[レポート解説]米国の最新レポートが示す米国内でのAI格差社会の到来

目次

はじめに

 本稿では、米国の著名なシンクタンク、ブルッキングス研究所が2025年7月16日に公開したレポート「Mapping the AI economy: Which regions are ready for the next technology leap」を基に、AI(人工知能)が経済や社会に与える影響と、それに対する米国各地域の「準備度」について解説します。

参考記事

・本稿中の画像に関しては特に明示がない場合、引用元記事より引用しております。
・記載されている情報は、投稿日までに確認された内容となります。正確な情報に関しては、各種公式HPを参照するようお願い致します。
・内容に関してはあくまで執筆者の認識であり、誤っている場合があります。引用元記事を確認するようお願い致します。

要点

  • 米国のAI関連活動は、ベイエリア(サンフランシスコ、サンノゼ)など一部の「スーパースター」都市に極度に集中しているのが現状である。
  • ある地域がAI時代に対応できるかの「準備度」は、「人材」「イノベーション」「導入」という3つの柱の充実度によって評価される。
  • 米国の195都市を分析した結果、準備度のレベルに応じて6つの階層(クラスター)に分類され、それぞれが異なる強みと課題を抱えている。
  • AIがもたらす恩恵を国全体で最大化するためには、国レベルの支援戦略と、各地域の特性に応じたボトムアップの経済開発戦略を組み合わせることが不可欠である。

詳細解説

前提知識:なぜ今、AIに対する「準備度」が重要なのか?

 そもそも、なぜ一つの技術であるAIに対して、地域ごとに「準備」する必要があるのでしょうか。それは、AIが蒸気機関や電力、インターネットのように、社会経済のあり方を根本から変えてしまう「汎用技術(General Purpose Technology)」だからです。

 AIは、特定の産業だけでなく、製造、医療、金融、教育、行政など、あらゆる分野の生産性を向上させ、新しいサービスや雇用を生み出す潜在能力を秘めています。つまり、AIをうまく活用できるかどうかが、今後の地域経済の成長を大きく左右するのです。レポートは、この変化の波に乗り遅れないために、各地域がどれだけ備えられているか(=準備度)を可視化することの重要性を説いています。

AI準備度を測る「3つの柱」

 レポートでは、地域のAI準備度を評価するために、以下の3つの柱を立てています。これは、日本の私たちが自らの地域や組織を分析する上でも非常に役立つフレームワークです。

  1. 人材(Talent): AIを開発・活用できるスキルを持った人材がどれだけいるか。
    • コンピュータサイエンスや数学系の卒業生・博士課程在籍者の数
    • AIスキルを持つ人材のオンラインプロフィールの数 など
  2. イノベーション(Innovation): AIに関する新しい技術や知識を生み出す力がどれだけあるか。
    • トップカンファレンスでのAI関連論文の発表数
    • AI関連の特許取得数
    • AIに関する連邦政府の研究開発契約額
    • 学術用の高性能コンピューティング(HPC)リソースの利用状況 など
  3. 導入(Adoption): 地域の企業や組織が、実際にAIをどれだけ取り入れているか。
    • AIスキルを要件とする求人数
    • AI技術を導入している企業の割合
    • AIスタートアップ企業の数や、その資金調達額 など

 これらの指標を見ると、単に「AI企業がある」というだけでなく、教育から研究、そして実社会での活用まで、幅広いエコシステムが重要であることが分かります。

米国のAI経済マップ:6つの都市クラスター

 レポートは、これら3つの柱に関する14の指標を用いて、米国の主要195都市を分析し、以下の6つのクラスターに分類しました。これは、米国のAI経済の「地図」と言えるものであり、非常に示唆に富んでいます。

  1. スーパースター(Superstars / 2都市)
    • サンフランシスコとサンノゼ。人材、イノベーション、導入の全ての面で他を圧倒しています。まさにAI経済の中心地です。
  2. スターハブ(Star Hubs / 28都市)
    • ボストン、シアトル、ニューヨーク、オースティンなど。スーパースターに次ぐ存在で、3つの柱がバランス良く強力なエコシステムを持つ「優等生」グループです。
  3. 新興センター(Emerging Centers / 14都市)
    • 3つの柱のうち、2つに強みを持ち、残りの1つが発展途上の都市群。特定の強みを持ちながら成長している「新興勢力」です。
  4. 特定分野注力型(Focused Movers / 29都市)
    • 3つの柱のうち、1つの分野で特に秀でている都市群。例えば、研究は強いが企業導入はこれから、あるいは、企業導入は進んでいるが人材育成が課題、といった特徴があります。
  5. 初期導入段階(Nascent Adopters / 79都市)
    • 3つの柱すべてにおいて、まだ中程度のパフォーマンスに留まっている都市群。多くの地方都市がこのカテゴリーに含まれ、AI活用のポテンシャルを秘めています
  6. その他(Others / 43都市)
    • 現時点では、複数の柱で遅れをとっている都市群です。

日本への示唆:私たちは何を学び、どう行動すべきか?

 この米国の分析は、そのまま日本の状況にも当てはめて考えることができます。東京は「スーパースター」や「スターハブ」に近い存在かもしれませんが、重要なのはその他の地域がどう戦略を描くかです。

  • 強みを活かす戦略:
     全ての分野でトップを目指す必要はありません。「特定分野注力型(Focused Movers)」のように、自らの地域の産業(例:製造業、農業、観光、医療など)にAI活用を特化し、そこで圧倒的な強みを築く戦略は、日本の地方都市にとって非常に有効なモデルとなるでしょう。
  • まずは「リテラシー」から:
     「初期導入段階(Nascent Adopters)」の都市がまず取り組むべきは、AIを使いこなすための基礎知識、すなわちAIリテラシーの向上です。地域住民や中小企業が、AIを「自分ごと」として捉え、日常業務の改善などに活用できる成功事例を一つずつ作っていくことが重要になります。
  • 「集中」と「拡散」のバランス:
     レポートが指摘するように、AIの恩恵を国全体で享受するには、トップ層をさらに強化する国家戦略と、その恩恵を全国に広げるための地域ごとの戦略が不可欠です。これは、東京一極集中が課題である日本にとって、極めて重要な視点です。国や自治体、大学、そして民間企業が連携し、各地域の「準備度」を高めていく必要があります。

まとめ

 本稿では、ブルッキングス研究所のレポートを基に、AI経済の地理的な広がりと、それに対応するための「準備度」という概念について解説しました。

 AIは、もはや単なる技術トレンドではなく、地域の競争力と未来を左右する新たな経済インフラです。米国の分析が示すように、AIの発展は避けられない一方で、その恩恵は自動的に全ての地域に行き渡るわけではありません。

 自らの地域や組織が「人材」「イノベーション」「導入」のどの部分に強みと弱みを持っているのかを客観的に把握し、未来に向けた戦略を立てて行動することが、今まさに求められています。

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