[ニュース解説]Anthropic社の著作権訴訟、「変容的利用」を認める判決の全貌

目次

はじめに

 AI企業Anthropic(アンソロピック)社とそのAIモデル「Claude」をめぐる著作権訴訟の判決がでました。

 この判決は、AIが学習のために著作物を利用する行為が、米国の著作権法で定められた「フェアユース(公正な利用)」に該当すると初めて本格的に認めた点で画期的です。一方で、使用したデータの出自によっては著作権侵害を認定するなど、AI開発の未来に光と影の両方を示す内容となりました。

 本稿では、AI(人工知能)の開発と著作権の関係において、極めて重要な意味を持つ米国の司法判断について詳しく解説します。

引用元記事

要点

  • 米連邦地方裁判所は、AI企業Anthropicが、同社のAIモデル「Claude」のトレーニング(学習)のために書籍データを利用した行為は、著作権侵害にはあたらないとの判決を下した。
  • 判決の核心は、AIによる学習目的での著作物利用が、元の作品を複製したり市場で競合したりするためではなく、全く新しいものを創造するための「変容的利用(transformative use)」にあたるため、「フェアユース」の範囲内であると判断された点にある。
  • この判断は、AI開発における著作物利用の正当性を司法が部分的に認めたものとなり、同様の訴訟を抱えるAI業界全体にとって重要な勝利である。
  • しかし、判決はAI開発を全面的に容認したわけではない。Anthropicがトレーニング目的とは別に、海賊版の書籍をダウンロードして「中央ライブラリ」として保管した行為については、フェアユースとは認められず、著作権侵害にあたると認定した。これに関する損害賠償額を決定するための裁判が別途開かれる予定である。

詳細解説

判決の概要:何が争われ、どう判断されたか

 今回の訴訟は、複数の作家が「自らの著作物が、許可なくAIモデル『Claude』の学習データとして使われた」として、開発元であるAnthropic社を訴えたことから始まりました。作家側は、Anthropicが数多くの書籍を違法にコピーし、自社のビジネスのために利用したと主張しました。

 これに対し、サンフランシスコの連邦地方裁判所のウィリアム・アルサップ判事は、2つの重要な判断を下しました。

  1. AIの学習目的での利用は「フェアユース」である
  2. 海賊版データをダウンロード・保管する行為は「著作権侵害」である

 つまり、AIを賢くするための「学習」という目的は正当と認められましたが、そのためのデータを不正な手段で入手・保持することは許されない、という二つの側面を示した判決でした。

最重要ポイント:「フェアユース」と「変容的利用」

 今回の判決を理解する上で最も重要なのが、米国の著作権法における「フェアユース」という考え方です。これは、日本の著作権法にはない概念で、特定の条件下であれば、著作権者の許可なく著作物を利用できるという規定です。フェアユースが認められるかどうかは、主に以下の4つの要素を総合的に考慮して判断されます。

  1. 利用の目的と性格(商業的か、非営利的か、変容的か)
  2. 著作物の性質
  3. 利用された部分の量と実質性
  4. 利用が著作物の潜在的市場または価値に与える影響

 アルサップ判事が特に重視したのが、1番目の「利用の目的と性格」の中でも「変容的利用(transformative use)」にあたるかどうかでした。変容的利用とは、元の著作物を単にコピーするのではなく、新しい表現や意味、メッセージを付け加え、全く別の目的を持つ新しい作品に生まれ変わらせるような利用を指します。

 判事は、AIの学習プロセスを「作家を目指す読書家」に例えました。人間が多くの本を読んで知識や表現スタイルを学び、全く新しい自分の作品を生み出すように、AIもまた、膨大なテキストデータを学習することで、元の作品とは異なる、新しい創造物を生み出す能力を身につけていると評価したのです。AIは学習した本の内容をそのまま出力するわけではなく、学習を通じて得たパターンから新しい文章を生成します。この点が「変容的」であり、フェアユースと認める大きな根拠となりました。

AI業界にとっての「大きな勝利」の意味

 この判決は、生成AIを開発する業界にとって計り知れないほど大きな意味を持ちます。もし、AIの学習がフェアユースと認められなければ、AI企業は学習に使うすべてのデータに対して著作権者からライセンスを取得する必要に迫られたでしょう。それは天文学的なコストにつながり、特に資金力の乏しいスタートアップの参入を困難にし、AI開発そのものを停滞させる恐れがありました。

 今回の判決は、AIの学習が原則として「公正な利用」であるという司法のお墨付きを(少なくとも米国内の一つの判例として)与えたことになります。これにより、AI企業は著作権侵害のリスクをある程度回避しながら、開発を続けられる道筋が示されたと言えます。

残された課題:海賊版データの利用は「侵害」

 しかし、本稿で繰り返し述べているように、この判決はAI企業に白紙の委任状を与えたわけではありません。判決のもう一つの側面は、データの入手方法の正当性に厳しく切り込んだ点です。

 Anthropicは、AIの学習とは別に、海賊版サイトから入手したとされる約700万冊の書籍データを「中央ライブラリ」として保管していました。この行為について判事は、「AIの学習という変容的利用のために合理的に必要だったとは言えない」と判断し、単純な著作権侵害行為であると断じました。

 これは、AI開発者に対して「たとえ学習という目的が正当化されても、その元となるデータは合法的に入手しなければならない」という強いメッセージを送っています。目的が手段を正当化するわけではない、という当たり前ですが重要な原則を、AIと著作権の世界でも確認した形です。

まとめ

 本稿では、Anthropic社の著作権訴訟に関する米連邦地裁の判決について解説しました。この判決は、「AIの学習は、新しいものを創造するための『変容的利用』であり、フェアユースとして認められる」という画期的な判断を下した一方で、「海賊版データのような不正な手段で入手したデータの利用は許されない」という明確な線引きも示しました。

 この判決は、AIと著作権をめぐる世界的な議論において、間違いなく大きな一歩です。しかし、これはあくまで一つの地方裁判所の判断であり、今後、上級審で覆る可能性も残されています。また、他の国々がどのような法整備を進めるかも未知数です。

 テクノロジーの進化とクリエイターの権利保護をいかに両立させるか。この難題に対する社会的なルール作りはまだ始まったばかりです。今回の判決を一つの重要な道標としながら、私たちは今後もその動向を注意深く見守っていく必要があります。

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