はじめに
皆さんは「キャンディークラッシュ」というゲームをご存知でしょうか?世界中で人気のこのパズルゲーム、実はその裏側でAI(人工知能)が大きな役割を果たしていることが明らかになりました。本稿では、AP通信の記事を基に、キャンディークラッシュがどのようにAIを活用してプレイヤーを惹きつけ続けているのか、そしてそれがゲーム業界やプレイヤーにどのような影響を与える可能性があるのかを解説します。
引用元記事
- タイトル: How Candy Crush uses AI to keep players coming back to its puzzles
- 発行元: AP
- 発行日: 2025年5月11日
- URL: https://abcnews.go.com/Technology/wireStory/candy-crush-ai-players-coming-back-puzzles-121683988
・本稿中の画像に関しては特に明示がない場合、引用元記事より引用しております。
・記載されている情報は、投稿日までに確認された内容となります。正確な情報に関しては、各種公式HPを参照するようお願い致します。
・内容に関してはあくまで執筆者の認識であり、誤っている場合があります。引用元記事を確認するようお願い致します。
要点
- キャンディークラッシュは、18,700以上もの膨大なレベルをAIの支援を受けて設計・強化している。
- AIは、開発者が新しいレベルを作成したり、既存の古いレベルを更新したりする作業を効率化している。
- AI活用の主な目的は、開発者の時間を単純作業から解放し、より創造的な業務に集中させることである。
- King社は、AIをチャットボットやプレイヤーが直接操作するAIデザイン体験としてではなく、既存の課題を解決するための「舞台裏のアシスタント」として利用している。
- モバイルゲーム市場は成長を続けており、キャンディークラッシュのような長寿ゲームは、プレイヤーの飽くなき需要に応えるために常に新しいコンテンツを提供し続ける必要がある。
- AIは、人間が作成した既存のレベルの膨大なライブラリを学習し、それを基に新しいレベルの草案作成を加速・拡大するのに貢献する。
- King社は、AIを新規レベル開発と、数年前に作成されたものを含む既存レベルの再調整という2つの主要な領域で活用している。
- レベルの難易度は意図的に一定ではなく、簡単なレベルと難しいレベルを織り交ぜることでゲームに多様性を持たせており、AIはこの調整作業の効率化にも寄与する。
- プレイヤーのクリア率やリシャッフル回数といった定量的データに加え、楽しさといった定性的なフィードバックも収集・分析し、AIによるレベル改善に活用している。
詳細解説
AIはゲーム開発の新たなパートナー:キャンディークラッシュの挑戦
「キャンディークラッシュ サーガ」は、同じ種類のキャンディーを3つ以上揃えて消していく、シンプルながら奥深いパズルゲームです。2012年にFacebookでリリースされて以来、スマートフォンを持つ多くの人々をゲーマーに変えた立役者の一つと言えるでしょう。記事によると、このゲームには現在18,700を超える膨大な数のレベルが存在し、プレイヤーを飽きさせないための工夫が絶えず求められています。この果てしないコンテンツ制作の裏側で、AIが重要な役割を担っているのです。
King社におけるAIの具体的な活用方法:「縁の下の力持ち」としてのAI
キャンディークラッシュの開発元であるスウェーデンのKing社は、AIを主に二つの方法で活用しています。
一つ目は、新規レベル開発の効率化です。特に、長期間プレイしているベテランプレイヤー向けに「初めてプレイした時に楽しいと感じる」レベルを設計するのは、開発者にとっても非常に難しい課題です。AIは、過去の膨大なレベルデータやプレイヤーの反応を学習することで、新しいレベルの初期案を生成し、開発者がより創造的な調整や仕上げに集中できるよう支援します。
二つ目は、既存レベルの最適化です。数年前に作られた古いレベルであっても、プレイヤーが飽きたり、不当に行き詰まったり、不満を感じたりしないように、AIが定期的に見直し、再調整を行います。記事によれば、King社のフランチャイズ責任者であるトッド・グリーン氏は、「AIの助けなしに18,000以上のレベルを人間だけで更新・再構成するのは極めて困難だ」と述べています。AIを活用することで、週に数百レベルの改善だったものが、数千レベルへと飛躍的に効率化できる可能性があるのです。
重要なのは、King社がAIをプレイヤーの目に直接触れる形で導入しているわけではないという点です。例えば、AIが自動で応答するチャットボットや、プレイヤーがAIと共同でレベルをデザインするような機能は意図的に採用していません。グリーン氏が強調するように、AIはあくまで「舞台裏のアシスタント」であり、既存の課題をより迅速かつ正確に解決するためのツールとして位置づけられています。
なぜAIが必要なのか?終わりなきコンテンツ需要とモバイルゲーム市場
米国のエンターテインメントソフトウェア協会(ESA)のデータによると、2024年の米国内のビデオゲームコンテンツへの消費者支出は513億ドルに達し、その約半分をモバイルゲームが占めています。モバイルプラットフォームは今や主要なゲームプラットフォームであり、キャンディークラッシュのような「基本プレイ無料」のゲームは、常に新しいコンテンツを提供し続けることでプレイヤーを繋ぎ止める必要があります。
「One Up: Creativity, Competition, and the Global Business of Video Games」の著者であるJoost Van Dreunen氏は、キャンディークラッシュが10年以上も人気を維持し、「貪欲なプレイヤー層」を抱えていると指摘します。この高い需要に応えるためには、AIを活用してレベル作成の労力を補うことは理にかなっているといえます。AIは、人間が作成した既存の膨大なレベルの「設計図」を学習し、それを基に新しいレベルのバリエーションを効率的に生成することができます。これにより、開発チームはより多くのレベルを、より速くプレイヤーに提供できるようになるのです。
AI導入に対するゲーム業界の期待と懸念
ビデオゲーム業界におけるAIの活用については、様々な意見があります。一部のゲームメーカーは、AIを単純作業の補助ツールと捉え、デザイナーやアーティストがより創造的で大きなプロジェクトに集中できるようになると期待しています。例えば、AIによって、よりインタラクティブで深みのあるノンプレイヤーキャラクター(NPC)を生み出し、ゲーム世界を豊かにすることができるかもしれません。
一方で、AIに対して強い反対意見を持つ人々や、AI技術が声優やパフォーマー、その他のゲーム制作者の仕事を脅かすのではないかと懸念する声も存在します。実際、AIに関する懸念は、米国の映画俳優組合・米国テレビラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)によるストライキの一因ともなりました。
King社のトッド・グリーン氏は、同社の方針として、AIはゲーム制作者を置き換えるものではないと明確に述べています。「代わりに、私たちは既存の問題に対してAIを展開し、チームの作業をより速く、より正確に、そしてより迅速に正確にすることを目指しています」と彼は語っています。
AIが織りなす絶妙なゲームバランスとプレイヤー体験
キャンディークラッシュの面白さの一つは、その絶妙な難易度設定にあります。レベルは必ずしも難易度順に並んでいるわけではなく、難しいレベルの後に易しいレベルが続くなど、「アップダウン」を設けることでゲームに変化とリズムを生み出しています。AIは、この複雑なバランス調整作業を効率化するのに役立っています。
King社は、プレイヤーが各レベルをどのようにプレイしているかについて、クリア率(100回試行したうち何回クリアできたか)や、ボード上のキャンディーが再配置される「リシャッフル」の頻度といった定量的なデータを収集・分析しています。さらに、「そのレベルは純粋に楽しいか?」といった、数値化しにくい主観的なフィードバックも重視しています。これらの情報を基に、AIはレベルデザインの改善に貢献し、より多くのプレイヤーにとって満足度の高い体験を提供することを目指しているのです。
まとめ
本稿では、人気パズルゲーム「キャンディークラッシュ」が、AIをどのように活用してプレイヤーを惹きつけ、膨大な数のレベルを提供し続けているかについて解説しました。AIは、新規レベルの開発支援や既存レベルの最適化といった「縁の下の力持ち」として、開発者の作業効率を大幅に向上させています。
King社の事例が示すように、AIは人間の仕事を奪うのではなく、人間の能力を拡張し、より創造的な業務への集中を可能にする強力なツールとなり得ます。重要なのは、AIを単なる自動化の手段としてではなく、人間のデザイナーや開発者と協調して働く「アシスタント」として捉える視点です。
今後、日本のゲーム業界においても、AIの活用はますます進んでいくと考えられます。それによって、より面白く、よりパーソナライズされたゲーム体験が生まれることが期待される一方で、AIと人間のクリエイターの関係性や、AIが生み出すコンテンツの画一化といった課題についても議論を深めていく必要があるでしょう。
コメント