はじめに
本稿では、AIが広告業界にどのような影響を与え、未来をどう変えようとしているのかについて、CNBCの「AI is disrupting the advertising business in a big way — industry leaders explain how」という記事をもとに解説していきます。
引用元記事
- タイトル: AI is disrupting the advertising business in a big way — industry leaders explain how
- 発行元: CNBC
- 発行日: 2025年6月15日
- URL: https://www.cnbc.com/2025/06/15/how-ai-is-disrupting-the-advertising-industry.html



要点
- AI、特に生成AIの台頭は、広告業界のビジネスモデルを根底から揺るがす「破壊的」な変化をもたらしている。
- WPPやPublicisといった世界的な広告代理店は、AIを脅威と認識しつつも、自社独自のAIプラットフォーム開発などを通じて、この変革を主導しようと積極的に動いている。
- AIは、クリエイティブ制作の劇的な高速化と、かつてない規模での「ハイパーパーソナライゼーション」を実現する強力なツールである。
- AIによる雇用の喪失は避けられないが、それ以上に新たな仕事が創出され、長期的にはプラスに作用するという見方が存在する。
- 一方で、消費者はAIの利用、特にクリエイティブ領域における人間の仕事への影響に強い懸念を抱いており、企業は技術的な可能性だけでなく、倫理的な側面を重視した「何をすべきか」という視点が不可欠である。
詳細解説
広告業界を揺るがす「破壊的」な変化
「AIによる破壊は、あらゆる業界の投資家を不安にさせており、私たちのビジネスを完全に破壊しています」。これは、世界最大の広告代理店グループであるWPPのCEO、マーク・リード氏が語った言葉です。彼のこの力強い発言は、AIが広告業界に与えているインパクトの大きさを物語っています。
ここでいうAI、特に業界に大きな影響を与えているのが「生成AI(Generative AI)」です。これは、テキストによる指示(プロンプト)から、画像、動画、文章、音楽といった新しいコンテンツを自動で作り出す技術の総称です。
これまで多くの時間と専門スキル、そしてコストを要した広告クリエイティブの制作が、生成AIによって劇的に高速化・低コスト化されつつあります。これが、リード氏の言う「ビジネスを完全に破壊している」という言葉の背景にある、構造的な変化です。
大手広告代理店はどう動いているのか?
この大きな変化に対し、業界のリーダーたちは手をこまねいているわけではありません。脅威を認識しつつも、それをビジネスチャンスと捉え、積極的にAI活用を進めています。
前述のWPP社では、「WPP Open」という独自のAI搭載マーケティングプラットフォームを開発し、すでに5万人もの従業員が業務で利用しているといいます。これは、AIの導入が単なる実験的な取り組みではなく、広告の企画立案からメディアプランニング、キャンペーンの最適化に至るまで、実務の根幹に組み込まれ始めていることを示しています。
また、フランスに本拠を置く広告大手Publicis GroupeのCEO、モーリス・レヴィ氏も、AIによって業界が「巨大な変革」の最中にあると述べています。彼が特に重要視するのは、以下の2点です。
- コンテンツ制作の劇的な高速化:生成AIにより、多様な広告クリエイティブを瞬時に大量生産できる。
- ハイパーパーソナライゼーションの実現:AIを活用することで、顧客一人ひとりの興味や状況に合わせて最適化されたメッセージを、大規模かつ自動的に届けることが可能になる。これは、従来のターゲティング広告をはるかに超える、究極の個別対応と言えます。
彼らはAIを、人間の仕事を奪う敵ではなく、人間の能力を拡張し、新たな価値を創造するための強力な「ツール」と位置づけています。
雇用の未来と、私たちが向き合うべき「倫理」
AIの進化についてまわるのが、雇用の問題です。レヴィ氏も「AIがいくつかの仕事を破壊することは確かだ」と認めています。しかし、彼はインターネットやスマートフォンが登場した時と同様に、失われる仕事以上に新しい仕事が生まれ、最終的な雇用のバランスはプラスになるだろうと楽観的な見方を示しています。
しかし、忘れてはならないのが「消費者」の視点です。調査会社Gartnerのアナリスト、ニコール・デマン・グリーン氏は、企業に対して警鐘を鳴らしています。同社の調査によると、消費者の82%が「企業はたとえ利益が減少しても、生成AIを利用する際には人間の雇用を優先すべきだ」と考えていることが明らかになりました。
これは非常に重要な指摘です。企業が効率や利益のみを追求してAI導入を進めると、消費者から思わぬ反発を受ける可能性があることを示唆しています。
グリーン氏は、「AIが『何ができるか』から、『何をすべきか』へと焦点を移すべきだ」と提言しています。AIを単なる効率化ツールとして使うのではなく、人間では気づかなかったインサイトを発見したり、これまでアプローチできなかった多様なコミュニティにメッセージを届けたり、ブランド独自の価値ある体験を創出したりすることにこそ、AIを使うべきだというのです。
まとめ
本稿で見てきたように、AIは広告業界に、避けては通れない構造的な変化をもたらしています。それは、クリエイティブ制作のあり方を根底から覆し、企業と顧客とのコミュニケーションを新たな次元へと引き上げる可能性を秘めています。
しかし、その一方で、雇用の問題や消費者が抱く倫理的な懸念など、向き合うべき課題も少なくありません。この変革の時代において成功を収めるのは、単に技術を導入する企業ではなく、「AIで何をすべきか」という問いに対して、自らの哲学を持ち、社会や消費者から支持される答えを提示できる企業なのかもしれません。
この動きは、日本の広告・マーケティングに関わるすべての人々にとって、他人事ではありません。自社のビジネスにAIをどう取り入れ、どのような価値を創造していくべきか。今、真剣に考えるべき時が来ています。