[ニュース解説]「聖書のマーベル化」の是非 :Pray.comのAI聖書コンテンツが引き起こす論争

目次

はじめに

 近年、人工知能(AI)技術はさまざまな分野で活用されていますが、その波は宗教の世界にも及んでいます。本稿では、営利企業「Pray.com」によるAIを用いた聖書コンテンツの映像化の試みと、それが引き起こしている議論について解説します。

参考記事

要点

  • Pray.comが運営する「AI Bible」は、AIを用いて聖書の物語を壮大な映像コンテンツとして生成し、YouTubeなどで公開。特に30歳以下の若者から多くの支持を集めている。
  • 制作側は、聖書の内容を「エデュテインメント(教育+エンターテイメント)」として提供することで、聖書への関心を高めることを目的としている。
  • この試みに対し、神学者や専門家からは「聖書をアクション映画のように矮小化し、娯楽として消費させることで、その宗教的・精神的な価値を損なう」という批判的な意見が上がっている。
  • この事例は、宗教コンテンツと最新技術の融合がもたらす新たな布教の可能性と、聖なる書物の解釈や権威をめぐる課題を浮き彫りにしている。

詳細解説

AIが描く、新たな聖書の世界観

 Pray.comが運営するYouTubeチャンネル「AI Bible」では、聖書の物語を基にしたAI生成ビデオが週に約2本のペースで公開されています。例えば、「ヨハネの黙示録」をテーマにした動画では、建物が崩壊し、天使や7つの頭を持つドラゴンが登場するなど、まるでハリウッド映画やビデオゲームのような迫力ある映像が繰り広げられます。

 これらの映像は、視聴者に強い印象を与え、投稿からわずか2ヶ月で75万回以上再生されるなど、大きな反響を呼んでいます。視聴者の多くは30歳以下の若者で、コメント欄には「人生が変わった」「精神的に良い影響を受けた」といった好意的な声が寄せられています。

Pray.comの戦略:「信仰のマーベル・ユニバース」を目指す

 Pray.comは、自社の取り組みを「信仰のマーベル・ユニバース」と表現しています。同社のコンテンツ担当ヴァイスプレジデントであるマックス・バード氏は、AI技術によって物語に命を吹き込むことが可能になったと語ります。

 具体的な制作プロセスは以下の通りです。

  1. コンセプト開発: ChatGPTなどのAIツールを用いて、物語のコンセプトやイメージを作成します。
  2. アクションの撮影: スタッフがオフィスでスマートフォンを使い、物語の動きを模倣して撮影します。
  3. AIによる映像変換: 撮影した動画をAIビデオジェネレーターに入力すると、スタッフの姿が預言者エリヤなどの聖書の登場人物に変換されます。

 このようにして生成された映像に、プロの声優によるナレーションと、各エピソードのために特別に作曲された音楽が加えられます。また、脚本は牧師によって監修されており、聖書の記述に忠実であることを目指しているといいます。Pray.comの最高技術責任者であるライアン・ベック氏は、聖書コンテンツは教育的な側面に偏りがちであるため、あえてエンターテイメント性を重視していると説明しています。

神学者たちから上がる懸念の声

 この新しい試みに対して、神学の専門家たちからは批判的な意見が相次いでいます。テキサス州アビリーン・クリスチャン大学の神学教授であるブラッド・イースト氏は、「聖書の物語をアクション映画のように扱うアプローチが、精神的な向上に繋がるとは思えない」と厳しく指摘します。

 同氏は、イエス・キリストの「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」というような、聖書の最も重要な教えの多くは、壮大なスペクタクルにはならないと述べ、エンターテイメント化によって聖書の本質が失われる危険性を警告しています。

 また、ペンシルベニア州グローブシティ・カレッジのジェフリー・ビルブロ教授も、「この形式は聖書を娯楽コンテンツとして位置づけてしまう」と懸念を示します。聖書は単なる物語ではなく、人生を変革するための神の啓示であるべきだと彼は主張します。

 一方で、サムフォード大学のポール・ホフマン教授のように、聖書への関心を高める試みとして一定の評価をする声もあります。ただし、彼もまた、キリスト教学者の間でも解釈が分かれる「ヨハネの黙示録」のような難しい部分を映像化する点については、マーケティング戦略の一環かもしれないと、慎重な見方を示しています。

テクノロジーと宗教の長い歴史

 ダラス神学校のジョン・ダイアー教授によると、キリスト教は歴史的に、常に新しいテクノロジーを布教のために活用してきた側面があります。かつて巻物が主流だった時代に冊子形式の書物をいち早く採用したのも、活版印刷技術を使って聖書を大量生産したのもキリスト教徒でした。

 特に米国の福音派は、新しい技術を試すことに積極的な傾向があり、「聖書と人々を繋ぐのであれば、それは良いことだ」と考える文化があります。「AI Bible」の試みも、この歴史的な文脈の中に位置づけることができるといえます。

まとめ

 本稿では、NPRの記事を基に、Pray.comによるAIを用いた聖書コンテンツの生成という新しい試みについて解説しました。テクノロジーは、あくまで手段です。その手段を用いて、何を、どのように伝えるのか。この問いは、宗教の世界だけでなく、歴史や文化といった、深い解釈を必要とする分野にAI技術を応用していく上で、私たち全員が向き合わなければならない普遍的なテーマと言えるのではないでしょうか。

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