はじめに
本稿では、AI技術の進化を根底から支える重要な半導体メモリ「HBM(高帯域幅メモリ)」に焦点を当て、AIの性能を最大限に引き出すために不可欠なHBMとは何か、そしてその市場は今後どのように変化していくのか、その市場の未来と技術動向について解説します。
参考記事
- タイトル: Exclusive: SK Hynix expects AI memory market to grow 30% a year to 2030
- 著者: Heekyong Yang and Max A. Cherney
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年8月11日
- URL: https://www.reuters.com/world/asia-pacific/sk-hynix-expects-ai-memory-market-grow-30-year-2030-2025-08-11/
要点
- 韓国の半導体大手SK Hynixは、AI向けに特化したメモリであるHBM(高帯域幅メモリ)の市場が、2030年まで年平均30%で成長すると予測している。
- この成長は、Amazon、Microsoft、Googleなどの大手クラウドコンピューティング企業による、AI分野への旺盛な設備投資によって牽引される見込みである。
- HBMは、複数のメモリチップを垂直に積層する技術により、AIが処理する膨大なデータを高速に転送することを可能にする。
- 次世代規格である「HBM4」からは、顧客の要求に応じて設計される「カスタム・ロジックダイ」が組み込まれる。これにより、HBMは汎用品から付加価値の高いカスタム製品へと性格を変え、他社製品との単純な置き換えが困難になる。
- トランプ政権が示唆した半導体への100%関税が実行された場合でも、SK HynixやSamsungは米国での製造拠点への投資計画があるため、対象外となる見通しである。
詳細解説
AI時代に不可欠な「HBM(高帯域幅メモリ)」とは?
まず、本稿の主題であるHBMについて解説します。HBMは「High-Bandwidth Memory」の略で、日本語では「高帯域幅メモリ」と訳されます。これは、AIの学習や大規模なデータ解析など、膨大な量のデータを極めて高速に処理する必要がある用途に特化したメモリ技術です。
HBMの最大の特徴は、複数のメモリチップを垂直に積み重ねる(積層する)点にあります。従来の一般的なメモリ(DRAM)が、マザーボードという基板の上に平面的に配置されるのに対し、HBMはチップをマンションのように上に積み上げて一つのパッケージに収めます。
この構造により、プロセッサ(GPUなど)とメモリ間のデータの通り道(メモリバス幅)を劇的に広げることができます。例えるなら、片側一車線の一般道が、一気に数十車線もある高速道路になるようなものです。これにより、AIモデルが学習や推論を行う際に発生するデータのボトルネック(渋滞)を解消し、プロセッサの性能を最大限に引き出すことができるのです。
HBM市場の力強い成長見通しと技術的進化
SK HynixのHBM事業企画責任者であるChoi Joon-yong氏は、HBM市場が2030年まで年率30%という高い成長を続けると予測しています。この楽観的な見通しの背景には、大手クラウド企業によるAIへの巨額な投資が今後さらに拡大するという確信があります。
特に注目すべきは、今後の技術的な変化です。記事によると、次世代規格のHBM4からは、製品の構造が大きく変わる可能性があります。具体的には、メモリを制御するための「ベースダイ」または「ロジックダイ」と呼ばれる半導体を、顧客の要求に応じて個別に設計・統合する動きが本格化します。
これは、HBMがもはや単なる標準化された部品(コモディティ)ではなく、Nvidiaのような特定の顧客のシステムに最適化された「カスタム製品」へと進化することを意味します。顧客ごとに異なる性能や消費電力の要求に応えることで、製品の付加価値は高まりますが、同時に他社製品への乗り換えが技術的に難しくなり、サプライヤーと顧客の関係がより強固になる可能性があります。
日本の半導体産業にとっての意義
HBM市場の拡大は日本の半導体産業にとっても大きな意味を持ちます。HBMの製造には、チップを積層し、接続するための高度な「後工程(パッケージング)」技術が不可欠です。
例えば、積層するチップ同士を電気的に接続するために、シリコンウェハに微細な貫通電極を形成するTSV(Through-Silicon Via)という技術が使われます。このTSVの形成や、チップを精密に貼り合わせる工程、そしてそれらを保護する封止材料など、多くの分野で日本の製造装置メーカーや材料メーカーが世界的に高い技術力とシェアを誇っています。
したがって、HBMの需要が拡大すればするほど、これらの後工程に関連する日本の企業のビジネスチャンスもまた、大きく広がっていくことが期待されます。
半導体サプライチェーンと地政学リスク
トランプ政権が示唆した「米国で生産していない半導体に対する100%の関税」についても言及されています。これは、半導体サプライチェーンにおける地政学的な緊張を象徴する動きです。
しかし、韓国の通商担当者は、SK HynixとSamsungは対象外になるとの見方を示しています。その理由は、両社がすでに米国(SK Hynixはインディアナ州、Samsungはテキサス州)での大規模な生産・研究開発拠点の建設計画を発表しているためです。これは、各国が経済安全保障の観点から自国内での半導体生産能力の確保を急ぐ中で、グローバル企業がどのように対応しているかを示す好例と言えるでしょう。日本でも今後地政学リスクに対応していく必要があります。
まとめ
本稿では、ロイター通信の記事を基に、AIの進化を支えるHBM市場の力強い成長見通しと、その背景にある技術的・戦略的な変化について解説しました。HBM市場は、大手テック企業のAI投資に支えられて今後も高い成長が見込まれています。そして、HBM4に代表される技術の進化は、メモリを単なる汎用品から顧客ごとに最適化された高付加価値製品へと変え、半導体業界の競争のあり方を大きく変える可能性を秘めています。