はじめに
本稿では、米Apple社が自社の音声アシスタント「Siri」の機能刷新のため、競合であるGoogle社の生成AI「Gemini」の採用を交渉していることについて、解説します。長年のライバルである2社が、AI分野で手を組む可能性が出てきたことは、大きな注目を集めています。
参考記事
- タイトル: Apple in talks to use Google’s Gemini AI to power revamped Siri, Bloomberg News reports
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年8月23日
- URL: https://www.reuters.com/business/apple-talks-use-googles-gemini-ai-power-revamped-siri-bloomberg-news-reports-2025-08-22/
要点
- Appleは、音声アシスタントSiriの次期メジャーアップデートに向け、Googleの高性能生成AI「Gemini」のライセンス供与を受ける方向で交渉中である。
- この提携交渉は、生成AI機能のスマートフォンへの搭載競争で他社に後れを取っているAppleが、巻き返しを図るための戦略的な一手と考えられる。
- Siriの刷新計画は、当初の予定より技術的な問題で遅延しており、外部技術の導入がその打開策となる可能性がある。
- 交渉はまだ初期段階であり、Appleは自社開発モデルや、OpenAI、Anthropicなど他のAI企業との提携も依然として選択肢として残している状況である。
詳細解説
なぜ今、AppleはGoogleと交渉するのか?
長年、スマートフォン市場で覇権を争ってきたAppleとGoogleが、なぜこのタイミングでAI分野での提携を模索しているのでしょうか。その背景には、いくつかの複合的な理由が存在します。
第一に、Appleが生成AI開発で遅れをとっているという現状があります。近年、OpenAI社のChatGPTの登場以降、生成AI技術は急速に進化し、様々な製品に応用されています。スマートフォンの分野でも、GoogleやSamsungはすでに対話型の高度なAIアシスタント機能を製品に統合し始めています。一方で、Appleはこの分野で目立った動きを見せられておらず、長年iPhoneの顔であったSiriの性能向上は急務となっていました。
第二に、現在のSiriが抱える性能の限界です。Siriは登場当初、画期的な機能として注目されましたが、現在では「今日の天気は?」「アラームをセットして」といった単純な命令には応えられるものの、複数の指示を組み合わせた複雑な要求や、会話の文脈を理解した上での応答は苦手としています。ライバルであるGoogleアシスタントやAmazonのAlexaと比較しても、その能力不足を指摘する声は少なくありません。
そして第三に、Siriの刷新計画そのものが遅延しているという事実です。ロイターによると、Appleは当初、2025年春を目標にSiriの大規模なアップデートを計画していましたが、技術的な課題に直面し、計画は1年延期されたと報じられています。自社開発に固執するだけでは、ますます競争から取り残されてしまうという危機感が、ライバルであるGoogleの技術を採用するという、これまでにない選択肢を検討させるに至ったと考えられます。
Google「Gemini」とは何か?
今回、Appleが採用を検討している「Gemini」とは、Googleが開発した最新の高性能AIモデル群の総称です。Geminiの最大の特徴は、「マルチモーダルAI」である点です。これは、テキスト(文字)だけでなく、画像、音声、動画といった複数の種類の情報を同時に理解し、処理できる能力を意味します。
例えば、スマートフォンの画面に映っているレストランの写真を見せながら「このお店の予約をして」と話しかけるだけで、AIが画像から店名を認識し、音声指示を理解して予約手続きを行う、といった高度なタスクが可能になります。このような能力を持つGeminiをSiriに統合できれば、その機能が飛躍的に向上することは間違いありません。
今後の展望と課題
もしこの提携が実現すれば、iPhoneユーザーは、より自然な言葉で、より複雑なタスクをSiriに依頼できるようになるでしょう。しかし、実現に向けてはいくつかの大きな課題も存在します。
最も大きな課題はプライバシーの問題です。Appleはこれまで、ユーザーのプライバシー保護を最優先事項として掲げてきました。一方で、Googleはユーザーデータ活用をビジネスモデルの中心に据えています。GoogleのAIをiPhoneに搭載するにあたり、ユーザーの音声データや個人情報をどのように取り扱うのか、両社間で厳格な取り決めが必要になります。
また、交渉はまだ初期段階であり、最終的に提携が成立しない可能性も十分にあります。Appleは、参考記事でも触れられているように、ChatGPTを開発したOpenAIや、高性能AI「Claude」を開発したAnthropicとも協議を行っているとされており、複数の選択肢を天秤にかけている状況です。
最終的にAppleがどの道を選ぶのか、あるいは自社開発のAIでブレークスルーを起こすのか、今後の動向が注目されます。毎年6月頃に開催されるAppleの世界開発者会議(WWDC)で、何らかの発表があるかもしれません。
まとめ
今回は、AppleがSiriの性能向上のためにGoogleのAI「Gemini」の採用を交渉しているというニュースについて解説しました。この動きは、生成AIという新しい技術トレンドの中で、巨大テクノロジー企業が自社の弱みを補うために、いかに柔軟かつ大胆な戦略を取ろうとしているかを示す象徴的な出来事です。この交渉の行方は、SiriやiPhoneの未来だけでなく、今後のAIアシスタント市場全体の競争地図を大きく塗り替える可能性を秘めています。