はじめに
本稿では、近年の技術革新、特に AI(人工知能)の急速な発展と、国際的な経済状況の変化、とりわけ関税政策が、米国のテクノロジー業界の雇用市場、特に新卒者の就職状況にどのような影響を与えているのかについて、USA TODAY の記事「Tech job openings vanish as AI, tariffs change hiring landscape」を基に、解説していきます。
引用元記事
- タイトル: Tech job openings vanish as AI, tariffs change hiring landscape
- 著者: Paul Davidson
- 発行元: USA TODAY
- 発行日: 2025年6月5日
- URL: https://www.usatoday.com/story/money/2025/06/05/ai-replacing-tech-jobs/84016842007/
要点
- 米国の技術分野における求人の減少は、AI の台頭と関税政策の不確実性が主な要因である。
- 特に、これまで新卒者の受け皿となっていたエントリーレベルの技術職が AI によって代替されつつあり、22歳から27歳の新卒者の失業率は、全労働者の失業率を上回るという過去数十年の傾向を覆す事態となっている。
- 多くのテクノロジー企業は、コスト効率向上のため AI 導入を進めており、基本的なソフトウェア開発業務などで新規採用を抑制し、人員削減を行うケースも出ている。
- 一方で、AI を活用するためのデータアーキテクトやAIコーチといった、より高度な分析的専門性を持つ人材の需要は高まっている。
- この傾向は今後も続くと見られ、2030年までには米国の現行労働時間のうち最大30%が自動化される可能性があると予測されている。
詳細解説
景気減速だけではない、米雇用市場の変化
米国労働省の発表によると、2025年5月の雇用者数は12万5千人増と、それまでの平均18万1千人増から鈍化が見込まれています。失業率は歴史的に低い4.2%を維持すると予測されていますが、パンデミック後の需要の落ち着き、高い人件費や金利が企業収益を圧迫し、ここ数年、雇用者数の伸びは徐々に鈍化しています。トランプ大統領が導入した関税は、インフレ再燃と個人消費の落ち込みを招く可能性があり、さらなる雇用抑制につながるとエコノミストは指摘しています。
しかし、オックスフォード経済研究所のシニアエコノミスト、マシュー・マーティン氏は、これらに加えて、ここ数年で顕在化し、勢いを増している採用パターンの根本的な変化にも注目すべきだと述べています。その変化とは、AI によるエントリーレベルの仕事の置き換えです。
新卒者を直撃する AI の波
ニューヨーク連邦準備銀行のデータによると、2022年4月から2025年3月にかけて、22歳から27歳の新卒者の失業率は3.9%から5.8%へと急上昇しました。同時期、全労働者の失業率は3.7%から4%へと上昇しており、新卒者の失業率が全労働者の失業率を上回るという、過去数十年のトレンドが逆転する現象が起きています。
オックスフォード経済研究所の報告によれば、この背景には、IT 関連のエントリーレベルの仕事の減少があります。過去20年間、専門・科学・技術サービス分野、特にコンピューターサービスは新卒者の雇用を大きく増やしてきましたが、2022年以降、22歳から27歳のIT分野の雇用は8%減少しました。これに対し、27歳以上の大卒者のIT雇用は0.8%の増加、その他の職種の大卒者は2%の増加を見せています。労働省のデータでも、コンピューター関連職を含む専門・ビジネスサービス分野の求人件数は、過去2年間で約100万件から150万件減少しています。
この新卒者の苦境は、国全体の失業率上昇にも影響を与えており、2023年半ば以降の米国の失業率上昇(3.6%から4.2%)の12%は、新卒者の就職難に起因するとオックスフォード経済研究所は分析しています。
AI が変える採用基準と求められるスキル
人材派遣大手マンパワーグループの技術系採用部門 Experis U.S. の責任者であるカイ・ミッチェル氏は、多くのテクノロジー企業や様々な業界のIT部門が、かつて採用していたソフトウェア開発者の数を半分程度に減らしていると指摘しています。
その代わりに、AI が基本的なソフトウェア開発タスクを処理し、データアーキテクトやデータサイエンティスト、そして AI にデータを学習させ、操作方法を教える AI コーチといった職種が、そのデータを準備し、AI を訓練する役割を担っています。多くの開発者がこれらのより高度な役割へと再訓練されていますが、この移行は短期的にはエントリーレベルの求人を減らし、新卒者の機会を奪っています。ミッチェル氏は、「企業は採用に慎重になっており、AI を通じたコスト効率の向上を目指しています。この動きは貿易戦争によって生じた不確実性によって増幅されています」と述べています。「AI は新卒者にとって状況をより厳しくしています。」
ミッチェル氏は、IT を専攻する学生に対し、就職の可能性を高めるために、より分析的な専門分野の授業を履修するよう助言しています。「もしあなたがジェネラリスト(幅広い知識や技能を持つ人)であれば、苦境に立たされるでしょう」と彼女は警鐘を鳴らします。
大手テック企業も AI 導入と人員削減を同時進行
一方で、一部の大手テクノロジー企業は、管理業務、カスタマーサービス、データ入力といった業務を行っていた従業員を解雇し、AI に置き換えています。例えば、2025年5月、マイクロソフトは全世界で6,000人の人員削減を発表し、サティア・ナデラ CEO は、同社のコードの約30%が現在 AI によって書かれていると述べています。
テクノロジーニュースサイト tech.co によると、グーグルやセールスフォースといった他の企業も、大規模な AI 導入を発表すると同時に人員削減を行っています。伝統的に、一部の仕事を消滅させる新しい技術は、最終的には生産性と成長を高め、損失を相殺する新しいポジションを生み出してきました。しかし、ミッチェル氏は、「人々は本当に確信が持てないでいます…私たちはこれほど急速な AI の進歩の時代にこれまでいたことがありません」と、その変化の速さと不確実性を指摘しています。
今後の展望:自動化の波はどこまで広がるか
マッキンゼー・グローバル・インスティテュートの報告によれば、2030年までには、現在米国で労働されている時間の最大30%に相当する活動が自動化される可能性があり、このトレンドは AI によって加速されると予測されています。これは、特定の職種だけでなく、多くの仕事の内容が変化していくことを示唆しています。
このような米国の状況は、対岸の火事ではありません。日本においても、少子高齢化による労働力不足を補う手段として、また生産性向上の鍵として、AI の導入は今後ますます加速していくと考えられます。特に、定型的な業務やデータ処理といった分野では、AI による自動化が進みやすく、関連するエントリーレベルの求人に影響が出る可能性は十分にあります。
まとめ
本稿では、USA TODAY の記事を基に、AI と関税が米国の技術系雇用市場、特に新卒者に与えている深刻な影響について見てきました。エントリーレベルの仕事が AI に代替され、新卒者の失業率が悪化している現状は、私たちに多くのことを問いかけています。
重要なのは、AI を脅威としてだけ捉えるのではなく、AI と共存し、AI を活用できるスキルを身につけることです。記事で指摘されているように、データ分析能力や AI を使いこなすための専門知識の重要性はますます高まっています。これから社会に出る学生の皆さんは、専門性を深めるとともに、変化に柔軟に対応できる学習意欲と適応力を養うことが求められます。
また、企業側も、AI 導入による効率化と、人間の持つ創造性や共感性を活かした新しい働き方のバランスをどう取るかが問われます。短期的なコスト削減だけでなく、長期的な視点での人材育成や、AI 時代における人間の役割を再定義していく必要があるでしょう。
技術革新の波は止めることができません。しかし、その波にどう乗りこなし、未来を切り開いていくかは、私たち一人ひとりの学びと選択にかかっています。