はじめに
本稿では、米国著作権局長解任のニュースを取り上げます。この出来事は、急速に進化するAI技術と、既存の著作権法との間で高まる緊張関係を浮き彫りにするものです。背景や重要なポイントを解説し、日本への影響や私たちが考慮すべき点についても触れていきます。
引用元記事
- タイトル: Trump fires director of U.S. Copyright Office, sources say
- 発行元: CBS News
- 発行日: 2025年5月10日
- URL: https://www.cbsnews.com/news/trump-fires-director-of-u-s-copyright-office-shira-perlmutter-sources/
・本稿中の画像に関しては特に明示がない場合、引用元記事より引用しております。
・記載されている情報は、投稿日までに確認された内容となります。正確な情報に関しては、各種公式HPを参照するようお願い致します。
・内容に関してはあくまで執筆者の認識であり、誤っている場合があります。引用元記事を確認するようお願い致します。
要点
- トランプ政権が米国著作権局のシラ・パーマッター局長を解任したと報じられた。
- 解任の直前、同局はAIによる著作物の利用に関する懸念を示す報告書を発表していた。
- 報告書は、AI開発に必要なデータ量や、データ追加によるモデル性能向上の限界について疑問を呈するものであった。
- パーマッター氏を任命したカーラ・ヘイデン議会図書館長も、その数日前にトランプ大統領によって解任されている。
- 民主党のジョー・モレール下院議員は、この解任を「法的根拠のない、前代未聞の権力掌握だ」と批判し、イーロン・マスク氏のAIモデル訓練のための著作物利用を著作権局が認めなかったことへの報復人事である可能性を示唆した。
- マスク氏は以前、知的財産法廃止への支持を表明したことがあり、AIスタートアップxAIを所有している。
- トランプ氏はAIの主要な支持者であり、大規模なAIインフラ投資計画を発表している。
詳細解説
著作権局長の解任とその背景
2025年5月、トランプ政権が米国著作権局のトップであるシラ・パーマッター氏を解任したというニュースは、AIと著作権に関わる多くの関係者に衝撃を与えました。パーマッター氏は2020年10月からその職にありましたが、解任のタイミングが憶測を呼んでいます。
解任の数日前、米国著作権局はAIと著作権に関する長大な報告書の第3部を公表していました。この報告書では、AI技術による著作物の利用に関して、いくつかの懸念や疑問点が提示されていました。具体的には、「AI開発者が実際に必要とするデータ量はどの程度なのか、そして更なるデータ投入がモデルの能力向上にどれほど限界的な効果をもたらすのかは未解決の問題である」と指摘し、「データ量とテスト性能の向上が、必ずしも実社会における有用性の継続的な改善につながるとは誰もが同意しているわけではない」と述べています。これは、AIが学習データとして著作物を利用することの是非や、その範囲について慎重な姿勢を示したものと言えます。
著作権とは何か、なぜAIと衝突するのか
ここで、「著作権」について簡単に確認をしておきます。著作権とは、小説、音楽、絵画、写真、ソフトウェアなど、オリジナルの創作物を保護する権利です。著作者は、自身の作品がどのように利用されるかをコントロールする権利(複製権、公衆送信権など)を持ちます。
一方、AI、特に生成AI(ジェネレーティブAI)と呼ばれる種類のAIは、大量のデータを学習することでその能力を獲得します。この学習データには、インターネット上から収集されたテキスト、画像、音声などが含まれることが多く、その中には著作権で保護されたコンテンツも多数含まれているのが現状です。AI開発者はより高性能なAIを作るために多くのデータを必要としますが、著作権者は自身の作品が無断で利用されたり、AIによって作られた新たな作品と競合したりすることに強い懸念を抱いています。これが、AIと著作権が衝突する根本的な原因です。
米国著作権局の役割
米国著作権局は、議会図書館の一部門であり、約450人のスタッフを擁しています。その主な任務は、著作権登録の受付、著作権情報の記録、著作権法の管理などです。AIと著作権という新しい課題に対して、法的な枠組みや解釈を示す重要な役割を担っています。
今回の米国著作権局長の解任は、AI技術の急速な発展が既存の法制度や社会規範に大きな挑戦を突きつけていることを象徴しています。技術の進歩を促進しつつ、クリエイターの権利を保護し、公正な競争環境を維持するという難しいバランスをどう取るかが、世界共通の課題となっています。
解任劇の深層:政治的圧力とイーロン・マスク氏の影
パーマッター氏の解任に先立ち、彼女を著作権局長に任命した当時の議会図書館長カーラ・ヘイデン氏もトランプ大統領によって解任されていました。この一連の人事について、野党である民主党のジョー・モレール下院議員は痛烈に批判しています。彼は、パーマッター氏の解任を「法的根拠のない、前代未聞の権力掌握だ」とし、そのタイミングについて「彼女(パーマッター氏)がイーロン・マスク氏によるAIモデル訓練のための著作物大量利用の取り組みを安易に承認することを拒否した報告書を発表してから1日も経たないうちに行動を起こしたのは、決して偶然ではないだろう」と述べ、特定の企業や個人の利益を優先した不当な圧力があった可能性を示唆しています。
イーロン・マスク氏は、テスラやスペースXの経営者として著名ですが、AIスタートアップ「xAI」も所有しています。彼は過去にSNS上で知的財産法の廃止を示唆するような発言をしたこともあり、AI開発のためには既存の著作物の自由な利用を推進したい立場にあると考えられます。
トランプ政権のAI推進姿勢
一方で、トランプ氏はAI技術の主要な推進論者として知られています。大統領就任直後には、OpenAI、ソフトバンク、オラクルが関与する共同事業を発表し、民間資金から最大5000億ドルを投じてAIインフラを構築する計画を明らかにしました。このことからも、トランプ政権がAI産業の発展を国策として重視していることが伺えます。AIの発展を加速させたい政権の意向と、著作権保護を重視する著作権局の間に、何らかの軋轢が生じた可能性は否定できません。
まとめ
本稿で取り上げた米国著作権局長の解任劇は、単なる人事問題ではなく、AIという革新的な技術と著作権という伝統的な権利が真正面から衝突し始めたことを示す重要な出来事です。AIの進化は社会に多大な恩恵をもたらす可能性がある一方で、その過程で既存の権利や価値観が揺るがされるリスクもはらんでいます。
特に、AIの学習データとして著作物がどのように扱われるべきかという問題は、今後のコンテンツ産業や情報社会のあり方を左右する極めて重要な論点です。米国での動きは、日本を含む各国における法整備や社会全体の議論に大きな影響を与えると考えられます。