[ニュース解説]AIに忍び寄る「エネルギーの壁」:米国最大の電力網の悲鳴

目次

はじめに

 本稿では、ロイターが2025年7月9日に報じた「America’s largest power grid is struggling to meet demand from AI」という記事を基に、AIの爆発的な普及がアメリカ最大の電力網にどのような影響を与えているのか、そしてその背景にある構造的な問題について解説していきます。

引用元記事

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要点

  • アメリカ最大の電力系統運用機関であるPJM Interconnectionは、AIとデータセンターによる電力需要の急激な増加に対応できず、電力価格が歴史的な水準で高騰している。
  • PJMの管轄地域では、この夏の電力料金が20%以上上昇すると予測されている。
  • 需要の急増に対し、老朽化した発電所の閉鎖ペースに新規発電所の建設が追いついていない「供給力不足」が根本的な原因である。
  • PJM自身のオークションの遅延や、新規発電所を電力網に接続するための手続きが停滞していることが、問題をさらに悪化させていると厳しく批判されている。
  • この問題は、AI時代のエネルギー問題を象徴するものであり、AI活用とデータセンター誘致を進める各国にとっても同様の問題が起きる可能性がある。

詳細解説

何が起きているのか? – AIが引き起こす「静かなる電力危機」

 問題の中心にいるのは、PJM Interconnection(以下、PJM)という組織です。PJMは、イリノイ州から東海岸のニュージャージー州に至るまで、アメリカの13州にまたがる広大な地域で電力の安定供給を管理する、アメリカ最大の地域送電機関(RTO)です。約6,700万人もの人々の生活と経済活動を支える、まさに電力インフラの心臓部と言える存在です。

 このPJMの管轄エリアで今、深刻な事態が進行しています。記事によれば、一部地域ではこの夏の電力料金が20%以上も急騰する見込みとされています。その直接的な引き金となったのが、2023年に行われた「容量市場オークション」での価格の異常な高騰でした。このオークションでは、価格が800%以上も跳ね上がるという、前代未聞の事態が発生しました。

 ここで少し専門的な「容量市場」について補足します。これは、将来の電力不足を防ぐために、「いざという時に確実に発電できる能力(供給力)」をあらかじめ確保するための仕組みです。発電所は「将来、電気を供給する権利」をオークションで売り、電力会社などがそれを購入します。この取引価格が、最終的に私たちの電気料金に反映されるのです。この価格が800%も高騰したということは、それだけ将来の供給力不足が深刻に懸念されていることの表れに他なりません。

なぜ電力不足に? – 「需要爆発」と「供給の遅れ」という構造問題

 では、なぜこれほどまでに供給力が不安視されているのでしょうか。原因は、需要と供給の両面にあります。

需要側:AIとデータセンターが電力を「爆食」

 最大の要因は、記事が指摘するようにAIとデータセンターによる爆発的な電力需要の増加です。特にChatGPTのような生成AIは、その学習と運用に膨大な計算処理を必要とし、従来のデータセンターとは比較にならないほどの電力を消費します。

 PJMの管轄エリアには、世界最大のデータセンター集積地であるバージニア州北部の「データセンターアレー」が含まれており、この影響を真正面から受けています。PJMの予測では、2030年までにシステム全体で32ギガワットもの需要が増加し、そのほとんどがデータセンターによるものだとされています。これは、原子力発電所およそ32基分に相当する莫大な電力であり、いかに需要の伸びが異常であるかが分かります。

供給側:追いつかない発電所の新設

 一方で、供給側は多くの課題を抱えています。環境政策などにより、石炭やガスを燃料とする老朽化した発電所が次々と閉鎖されています。本来であれば、その分を新しい発電所で補う必要がありますが、その建設が全く追いついていません。

 その大きなボトルネックとなっているのが、「系統接続(Interconnection Queue)」の問題です。系統接続とは、新しく建設した発電所を、既存の電力網(送電線ネットワーク)に繋ぎ込むための手続きのことです。この手続きが完了しない限り、発電所は電気を作っても送ることができません。

 近年、特に太陽光や風力といった再生可能エネルギーの発電プロジェクトが急増したことで、PJMにはこの接続申請が殺到。一時期は2,000件以上の申請が滞留し、PJMは新規の申請受付を一時停止せざるを得ない状況に陥りました。記事で専門家が「系統接続の問題を解決しない限り、他の改革は無意味だ」と指摘している通り、これが供給力向上の大きな足かせとなっているのです。

PJMの混乱と改革の行方

 この危機的状況を受け、PJM内部は大きく揺れています。CEOが辞任を表明し、理事会の議長らが解任されるなど、組織的な混乱が続いています。さらに、PJMの「P」の由来でもあるペンシルベニア州(アメリカ最大の電力輸出国)の知事は、コスト削減や発電所の接続が迅速化されなければ「PJMから離脱することも辞さない」と強硬な姿勢を見せており、問題は政治的な次元にも発展しています。

 もちろんPJMも手をこまねいているわけではありません。オークション価格に上限を設けたり、オークションの開催頻度を年1回から2回に増やして市場の安定化を図ったりと、いくつかの改革案を打ち出しています。

 しかし、一度滞ってしまった流れを元に戻すのは容易ではありません。例えば、マイクロソフトとの契約で再稼働が決まった有名なスリーマイル島原子力発電所ですら、PJMの迅速化計画の下でも運転開始は早くとも2027年と見られています。爆発的に増え続けるAIの需要に、供給側の対策が追いつくかは極めて不透明な状況です。

まとめ

 本稿で解説してきたように、アメリカ最大の電力網が危機に直面しています。これは単なる電力不足ではなく、AIによる急激な需要の変容、既存インフラの老朽化、そしてエネルギー転換期における系統の課題が複合的に絡み合った、極めて現代的な構造問題です。

 そして、この問題は決してアメリカだけのものではありません。日本もまた、国策としてAI開発を推進し、データセンターの国内誘致を積極的に進めています。本稿で紹介したPJMの事例は、そうした技術革新を支えるエネルギーインフラの強靭化という課題が喫緊の課題であることが理解できます。AIの足元を支えるエネルギーの安定供給という基盤が今後の国家レベルでの課題となることは間違いありません。

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