[ニュース解説]戦火に揺れるAI倫理:マイクロソフトによるイスラエル軍への技術提供、その光と影

目次

はじめに

 本稿では、米AP通信が2025年5月17日に報じた記事「Microsoft says it provided AI to Israeli military for war but denies use to harm people in Gaza」をもとに、マイクロソフト社によるイスラエル軍へのAI(人工知能)技術提供の事実と、それに伴う倫理的な側面や社会的な影響について、解説します。特に、ガザ地区での紛争という緊迫した状況下で、最先端技術がどのように利用され、どのような議論を呼んでいるのかを掘り下げていきます。

引用元記事

要点

  • マイクロソフトは、ガザ紛争中にイスラエル軍に対し、高度なAI技術およびクラウドコンピューティングサービスを販売し、イスラエル人人質救出作戦を支援したことを認めた。
  • しかし同社は、自社のAzureプラットフォームやAI技術がガザ地区の人々を標的にしたり危害を加えたりするために使用されたという証拠は現時点で見つかっていないと主張している。
  • この発表は、AP通信がマイクロソフトとイスラエル国防省との緊密なパートナーシップを報じた約3ヶ月後に行われたものであり、ハマスによる2023年10月7日の攻撃以降、商用AI製品の軍事利用が急増している背景がある。
  • イスラエル軍は、大量監視によって収集された情報をAzureを使用して文字起こし、翻訳、処理し、これをイスラエル独自のAI対応ターゲティングシステムと相互照合していると報じられている。
  • 人権団体は、欠陥やエラーを起こしやすいAIシステムが標的決定の判断支援に使用され、罪のない人々の死亡につながる可能性について懸念を表明している。
  • マイクロソフトは社内調査を開始し、外部企業にも調査を依頼したが、詳細は公表していない。
  • 同社は、顧客が自社サーバーや他のデバイスでソフトウェアをどのように使用しているかについては可視性がないと認めている。

詳細解説

マイクロソフトの公式発表とその背景

 マイクロソフト社は、自社の企業ウェブサイト上の署名なしのブログ投稿を通じて、ガザ紛争中のイスラエル軍に対する高度な人工知能(AI)およびクラウドコンピューティングサービスの提供を認めました。さらに、イスラエル人人質の捜索救助活動への支援も行ったとしています。しかし同時に、同社の主力クラウドプラットフォームである「Azure」やAI技術が、ガザ地区の人々を標的にしたり、危害を加える目的で使用されたという証拠は現時点で見つかっていないと強調しました。

 この発表は、マイクロソフトにとって、ガザ紛争への同社の深い関与を初めて公に認めたものと見られています。この紛争は、2023年10月7日にハマスがイスラエルで約1200人を殺害した事件をきっかけに始まり、その後ガザ地区では数万人が死亡する事態となっています。

 今回のマイクロソフトの発表は、AP通信による調査報道から約3ヶ月後のことです。AP通信は、マイクロソフトとイスラエル国防省との緊密なパートナーシップについて、これまで報じられていなかった詳細を明らかにしました。特に、2023年10月7日のハマスによる攻撃以降、イスラエル軍による商用AI製品の利用が約200倍に急増したと指摘しています。報道によれば、イスラエル軍はAzureを利用して、大量監視によって収集された諜報情報を文字起こし、翻訳、処理し、これをイスラエル独自のAI対応ターゲティングシステムと相互に照合しているとされています。

AI技術の軍事利用の実際と懸念

 マイクロソフトのようなテクノロジー企業が、イスラエル、ウクライナ、アメリカ合衆国など、世界各国の軍隊に対してAI製品を販売し、その用途を拡大しようとする動きが活発化しています。これには、諜報活動の支援、翻訳、データ分析などが含まれます。

 しかし、人権団体からは深刻な懸念が表明されています。AIシステムは依然として欠陥を抱え、エラーを起こしやすい可能性があり、そのようなシステムが人命に関わる標的選定の判断支援に使用されることで、罪のない民間人が犠牲になるリスクが高まるというものです。記事では、2024年2月にラファで行われたイスラエル人人質2名救出作戦でパレスチナ人60人が死亡した例や、2024年6月にヌセイラト難民キャンプで行われた人質4名救出作戦で少なくとも274人のパレスチナ人が死亡した例を挙げています。ガザとレバノンにおけるイスラエルの侵攻と広範な爆撃作戦により、多くが女性や子供たちである5万人以上が死亡したとされています。

 マイクロソフトは、従業員からの懸念やメディア報道を受け、社内調査を開始し、外部企業にも「追加の事実調査」を依頼したと述べています。しかし、この外部企業の名前や調査報告書のコピーは公表されていません。また、イスラエル軍がマイクロソフトの技術を具体的にどのように使用しているのか、特に空爆の標的選定にAIモデルがどのように役立ったのかというAP通信からの質問に対して、同社は明確な回答を避けました。

マイクロソフトの提供内容と利用規約

 マイクロソフトは、イスラエル軍に対し、ソフトウェア、専門サービス、Azureクラウドストレージ、Azure AIサービス(言語翻訳を含む)を提供したと説明しています。また、外部の脅威からイスラエルの国家サイバー空間を保護するためにイスラエル政府と協力したとも述べています。さらに、10月7日にハマスに連れ去られた250人以上の人質救出を支援する取り組みの一環として、「商業契約の条件を超えた技術への特別なアクセス」や「限定的な緊急支援」も提供したとしています。

 同社は、「我々はこの支援を、重要な監督のもと、限定的な範囲で提供した。これには、一部の要求の承認と他の要求の拒否が含まれる」と述べ、「ガザの民間人のプライバシーやその他の権利を尊重しつつ、人質の命を救うために、慎重かつ熟慮の上で原則に従ったと信じている」と付け加えています。しかし、同社や外部委託企業が内部調査の一環としてイスラエル軍と連絡を取ったり協議したりしたかについては回答していません。また、人質奪還のためにイスラエル軍に提供した特別な支援や、パレスチナ人の権利とプライバシーを保護するための具体的な措置についての詳細な要求にも応じていません。

 重要な点として、マイクロソフトは声明の中で、「顧客が自社のサーバーや他のデバイスで我々のソフトウェアをどのように使用しているかについては、我々には可視性がない」と認めています。これは、マイクロソフトが提供した技術が、最終的にどのように利用されるかを完全に把握・管理することは困難であることを示唆しています。

 マイクロソフトは、イスラエル軍も他の顧客と同様に、同社の「許容される利用ポリシー」および「AI行動規範」に従う義務があると述べています。これらの規約は、法律で禁止されているいかなる方法においても製品を使用して危害を加えることを禁じています。同社は声明で、イスラエル軍がこれらの規約に違反したという「証拠はない」としています。

専門家や関連団体の反応

 ジョージタウン大学セキュリティ・新興技術センターの上級研究員であるエメリア・プロバスコ氏は、この声明について、国際政府との世界的な協力に関する基準をこれほど明確に示した商用テクノロジー企業はほとんどないため、注目に値すると述べています。「企業が、政府ではなく、紛争に積極的に関与している政府に対して利用規約を指示しているというのは驚くべき状況だ」と彼女は語り、「これは、戦車メーカーが国に対して、特定の理由でのみ我々の戦車を使用できると告げるようなもので、新しい世界だ」と指摘しています。

 一方で、「No Azure for Apartheid」というマイクロソフトの現旧従業員からなるグループは、同社に対し調査報告書の完全なコピーを公表するよう求めています。元従業員の一人は、「この声明の意図が、従業員の懸念に実際に対処することではなく、イスラエル軍との関係によって傷ついたイメージを糊塗するためのPR活動であることは明らかだ」と批判しています。

 電子フロンティア財団(EFF)のエグゼクティブ・ディレクターであるシンディ・コーン氏は、マイクロソフトが透明性に向けて一歩踏み出したことを評価しつつも、声明には多くの未解決の疑問が残されていると指摘しています。特に、マイクロソフトのサービスやAIモデルがイスラエル軍の政府サーバーでどのように使用されているかの詳細などが不明であるとしています。

まとめ

 本稿では、AP通信の記事に基づき、マイクロソフト社によるイスラエル軍へのAI技術提供と、それに伴う様々な側面について解説しました。マイクロソフトは、人質救出支援など限定的な目的での技術提供を認めつつ、ガザ市民への危害を目的とした利用は否定しています。しかし、AI技術の軍事利用、特に紛争地域での利用は、その有効性と効率性の裏で、誤用や意図しない結果による民間人被害のリスク、そして倫理的な問題を常にはらんでいます。 企業が定める利用規約が、国家の軍事行動に対してどこまで実効性を持つのか、そしてテクノロジー企業は自社技術がもたらす影響に対してどこまで責任を負うべきなのか、という問いは、今後ますます重要になるでしょう。本件は、AIという最先端技術が戦争のあり方を変えつつある現代において、技術、倫理、人道、そして国際関係が複雑に絡み合う問題であることを浮き彫りにしています。

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