はじめに
Anthropicが2025年10月21日、生命科学分野の研究者向けに特化した「Claude for Life Sciences」を発表しました。研究文献の分析から実験プロトコルの作成、バイオインフォマティクス解析まで、研究プロセス全体を支援する機能を提供します。本稿では、この発表内容をもとに、新たに追加された機能と実用上の可能性について解説します。
参考記事
- タイトル: Claude for Life Sciences
- 発行元: Anthropic
- 発行日: 2025年10月21日
- URL: https://www.anthropic.com/news/claude-for-life-sciences?subjects=announcements
要点
- Claude Sonnet 4.5は、実験プロトコル理解のベンチマーク(Protocol QA)で人間の基準値0.79を上回る0.83を記録した
- Benchling、BioRender、PubMed、10x Genomicsなど6つの科学プラットフォームへの新しいコネクターが追加された
- Agent Skillsを活用し、単一細胞RNA-seq品質管理など、研究プロトコルを一貫して実行できる
- 文献レビュー、プロトコル生成、バイオインフォマティクス解析、規制対応など、研究プロセス全体を支援する
- AI for Scienceプログラムを通じて、研究者に無料のAPIクレジットを提供している
詳細解説
Claude Sonnet 4.5の生命科学タスクでの性能向上
Anthropicによれば、最新モデルのClaude Sonnet 4.5は、生命科学分野の様々なタスクで従来モデルを大きく上回る性能を示しました。実験室でのプロトコル理解能力を測定するProtocol QAベンチマークでは、Sonnet 4.5が0.83のスコアを記録し、人間の基準値0.79を超える結果となっています。前モデルのSonnet 4が0.74だったことを考えると、大幅な改善と言えます。
Protocol QAは、実験手順の記述を正確に理解し、実行可能な形に解釈できるかを評価する指標です。研究現場では、複雑な実験プロトコルを正確に理解し実行することが求められるため、この指標での向上は実用面で重要な意味を持つと考えられます。また、バイオインフォマティクスタスクを評価するBixBenchにおいても、同様の改善が確認されているとのことです。
科学プラットフォームへの新しいコネクター
Anthropicは、Claudeを科学研究のツールに直接接続できる6つの新しいコネクターを追加しました。
- Benchlingは実験ノートや記録への参照を提供します。
- BioRenderは検証済みの科学図表やテンプレートのライブラリへアクセスを可能にします。
- PubMedは数百万の生物医学研究論文にアクセスできます。
- Wiley開発のScholar Gatewayは査読済みの科学コンテンツを提供します。
- Synapse.orgは公開・非公開プロジェクトでのデータ共有と分析を支援します。
- 10x Genomicsは自然言語で単一細胞・空間解析を実行できるとされています。
これらは既存のGoogle WorkspaceやMicrosoft SharePoint、Databricks、Snowflakeなどのコネクターに追加される形となります。
コネクターは、AIモデルが外部のデータベースやツールと連携するための仕組みです。研究者は、Claude上で質問するだけで、これらのプラットフォームに保存された情報を直接参照できるようになります。ただし、各コネクターの具体的な利用条件や、機関ごとのアクセス権設定については、導入前に確認が必要でしょう。
Agent Skillsによる研究プロトコルの自動化
先週リリースされたAgent Skills機能を生命科学分野でも活用できるようになりました。Skillsは、特定のタスクを実行するための手順書、スクリプト、リソースをまとめたフォルダーで、Claudeが一貫して特定の手順を実行できるようにします。
Anthropicは最初の科学的Skillとして「single-cell-rna-qc」を開発しました。これは、scverseのベストプラクティスに従って、単一細胞RNAシーケンシングデータの品質管理とフィルタリングを実行します。scverseは、単一細胞解析のためのPythonツール群を提供するコミュニティプロジェクトで、研究コミュニティで広く使われている標準的な手法です。
研究者は独自のSkillsを作成することも可能です。実験室ごとに異なるプロトコルや手順を、Claudeが再現可能な形で実行できるようにする仕組みと言えます。ただし、生物学的データの解釈には専門知識が必要であり、Skillsの出力を検証する体制は引き続き重要でしょう。
研究プロセス全体での活用方法
Anthropicの発表では、Claude for Life Sciencesの具体的な活用例として4つの領域が挙げられています。
第一に、文献レビューと仮説開発です。Claudeは生物医学文献を引用・要約し、その内容に基づいて検証可能なアイデアを生成できます。発表では、データ分析から文献レビュー、新規の洞察の探索、プレゼンテーション作成、BioRenderからの図表追加まで、一連のワークフローがデモンストレーションされています。
第二に、プロトコル生成です。Benchlingコネクターを使用して、研究プロトコル、標準操作手順、同意書類を作成できるとされています。これらの文書作成は研究現場で時間のかかる作業ですが、テンプレート化されたフォーマットに沿った文書であれば、AIによる効率化の余地があると考えられます。
第三に、バイオインフォマティクスとデータ解析です。Claude Codeを使用してゲノムデータを処理・分析し、結果をスライド、文書、コードノートブック形式で提示できます。大規模なゲノムデータの前処理や可視化は、プログラミングスキルを要する作業ですが、自然言語での指示によって実行できれば、より多くの研究者がアクセスしやすくなる可能性があります。
第四に、臨床および規制対応です。規制当局への提出書類の作成やレビュー、コンプライアンスデータの編集を支援します。医薬品開発では、規制文書の正確性が極めて重要であり、こうした用途では人間による最終確認が必須となるでしょう。
Anthropicは、これらのタスクで最良の結果を得るためのプロンプトライブラリも提供しています。
パートナーシップとサポート体制
Anthropicは、専門家チームによる実践的サポートを提供するとしています。また、生命科学分野でのAI導入を専門とする企業とのパートナーシップも発表されました。Caylent、Deloitte、Accenture、KPMG、PwC、Quantium、Slalom、Tribe AI、Turingなどのコンサルティング企業に加え、クラウドパートナーであるAWSとGoogle Cloudとも連携しています。
これらのパートナーは、組織がClaudeを生命科学研究に統合する際の技術的・戦略的支援を提供すると考えられます。特に大規模な研究機関や製薬企業では、既存のITインフラやデータ管理システムとの統合が課題となるため、こうした支援体制は重要でしょう。
AI for Scienceプログラムによる研究支援
Anthropicは、AI for Scienceプログラムを通じて、世界中の主要な研究者に無料のAPIクレジットを提供しています。このプログラムは、科学的に重要なプロジェクトに取り組む研究者を支援し、同時にAnthropicがClaudeの新しい応用例を特定する機会にもなっています。
研究者は現在もプロジェクトアイデアの提出を受け付けているとのことです。資金面での制約がある研究室にとって、APIクレジットの提供は実験的な試みを可能にする貴重な機会と言えます。ただし、無料クレジットの規模や継続性については、プログラムの詳細を確認する必要があります。
提供形態とアクセス方法
Claude for Life Sciencesは、Claude.comとAWS Marketplaceを通じて利用可能で、Google Cloud Marketplaceでも近日中に提供予定とされています。詳細情報やデモの設定については、Anthropicの専用ページから問い合わせができます。
まとめ
Anthropic「Claude for Life Sciences」は、生命科学研究の各段階で活用できる機能を統合したソリューションです。性能向上、専門プラットフォームへの接続、研究プロトコルの自動化により、研究者の作業効率化が期待されます。ただし、生物学的データの解釈や規制対応では、引き続き専門家による検証が重要になるでしょう。研究現場での実際の活用事例が、今後の普及を左右すると考えられます。