーズという主要な製品群があり、これらは別々のツールで管理する必要がありました。

 今回の発表で最も大きな変革の一つが、これらの異なる製品群を一つの管理プラットフォームに統合したことです。これにより、IT管理者は場所や機器の種類を問わず、すべてのネットワーク機器を同じ画面でシンプルに管理できるようになり、運用負荷が大幅に軽減されます。

 さらに、このプラットフォームを強力にサポートするのが「AgenticOps」というAI駆動の新しい運用アプローチです。これは、単なるチャットボットではありません。Ciscoが数十年にわたり蓄積してきた専門知識やトップレベルの技術者(CCIE)のノウハウを学習した「Deep Network Model」という大規模言語モデル(LLM)を搭載しています。

 これにより、管理者は「ネットワークの調子が悪いんだけど、原因は?」といった自然な言葉でAIアシスタントに質問するだけで、AIが自動的に問題を特定し、解決策を提案、さらには修正作業まで実行してくれます。これまで数時間かかっていたトラブルシューティングが、数分で完了する可能性を秘めており、IT部門の人手不足解消にも繋がります。

AIワークロードを支える次世代ハードウェア群

 AIが求める厳しい性能要件に応えるため、Ciscoは各環境に特化した新しいハードウェアも発表しました。

  • キャンパスネットワーク向け: 新しいスマートスイッチ「Cisco C9350/C9610」は、Cisco独自の半導体「Silicon One」を搭載し、最大51.2Tbpsという驚異的な処理能力と、5マイクロ秒以下という超低遅延を実現します。
  • 支社・拠点向け: 新しいセキュアルータ「Cisco 8000シリーズ」は、SD-WAN(ソフトウェアで拠点のネットワークを管理する技術)やSASE(ネットワークとセキュリティをクラウドで提供するモデル)、次世代ファイアウォールといった機能を一台に集約し、従来比で最大3倍の性能向上を果たしています。
  • 産業用ネットワーク向け: 工場の生産ラインでの画像検品や自律走行ロボットなど、過酷な環境で高い信頼性が求められる用途のために、堅牢設計の新しいスイッチや、超高信頼性の無線通信(URWB)とWi-Fiを統合したアクセスポイントも投入されます。

 特に注目すべきは、これらの新しいハードウェアの多くが「耐量子暗号」に対応している点です。これは、将来登場するであろう量子コンピュータによる暗号解読の脅威に備えるための先進的なセキュリティ技術です。現在はまだ開発途上の技術ですが、今のうちに暗号化されたデータを収集しておき、将来量子コンピュータが実用化された際に解読する「Harvest Now, Decrypt Later(今収穫し、後で解読する)」という攻撃手法への対策として、極めて重要になります。

ネットワークに組み込まれた多層防御セキュリティ

 新しいアーキテクチャでは、セキュリティは後付けの機能ではなく、ネットワークの根幹に統合されています。

  • インフラの保護: 新しい「Cisco Live Protect」機能により、ソフトウェアの脆弱性を突く攻撃をブロックし、機器を再起動することなく防御できます。
  • 通信データの保護: 前述の耐量子暗号に対応した暗号化技術(MACsec, IPsec)により、通信中のデータが盗聴・改ざんされるのを防ぎます。また、新しいスイッチは「Hypershield」という技術に対応予定で、これによりネットワークを細かく分割(マイクロセグメンテーション)し、万が一マルウェアに感染しても被害の拡大を自動的に食い止めることができます。
  • ユーザーとデバイスの保護: AIを活用してネットワークに接続されたすべてのデバイス(PC、スマートフォン、IoTセンサーなど)を自動で分類し、適切なセキュリティポリシーを適用します。これにより、許可されていないデバイスからのアクセスを防ぎ、安全な通信を確保します。

まとめ

 本稿では、Ciscoが発表したAI時代の新しいネットワークアーキテクチャについて解説しました。このアーキテクチャは、単なる新製品の発表に留まらず、AIの活用を前提とした未来の企業活動を根底から支えるための、包括的なビジョンと技術の集合体です。

 運用の劇的な簡素化AIの要求に応える高性能なハードウェア、そしてネットワーク自体に組み込まれた堅牢なセキュリティ。これら3つの要素が組み合わさることで、企業はITインフラの複雑さやセキュリティの不安に悩まされることなく、本来注力すべきAIを活用したビジネス価値の創造に集中できるようになります。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI導入を推進する日本のすべての企業にとって、自社のネットワークインフラの在り方を改めて見直す、重要なきっかけとなる発表と言えるでしょう。

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