はじめに
近年、人工知能(AI)技術の進化は目覚ましく、その応用範囲は多岐にわたります。中でも、人間の形をし、人間のように作業を行うことができるヒューマノイドロボットの開発は、製造業をはじめとする多くの産業に革命をもたらす可能性を秘めています。特に中国では、国家戦略としてAI搭載ヒューマノイドロボットの開発が強力に推進されており、その動向は世界中から注目を集めています。
本稿では、ロイター通信が報じた中国のAI駆動ヒューマノイドロボット開発の最前線に関する記事を基に、その技術的なポイント、経済的な背景、そして将来的な展望を分かりやすく解説します。
引用元記事
- タイトル: China’s AI-powered humanoid robots aim to transform manufacturing
- 発行元: Reuters
- 発行日: 2025年5月13日
- URL: https://www.reuters.com/world/china/chinas-ai-powered-humanoid-robots-aim-transform-manufacturing-2025-05-13/

要点
- 中国は、AIを搭載したヒューマノイドロボットの開発を国家レベルで強力に推進しており、製造業の変革と経済成長の維持を目指している。
- AI技術の進歩、特にDeepSeekのような国産AIモデルの成功が、ヒューマノイドロボットのハードウェアとソフトウェアの統合を可能にし、経済的価値を高めている。
- 中国政府は、200億ドルを超える補助金や1兆元規模のスタートアップ支援ファンドの設立など、巨額の資金援助やデータ収集支援を通じて開発を後押ししている。
- ヒューマノイドロボットの製造コストは大幅な低下が見込まれており、2030年までには現在の半額以下になる可能性が指摘されている。
- 中国は、部品の90%を国内で調達できる強力なサプライチェーンを背景に、ヒューマノイドロボット市場で世界の多数派を占め、競争優位性を確立しつつある。
- ロボット導入による大量失業のリスクも認識されており、AI失業保険制度の創設などが議論されている一方、高齢者介護など人手不足分野での活用も期待されている。
詳細解説
中国におけるヒューマノイドロボット開発の背景
中国がヒューマノイドロボット開発に注力する背景には、いくつかの国家的課題と戦略的目標があります。米国との貿易摩擦が継続する中で、製造業における国際競争力の維持・強化は喫緊の課題です。また、少子高齢化に伴う労働力人口の減少や、経済成長の鈍化といった国内問題への対応も迫られています。ヒューマノイドロボットは、これらの課題を解決し、新たな産業革命を主導するための鍵と位置付けられています。
中国政府の関与は非常に強く、習近平国家主席が上海のヒューマノイドスタートアップ企業AgiBotのロボットを視察したことは、その重要性を象徴しています。政府は、ロボットが自律的に工場で製品を組み立てる未来を描いており、これが実現すれば生産性の飛躍的な向上が期待できます。
AI技術の役割:「ロボットの脳」の進化
ヒューマノイドロボットが単なる機械から、真に役立つ存在へと進化するためには、高度な「知能」、すなわちAIが不可欠です。記事によれば、中国のAI技術、特にDeepSeek、アリババのQwen、バイトダンスのDoubaoといった国産AIモデルの進歩が、ロボットの「脳」の開発に大きく貢献しています。これらのAIモデルは、ロボットが複雑なタスクを理解し、推論し、実行する能力を高めます。
特に重要なのが、エンボディードAI(Embodied AI)と呼ばれる、物理的な身体を持ち、実世界と相互作用しながら学習・行動するAIの訓練です。これには膨大な量の実環境データが必要となります。上海市政府がAgiBotのデータ収集施設(約100台のロボットを200人のオペレーターが操作し、毎日17時間稼働)に無償で敷地を提供するなど、政府主導でのデータ収集支援も行われています。これにより、ロボットはTシャツを畳む、サンドイッチを作る、ドアを開けるといった具体的なタスクを通じて学習を深めています。
政府による強力な支援体制
中国政府によるヒューマノイドロボット産業への支援は、資金面、政策面ともに非常に手厚いです。過去1年間で200億ドル以上がこの分野に割り当てられ、さらに1兆元(約20兆円)規模のAI・ロボティクス分野のスタートアップ支援ファンドが設立されるなど、大規模な投資が行われています。
また、政府自身が主要な買い手となっており、2024年のヒューマノイドロボットおよび関連技術の政府調達額は、前年の470万元から2億1400万元へと急増しました。深セン市による100億元のAI・ロボティクスファンド設立や、武漢市における最大500万元の補助金と無料オフィススペースの提供、北京市による最大3000万元のロボティクスファンドなど、地方政府レベルでも積極的な支援策が打ち出されています。
コスト削減と市場予測
ヒューマノイドロボットの普及には、コスト削減が不可欠です。バンク・オブ・アメリカ証券の分析によると、ヒューマノイドロボットの平均部品コスト(BOMコスト)は、2024年末までに約35,000ドル、そして2030年までには中国国内での部品調達が進めば17,000ドルまで低下する可能性があると予測されています。これは、テスラのOptimusロボットの現在の部品コスト(外部調達の場合50,000~60,000ドル)と比較しても大幅な低コスト化です。
中国のヒューマノイドメーカー3社も、1年以内にコストが半減する可能性を示唆しています。この背景には、中国がヒューマノイド部品の最大90%を国内で製造できる強力なサプライチェーンを有していることがあります。これにより、世界のヒューマノイドロボットの年間販売台数は2030年までに100万台に達するとの予測もあります。
サプライチェーンと市場競争
中国は、ヒューマノイドロボットのハードウェア製造において圧倒的な強みを持っています。モルガン・スタンレーによれば、中国企業は現在、世界で進行中のヒューマノイドプロジェクトの過半数を占め、サプライチェーンを支配しています。その結果、非常に安価なロボットも登場しており、一部の中国スタートアップは88,000元(約180万円)という低価格でロボットを販売しています。
2024年には、中国企業31社が36もの競合するヒューマノイドモデルを発表したのに対し、米国企業は8社8モデルに留まりました。UnitreeやUBTechを含む少なくとも6社の中国企業が、既に量産を開始したか、年内に開始する準備を進めていると報じられています。
労働市場への影響と対策
ヒューマノイドロボットの広範な導入は、労働市場に大きな影響を与える可能性があります。中国では約1億2300万人が製造業に従事しており、専門家はロボットとAIの発展が製造業の約70%に影響を及ぼし、社会保障負担金が急減する可能性があると警告しています。
こうした懸念に対し、国内AI企業iFlytekの会長は、ロボットに職を奪われた労働者に対して6~12ヶ月間の保障を提供する「AI失業保険プログラム」の創設を提案しています。一方で、開発企業側は、ロボットは人間がやりたがらない退屈な作業、反復的な作業、危険な作業を代替することを目指していると主張しています。
高齢者介護など新たな応用分野
製造業以外でも、ヒューマノイドロボットの活用が期待される分野があります。特に、深刻化する高齢化社会における介護分野での労働力不足を補う手段として注目されています。中国政府は2023年12月に国家高齢者介護計画を発表し、ヒューマノイドロボットとAIの統合を奨励しました。これを受け、IT大手のアントグループは、高齢者介護などをターゲットとしたヒューマノイドロボット開発子会社「Ant Lingbo Technology」を設立しました。AgiBotのパートナーであるYao Maoqing氏は、「5年後か10年後には、ロボットが居住者の部屋を整理したり、荷物を受け取ったり、ベッドから洗面所へ人を移乗させたりすることも可能になるかもしれない」と述べています。
まとめ
本稿では、ロイター通信の記事を基に、中国で急速に進展するAI駆動ヒューマノイドロボット開発の現状とその背景、技術的なポイント、そして経済的な影響について解説しました。中国は、AI技術の進化と政府の強力な支援を背景に、ヒューマノイドロボットを製造業の変革、経済成長の維持、そして国際競争力強化のための重要な戦略的ツールと位置づけています。コスト削減も進み、その普及は現実味を帯びてきています。
この動きは、労働市場への影響や倫理的な課題も提起していますが、同時に高齢者介護のような深刻な社会問題の解決策としての期待も高まっています。日本にとっても、この中国の動向は、産業構造、労働市場、そして私たちの日常生活に至るまで、広範囲に影響を及ぼす可能性があります。変化を的確に捉え、課題に備えつつ、新たな技術がもたらす恩恵を最大限に活用していくための戦略的な思考と準備が、今まさに求められています。