はじめに
本稿では、Lex Fridmanポッドキャストの「Demis Hassabis: Future of AI, Simulating Reality, Physics and Video Games」という2025年7月のエピソードをもとに、GoogleDeepMindのCEOであるデミス・ハサビス氏のAIに関する最新の見解を解説します。ハサビス氏は、タンパク質の構造予測でノーベル賞を受賞したAlphaFoldの開発者としても知られており、AGI(汎用人工知能)の実現から科学研究への応用まで、AI技術の最前線について語っています。
参考記事
- タイトル:Demis Hassabis: Future of AI, Simulating Reality, Physics and Video Games | Lex Fridman Podcast #475
- 著者:Lex Fridman(ゲスト:Demis Hassabis)
- 発行元:Lex Fridman Podcast
- 発行日:2025年7月24日
- URL:https://www.youtube.com/watch?v=-HzgcbRXUK8
要点
- 自然界の学習可能性理論:自然界で生成・発見されるパターンは、古典的学習アルゴリズムによって効率的に発見・モデル化できるという新たな予想を提示
- P vs NP問題への新視点:情報を宇宙の基本単位と捉え、P vs NP問題を物理学の問題として再定義する可能性
- Veo 3の物理理解:動画生成AIが流体力学や材料の物理的振る舞いを驚くほど正確に再現し、直感的物理学を理解していることを示唆
- AGI実現時期の予測:2030年までに50%の確率でAGIが実現すると予測。判定基準として新しい科学的予想の創出を重視
- 科学研究への応用:細胞の完全シミュレーション、生命の起源の解明など、AI技術による科学の加速化
- エネルギー問題への貢献:核融合制御、新材料開発、太陽電池効率化などを通じたエネルギー革命への期待
詳細解説
自然界のパターンと学習アルゴリズムの新理論
ハサビス氏は、ノーベル賞受賞講演で提示した予想について詳しく説明しています。この予想は「自然界で生成または発見できるあらゆるパターンは、古典的学習アルゴリズムによって効率的に発見・モデル化できる」というものです。
この理論の背景には、AlphaGoやAlphaFoldの成功体験があります。囲碁の可能な局面数は10の170乗、タンパク質の可能な構造数は10の300乗と、宇宙の原子数を遥かに超える組み合わせ数であるにも関わらず、これらの問題が解決可能であったことが根拠となっています。
重要なのは、自然界のシステムが進化的プロセスを経ていることです。ハサビス氏は「生存競争における最適者生存」ならぬ「最安定者生存」という概念を提示し、山の形状(風化プロセス)から惑星の軌道(重力プロセス)まで、あらゆる自然現象が何らかの選択圧を受けて現在の形に落ち着いていると説明しています。
P vs NP問題への新たなアプローチ
従来の計算複雑性理論に対して、ハサビス氏は情報を宇宙の基本単位として捉える新しい視点を提示しています。「エネルギーや物質よりも情報がより基本的で、これらは相互変換可能だが、宇宙を情報システムとして理解すべき」という考え方です。
この視点から、P vs NP問題は物理学の問題として再定義されます。自然界の構造を持つ問題群を新しい複雑性クラス「LNS(Learnable Natural Systems)」として分類し、これらが古典的コンピュータで効率的に解決可能であることを示そうとしています。
Veo 3の物理理解能力
GoogleDeepMindの動画生成AI「Veo 3」について、ハサビス氏は特に物理的振る舞いの再現能力を強調しています。「YouTubeの動画を見ただけで、液体が油圧プレスで圧迫される様子や材料の反射特性を正確に再現できる」という事実は、従来の物理エンジン開発の困難さを知る同氏にとって驚異的でした。
この能力は、直感的物理学の理解を示唆しています。人間の子供が物理方程式を知らずとも「机から落としたコップは割れる」ことを理解するように、Veo 3は観察から物理的原理を抽出していると考えられます。これは「身体性を持たずとも物理世界を理解できる」という従来の認知科学の前提に挑戦する発見です。
AGI実現への道筋と判定基準
ハサビス氏は、2030年までに50%の確率でAGIが実現すると予測しています。ただし、AGIの定義として「人間の脳が持つ認知機能と同等」という高い基準を設定しています。
重要なのは判定基準です。単純な認知タスクのベンチマークではなく、以下のような創造的な飛躍を重視しています:
- 新しい科学的予想の創出:アインシュタインが特殊相対性理論を発見したような科学的洞察
- 新しいゲームの発明:囲碁のように深く美しいゲームの創造
- 1900年の知識カットオフテスト:1900年までの知識のみで相対性理論を導出できるか
これらの基準は、単なる情報処理能力ではなく、真の理解と創造性を測定することを目的としています。
科学研究への応用:細胞シミュレーション
ハサビス氏の長年の夢である「バーチャル細胞」プロジェクトについても言及されています。このプロジェクトは、細胞内の全相互作用をシミュレーションし、実験室での検証前にシリコン内で実験を行うことを目指しています。
現在のAlphaFoldは静的なタンパク質構造を予測しますが、AlphaFold 3では動的な相互作用(タンパク質-RNA、タンパク質-DNA間など)の予測に進歩しています。次の段階として、がんに関わる経路全体のモデル化、最終的には酵母細胞全体のシミュレーションを目標としています。
エネルギー問題への貢献
AI技術のエネルギー問題解決への応用についても詳しく議論されています。具体的には:
- 核融合制御:プラズマ制御システムの最適化
- 新材料開発:室温超伝導体や高効率太陽電池材料の設計
- エネルギー最適化:データセンター冷却システムや電力網の効率化
ハサビス氏は、20-30年後のエネルギー源として核融合と太陽光発電を予測し、これらが実現すれば「ほぼ無料で再生可能なエネルギー」が得られると期待しています。これにより、海水淡水化によるお水問題の解決、宇宙への輸送コスト削減による宇宙開発の民主化も可能になると展望しています。
人間性と意識の問題
AGIの発達に伴う人間の特別性についても議論されています。ハサビス氏は、意識を「情報処理時に感じられるもの」と定義し、古典的コンピュータでも意識が生まれる可能性を示唆しています。
ただし、基板の違い(炭素ベース vs シリコンベース)による経験の違いは重要な問題として残ります。将来的には脳コンピュータインターフェースを通じて、シリコン上での計算がどのような感覚なのかを直接体験できる可能性も言及されています。
まとめ
デミス・ハサビス氏の展望は、AI技術が単なる道具を超えて科学的発見のパートナーとなる未来を描いています。特に注目すべきは、自然界のパターンを効率的に学習できるという理論的枠組みと、それを実証するVeo 3の物理理解能力です。
2030年代のAGI実現に向けて、技術的なブレークスルーだけでなく、人間とAIの協調関係の構築が重要になります。エネルギー問題の解決、科学研究の加速、そして人間性の再定義という課題に対し、AI技術がどのような貢献をするか、今後の展開が注目されます。
日本にとっても、これらの技術動向を理解し、科学技術政策や教育制度の改革を通じて、AI時代に適応した社会づくりを進めることが求められるでしょう。