はじめに
本稿では、世界最大級のEコマース企業であるAmazonが、顧客への配送体験を向上させるために導入した最新のAI技術について、Amazonの公式ブログで2025年6月11日に公開された「Amazon announces 3 AI-powered innovations to get packages to customers faster」という記事を元に、AIがどのようにして私たちの荷物をより速く、より正確に届けてくれるのか、その舞台裏で起きている技術革新を解説します。
引用元記事
- タイトル: Amazon announces 3 AI-powered innovations to get packages to customers faster
- 発行元: Amazon
- 発行日: 2025年6月11日
- URL: https://www.aboutamazon.com/news/operations/amazon-ai-innovations-delivery-forecasting-robotics
要点
- Amazonは、「配送精度の向上」「需要予測の高度化」「ロボットの自律化」という3つの分野で、AIを活用した画期的なイノベーションを発表した。
- 生成AIを用いたマッピング技術「Wellspring」は、複雑な集合住宅などでも、荷物を届けるべき正確な場所(個々の建物、入り口、郵便受けなど)を特定し、配送の精度を劇的に向上させる。
- 新しいAI需要予測モデルは、天候や祝日といった多様なデータを分析し、顧客が必要とする商品を、必要な場所に、必要なタイミングで配置することを可能にし、配送の高速化と環境負荷の低減を実現する。
- エージェントAI技術の開発により、ロボットが人間の自然言語による曖昧な指示を理解し、自ら考えて行動できるようになり、従業員の作業負担軽減とオペレーション全体の効率化を目指す。
詳細解説
生成AIが配送の「最後の壁」を突破する:マッピング技術「Wellspring」
オンラインで注文した商品が、自宅の玄関ではなく、少し離れた建物の前に置かれてしまった、という経験はないでしょうか。特に、複数の建物が立ち並ぶ大規模なマンションや、開発されたばかりの新しい住宅地では、正確な配送場所を特定するのが難しい場合があります。
この課題を解決するのが、生成AIを活用した新しいマッピング技術「Wellspring」です。これは単なる地図アプリではありません。衛星画像、道路網、建物の形状、さらには過去の配送データやドライバーが撮影した配達完了写真といった、膨大で多様な情報をAIが統合・分析します。これにより、「〇〇マンションの何号棟の、どの入り口から入り、どこにある郵便受けに投函するのが最適か」といった、これまでは人間の経験と勘に頼っていたレベルの詳細な配送ルートを自動で生成できるのです。
Amazonによると、2024年10月にアメリカでテストを開始して以来、この技術によって14,000以上の集合住宅地で280万もの住所が個々の建物に正確にマッピングされたといいます。これは、AIが「テキスト」や「画像」だけでなく、物理世界の複雑な空間情報を理解し、整理する能力を持つことを示す画期的な事例です。この技術により、配送ドライバーは迷うことなく、より確実にお客様が指定した場所へ荷物を届けられるようになります。
AIが未来を読む:より賢くなった需要予測モデル
「欲しい商品が常に在庫にあり、注文すればすぐに届く」という体験の裏側には、極めて高度な需要予測技術があります。Amazonは、この需要予測をさらに進化させるため、新しいAIモデルを開発しました。
従来のシステムが主に過去の販売実績データに依存していたのに対し、新しいモデルはそれに加えて、天候のパターン(例えば、猛暑になれば扇風機の需要が増える)や祝日のスケジュール、地域ごとの特性(例えば、夏には海辺の街で日焼け止めが、冬には山岳地帯でスキー用品が売れる)といった、時間や場所によって変動する多様な要因を学習します。
これは、特定のタスクに特化していたAIから、より広範な知識を学習し応用する「基盤モデル(Foundation Model)」と呼ばれる考え方を応用したものです。このモデルにより、Amazonは商品の需要をより高い精度で予測できるようになりました。結果として、セールイベントにおける全国的な長期予測の精度が10%、数百万の人気商品における地域予測の精度が20%も向上したと報告されています。
この精度の向上は、単に在庫管理がうまくなるだけではありません。商品を無駄なく最適な物流拠点に配置できるため、顧客への配送距離が短縮され、配送の高速化(例えば、2日かかっていたものが当日配送になる)と、トラックの走行距離削減によるCO2排出量の削減にも直接つながるのです。
ロボットが「言葉」を理解する日:エージェントAIの挑戦
Amazonの巨大な物流倉庫(フルフィルメントセンター)では、すでに75万台以上のロボットが商品の棚を運ぶなど、様々な形で活躍しています。そして今、Amazonはそのロボットたちをさらに進化させようとしています。それが「エージェントAI」の研究です。
エージェントAIとは、単にプログラムされた作業を繰り返すだけでなく、周囲の状況を認識し、与えられた指示を解釈し、自律的に判断して行動する能力を持つAIのことです。Amazon Robotics内の専門チームは、ロボットが人間の自然な言葉(自然言語)を理解して行動できるようにするAIフレームワークを開発しています。
これを実現する核となるのが、視覚言語モデル(VLM – Vision Language Models)です。これは、カメラが捉えた映像(視覚情報)と、人間の言葉(言語情報)を結びつけて理解する技術です。将来的には、作業員がロボットに対して「あなたの左にある黄色いカゴの中身を全部、あそこの灰色のカゴに移して」といった、曖昧で口語的な指示を出すだけで、ロボットがその意味を理解し、タスクを正確に実行できるようになることを目指しています。
この技術が実現すれば、従業員は重い物やかさばる物を運ぶといった単純作業から解放され、より創造的で複雑な問題解決に集中できるようになります。ロボットはより安全で versatile(多用途)なアシスタントとなり、物流オペレーション全体の効率と安全性を飛躍的に向上させることが期待されています。
まとめ
本稿で紹介したように、Amazonは生成AI、需要予測モデル、エージェントAIという3つの先進的な技術を駆使して、物流の未来を大きく変えようとしています。これらのイノベーションは、私たち顧客にとっては「より速く、より正確な配送」という直接的な利益をもたらすだけでなく、従業員にとっては「より安全で質の高い労働環境」を、そして社会全体にとっては「環境負荷の低減」という価値を提供します。
AIが単なる技術的な流行語ではなく、私たちの生活を支える社会インフラの根幹で、いかに実践的に活用されているかを示す好例と言えるでしょう。Amazonの挑戦は、Eコマースと物流の未来がAIと共に進化していくことを明確に示しています。