はじめに
TIME誌が2025年11月18日に報じた、AI生成インフルエンサー「Granny Spills」に関する記事を取り上げます。Google「Veo」やOpenAI「Sora」といった最新AI動画生成ツールの登場により、実在しないAIキャラクターがTikTokやInstagramで数百万のフォロワーを集める事例が出現しています。本稿では、このAIインフルエンサーの仕組み、利点と課題、そして今後の可能性について解説します。
参考記事
- タイトル: This AI Grandma Is Going Viral. Is She the Future of Influencing?
- 著者: Andrew R. Chow
- 発行元: TIME
- 発行日: 2025年11月18日
- URL: https://time.com/7329699/ai-influencers-tiktok-granny-spills/
要点
- Google「Veo 3」やOpenAI「Sora 2」といった最新AI動画生成ツールにより、実在しない人物を完全にAIで生成できるようになった
- Granny Spillsはピンク色のデザイナースーツを着たAIキャラクターで、4ヶ月以内にTikTokで40万フォロワー、Instagramで100万フォロワーを獲得した
- AIインフルエンサーは給与不要で撮影時間を大幅短縮でき、複数の国で同時展開が可能という利点がある
- 一方で、消費者からの信頼不足と「真正性の欠如」への指摘が強く、ブランド提携数は2024年比で30%減少している
詳細解説
AIインフルエンサーの台頭と技術背景
Granny Spillsは、コンテンツクリエイターのEric SuerezとAdam Vaserstein（Blur Studios所属）が制作したAIキャラクターです。「花は枯れるけど、私のシャネルバッグは永遠」といった大胆な人生アドバイスを配信し、わずか数週間で急速に人気を集めました。
このような合成インフルエンサーが実現可能になった背景には、AI動画生成技術の急速な進化があります。Google「Veo」やOpenAI「Sora」といったツールは、テキスト指示から実写級のビデオを生成できる性能に達しており、人間と区別がつきにくい映像品質が実現されています。Veo 3がリリースされた2025年春、Suerezはこの技術が自身の街頭インタビューコンテンツの脅威になると認識したと述べています。
制作効率と実装方法
Granny Spillsの制作方法からは、AI活用による効率化の実態が見えます。SuerezとVasersteinは、Anthropic「Claude」に過去の動画を学習させてコンセプトと台本を生成し、その出力を洗練してからVeoなどのAI動画ツールのプロンプトテンプレートに組み込んでいます。この方式により、一本の動画制作に5～10分で済むようになりました。従来は企画から撮影、編集まで相当な時間を要していたことと比較すると、劇的な時間短縮です。
このアプローチは、複数キャラクター展開にも対応しています。SuerezとVasersteinは現在、ビッグフット、街頭インタビュアー、フィットネスインストラクターなど、複数のAIキャラクターを運営しており、月間数十本の動画を製作可能な体制を構築しています。
ビジネス上の利点と展開可能性
AIインフルエンサーの最大の利点は、経営上のスケーラビリティです。給与や衣装予算が不要で、世界中どこでの「撮影」も可能です。また、広告キャンペーンのA/Bテスト段階で複数のキャラクターやコンセプトを試験的に展開できるため、リスク低減が可能です。
マーケティング戦略家のPolina Zuevは、AIインフルエンサーをクライアント企業向けに提供しており、言語翻訳機能を活用してマレーシア、シンガポール、ナイジェリアでの同時展開を実現しています。このように、地理的制約がないことは従来のインフルエンサー戦略にはない大きな利点と考えられます。
さらに、既存インフルエンサーがSora利用者に自分の顔の使用許可を与える動きも見られます。たとえば、Jake PaulやOpenAI CEOのSam Altmanは、ユーザーが自分の姿を模した動画制作を許可しており、インフルエンサーが自身のAIアバターを活用する未来像が現実化しつつあります。
課題と市場の現実的評価
しかし、AIインフルエンサーの市場導入には大きな課題があります。最初に大きな壁となっているのは、消費者からの信頼不足です。インフルエンサーマーケティング企業Linqiaが200社以上のマーケターを調査した結果によれば、89%が2026年にAIアバターやデジタルクローンのインフルエンサー起用を計画していません。
信頼不足の根底には「真正性」の問題があります。AIキャラクターは実際にその商品を使用したことがなく、その点での「ウソ」が消費者に感じ取られやすいということです。実際、Guess（ファッションブランド）がVogue誌に掲載したAIモデルの広告や、AI女優Tilly Norwoodの登場は、社会から強い反発を受けています。
さらに、2024年比での数値も課題の深刻さを示しています。Business Insiderの調査によれば、AIキャラクターを起用した広告とのブランド提携は、2024年比で30%減少しているとのことです。消費者がSNS上の「AIの質の低い生成物（AIスロップ）」に疲弊し、プラットフォームから離脱する動きも報告されており、市場心理の冷え込みが見られます。
TikTokがGranny Spillsの動画を「不正な、または低品質なコンテンツ」として創作者報酬プログラムから外しているという事例も、プラットフォーム側の慎重な姿勢を反映しています。
将来像と可能性
一方で、制作者たちはこの技術の可能性に確信を持っています。Vasersteinは「現実では不可能に近いことが作れる。想像力は無限」とコメントしており、純粋に創造的ツールとしてのAIの価値を主張しています。
OpenArtなどのプラットフォーム企業も、AIインフルエンサーとの「より直接的で個人化された、頻繁でリアルタイムなインタラクション」が可能な将来を描いており、単なる「広告塔」ではなく、ファン層との双方向コミュニケーション拠点としての位置づけを模索しています。これは従来のインフルエンサー戦略を補完する新しい形態として機能する可能性があります。
まとめ
Granny Spillsの事例から見えるのは、AI動画生成技術がインフルエンサー業界にもたらす大きな変化の波です。効率性と創造性の観点からは確実に新しい可能性を開きつつある一方で、消費者の信頼、雇用への影響、コンテンツの真正性という根本的な課題が存在します。市場データから見ると、現時点ではまだAIインフルエンサーへの採用は限定的で、むしろ反発が優勢です。ただし、技術の進化と消費者心理の変化によって、今後その立場は大きく変わる可能性があり、今後の動向は注視する価値があるといえます。
