[ニュース解説]AIと著作権の歴史的転換点:Anthropic、作家らとの訴訟で15億ドルの和解へ

目次

はじめに

 人工知能(AI)技術が急速に進化する中で、その学習データに利用される著作物の権利をどう扱うべきかという問題が大きな議論を呼んでいます。AIは膨大な量のテキストや画像を学習することで人間のように自然な文章を生成したり、美しい絵を描いたりする能力を獲得します。しかし、その学習データに、許可なく使用された書籍や記事が含まれている場合、それは著作権の侵害にあたるのではないかという点が世界中で問われています。

 本稿では、この「AIと著作権」の問題に大きな影響を与える可能性のある、一つの重要な和解について解説します。米国のAI企業であるAnthropic社が、作家グループから起こされた著作権侵害訴訟に対し、最低でも15億ドル(約2250億円以上)という巨額の和解金を支払うことに合意しました。

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要点

  • AI企業Anthropicが、作家グループとの著作権侵害訴訟において、最低15億ドルを支払うことで和解に合意した。
  • 争点は、Anthropicが大規模言語モデルのトレーニングのために、海賊版サイトから入手したとされる約50万点の書籍を不正に利用したことである。
  • 裁判所は、AIの学習プロセス自体は「変容的(transformative)」であり「フェアユース(公正な利用)」に該当する可能性があるとしつつも、海賊版の書籍をダウンロードする行為はフェアユースには当たらないという重要な判断を示した。
  • この和解は、米国の著作権訴訟史上、最大規模の一つとなる可能性があり、今後のAI開発における著作権の扱いや、他の同様の訴訟に大きな影響を与えると考えられる。

詳細解説

訴訟の背景:何が問題とされたのか?

 今回の訴訟は、3人の作家が原告となり、AI企業Anthropic社を相手取ってカリフォルニア州の連邦裁判所に提訴したものです。彼らの主張の核心は、Anthropic社が自社のAIモデル(大規模言語モデル)をトレーニングする過程で、著作権で保護された書籍を大規模かつ組織的に無断で利用したという点にあります。

 具体的には、原告側はAnthropic社が「Library Genesis」や「Pirate Library Mirror」といった、インターネット上で違法に書籍を公開している海賊版サイトから約50万点もの書籍をダウンロードし、それをAIの学習データとして商業的に利用したと訴えました。これは、作家たちの創造的な労働の成果を、対価を支払うことなく盗用する行為であるというのが原告側の主張です。

裁判所の判断:「フェアユース」を巡る重要な解釈

 この訴訟において、Anthropic社は自社の行為が米国の著作権法で定められた「フェアユース(公正な利用)」に該当すると反論していました。フェアユースとは、著作権者の許可なく著作物を利用できる例外的な規定であり、その利用が批評、報道、研究、教育などの目的で、かつ元の著作物の市場価値を不当に損なわない「変容的(transformative)」なものであるかどうかが重要な判断基準となります。

 これに対し、連邦裁判所のウィリアム・アルサップ判事は、非常に興味深い判断を下しました。判事は、AIが書籍を学習し、全く新しい文章やアイデアを生み出すプロセスは、元の作品を単に複製するのではなく、新たな価値を生み出す「変容的」な利用であるため、フェアユースに該当すると認めました。

 しかし、その一方で、判事は「海賊版のコピーをダウンロードする行為そのものはフェアユースには当たらない」と明確に断じました。つまり、たとえ利用目的が公正であったとしても、その元となるデータが違法な手段で入手されたものであれば、その行為は正当化されない、という非常に重要な線引きを行ったのです。この判断が、今回の和解に至る大きな要因となったと考えられます。

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和解の内容とその歴史的な意義

 裁判所の判断を受け、Anthropic社は原告側と和解交渉を進め、最終的に最低でも15億ドルを支払うことで合意しました。この金額は、訴訟の対象となった約50万点の著作物に対し、1作品あたり3,000ドルを支払う計算に基づいています。原告側の弁護士は、「承認されれば、この画期的な和解は、米国の著作権訴訟の歴史において、公に報告された中で最大の賠償額になるだろう」と述べており、その規模の大きさがうかがえます。

 この和解は、単なる一個別の訴訟の決着以上の意味を持ちます。現在、AI開発を巡っては、人気作家のジョージ・R・R・マーティン氏やジョン・グリシャム氏らが、ChatGPTを開発するOpenAI社を相手取って同様の集団訴訟を起こしています。今回のAnthropic社の和解は、こうした他の訴訟の行方にも大きな影響を与え、AI企業がクリエイターの権利をどのように扱うべきかという業界全体の基準を形作る上での重要な前例となる可能性があります。

まとめ

 今回解説したAnthropic社と作家グループとの和解は、AI技術の発展とクリエイターの権利保護という、現代社会が直面する重要な課題に一つの大きな方向性を示したと言えるでしょう。

 裁判所が示した「AIの学習は変容的利用だが、違法なデータの入手は許されない」という判断は、今後のAI開発企業にとって重い意味を持ちます。これからは、AIの性能向上だけでなく、その学習データの「出所」と「正当性」を確保することが、企業が事業を継続する上での必須条件となります。この動きは、クリエイターに適正な対価が支払われるエコシステムの構築を促し、AIと人間が共存する未来に向けた重要な一歩となるかもしれません。

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