はじめに
AIが文章の指示だけで、リアルタイムに操作可能な3D世界を生成する技術が現実のものとなりました。本稿では、Google DeepMindが2025年8月5日に発表した「Genie 3」について、その技術的革新性と将来への影響を詳しく解説します。この技術は、ゲーム開発、教育、ロボット訓練など、様々な分野に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
参考記事
- タイトル: Genie 3: A new frontier for world models
- 著者: Jack Parker-Holder, Shlomi Fruchter
- 発行元: Google DeepMind
- 発行日: 2025年8月5日
- URL: https://deepmind.google/discover/blog/genie-3-a-new-frontier-for-world-models/
要点
- Genie 3は汎用的な世界モデルで、テキストプロンプトから対話可能な仮想環境を自動生成する
- リアルタイム性能:24fps、720p解像度で数分間の一貫性を維持しながら操作可能
- 4つの主要機能:物理現象のモデリング、自然世界のシミュレーション、アニメーション・フィクション表現、歴史的場所の探索
- 技術的突破:長期間の環境一貫性、プロンプト可能な世界イベント、リアルタイム相互作用
- AIエージェント訓練への応用:SIMAエージェントとの互換性を確認、より複雑な目標達成が可能
- 現在の制限:限定的なアクションスペース、マルチエージェント相互作用の困難、実世界の地理的精度の課題
詳細解説
世界モデルとは何か
世界モデルとは、AIが現実世界や仮想世界の物理法則や動作原理を理解し、それに基づいて環境の変化を予測・シミュレーションするシステムのことです。従来のゲームエンジンや3Dモデリングソフトでは、開発者が明示的にルールやオブジェクトを設計する必要がありましたが、世界モデルは学習データから自動的にこれらの法則を習得します。
Google DeepMindは過去10年以上にわたってシミュレーション環境の研究を進めており、リアルタイム戦略ゲームのマスター、オープンエンド学習、ロボティクスなど様々な分野で成果を上げてきました。Genie 3は、これまでのGenie 1、Genie 2、動画生成モデルのVeo 2、Veo 3の技術を統合した集大成といえます。

Genie 3の革新的機能
1. 物理現象の高精度モデリング
Genie 3は水の流れ、光の反射、複雑な環境相互作用など、自然の物理現象を高い精度で再現します。例えば、「光の祭り中のジェットスキー」や「小さな滝がある海岸の崖の上でヘリコプターを慎重に操縦する」といったプロンプトから、水しぶきや光の表現まで含めた動的な世界を生成します。
2. 生態系の包括的シミュレーション
動物の行動から複雑な植物の生育まで、生きた生態系全体をシミュレーションできます。これは単なる背景の装飾ではなく、相互に影響し合う動的なシステムとして機能します。
3. 創造的表現の実現
「トカゲになる、折り紙スタイル」のような抽象的で創造的な指示も理解し、ファンタジー世界や表現豊かなアニメーションキャラクターを生成できます。これにより、従来の3Dモデリングでは困難だった創造的なビジョンの実現が可能になります。
4. 時空を超えた探索
「クレタ島のクノッソス宮殿を栄光の絶頂期の姿で探索する」といった歴史的設定や地理的制約を超えた世界の生成が可能です。教育やバーチャル観光への応用が期待されます。
技術的な突破点
リアルタイム処理の実現
24フレーム毎秒での即座応答を実現するため、Genie 3では重要な技術的突破が行われました。自己回帰的な生成過程において、ユーザーが1分前に訪れた場所を再訪する際、モデルは関連する情報を正確に参照する必要があります。この計算を1秒間に複数回、リアルタイムで実行することが可能になりました。
長期間の環境一貫性
自己回帰的に環境を生成する際、時間の経過とともに不正確さが蓄積される問題がありました。しかし、Genie 3は数分間にわたって物理的な一貫性を維持し、1分前の視覚的記憶まで保持できます。これは創発的な能力として現れており、明示的な3D表現に依存するNeRFsやGaussian Splattingとは異なり、フレーム単位の動的生成により実現されています。

プロンプト可能な世界イベント
ナビゲーション入力に加えて、テキストベースでの世界操作が可能になりました。天候の変更、新しいオブジェクトやキャラクターの導入など、従来のゲームでは事前にプログラミングが必要だった要素を、自然言語で動的に変更できます。
AIエージェント訓練への応用
Genie 3の重要な応用分野の一つが、AIエージェントの訓練環境としての活用です。Google DeepMindのSIMAエージェント(3D仮想環境用の汎用AIエージェント)との互換性テストでは、従来よりも長いアクション序列の実行と、より複雑な目標の達成が可能であることが確認されました。
これはAGI(汎用人工知能)への道筋における重要な進歩です。無制限の豊富なシミュレーション環境でAIエージェントを訓練できることで、現実世界での応用に向けた準備が大幅に加速されます。
現在の制限と課題
Genie 3には現時点で以下の制限があります:
- 限定的なアクションスペース:エージェントが直接実行できる行動の範囲が制約されている
- マルチエージェント相互作用:複数の独立したエージェント間の複雑な相互作用のモデリングが困難
- 地理的精度の限界:実世界の場所を完璧な地理的精度でシミュレーションできない
- テキスト表現の制限:明確で読みやすいテキストの生成が入力記述に依存
- 相互作用時間の制限:現在は数分間の連続相互作用に限定
責任ある開発への取り組み
Google DeepMindは、Genie 3のオープンエンドでリアルタイムな機能が新たな安全性と責任の課題をもたらすことを認識しています。そのため、責任ある開発・革新チームと密接に協力し、限定的な研究プレビューとして学術関係者とクリエイターの小規模なグループに早期アクセスを提供する慎重なアプローチを採用しています。
まとめ
Genie 3は、テキストプロンプトからリアルタイムで操作可能な3D世界を生成するという、これまで不可能とされていた技術を実現しました。この技術は、ゲーム開発、教育、ロボット訓練、メディア制作など、幅広い分野に変革をもたらす可能性を秘めています。
ゲーム産業での競争力強化、教育コンテンツの革新、ロボティクス分野での応用拡大など、多方面での活用が期待されます。一方で、技術の成熟度や責任ある利用への配慮も重要な課題として残されています。
今後、この技術がどのように発展し、社会に実装されていくか、そして日本の産業界がこの変革にどう対応していくかが注目されます。Genie 3は単なる技術的突破ではなく、デジタル世界の創造と相互作用の未来を示す重要なマイルストーンといえるでしょう。