はじめに
近年、AI(人工知能)技術、特にChatGPTのような大規模言語モデル(LLMs)の進化は目覚ましく、私たちの労働環境を根底から変えつつあります。アメリカだけでも9.4兆ドルに及ぶ巨大な労働市場は、目に見えるテクノロジー部門にとどまらず、連鎖的な影響を受けています。
しかし、既存の労働力指標、例えば雇用統計やGDP(国内総生産)などは、AIによる「ディスラプション(破壊的変化)」が発生した後の結果を測定するものに過ぎません。AIの能力が人間のスキルとどこで重複し、潜在的にどのような影響を及ぼす可能性があるのか、つまり「氷山」のように水面下に隠れた影響の大きさを事前に捉えることはできませんでした。
本稿で解説する「Project Iceberg(プロジェクト・アイスバーグ)」は、この測定のギャップを埋めるために立ち上げられました。本プロジェクトが開発した「Iceberg Index(氷山指数)」は、AI経済における潜在的な影響を、スキルを中心に測定する新しい指標です。これにより、政策立案者や企業リーダーは、変化が現実となる前に、どこに投資し、どのような準備を行うべきか、証拠に基づいた計画を立てることが可能になります。
解説論文
- 論文タイトル:The Iceberg Index: Measuring Skills-centered Exposure in the AI Economy
- 論文URL:https://iceberg.mit.edu/report.pdf
- 発行日:2025年11月26日
- 発表者:Ayush Chopra, Santanu Bhattacharya, DeAndrea Salvador, Ayan Paul, Teddy Wright, Aditi Garg, Feroz Ahmad, Alice C. Schwarze, Ramesh Raskar, Prasanna Balaprakash(マサチューセッツ工科大学、オークリッジ国立研究所 他)
・あくまで個人の理解に基づくものであり、正確性に問題がある場合がございます。
必ず参照元論文をご確認ください。
・本記事内での画像は、上記論文より引用しております。
要点
- Iceberg Index(氷山指数) は、AIシステムが特定の職務内で技術的に実行できるスキルの賃金価値の割合を測定する、スキル中心の先行指標である。
- 現在目に見えるAI採用(Surface Index)は、主にコンピューティングやテクノロジー部門に集中しており、アメリカの労働市場の賃金価値のわずか2.2%に相当する。
- AIの技術的能力が及ぶ潜在的な影響(Iceberg Index)は、管理、金融、専門サービスなどの認知自動化領域に広く分布しており、その規模は賃金価値の11.7%(約1.2兆ドル)と、目に見える影響の5倍である。
- この隠れた露出度(Iceberg Index)は、シリコンバレーのような沿岸部のハブに限定されず、全米のすべての州に地理的に分散している。
- 従来の経済指標(GDP、所得、失業率)は、このスキルベースの変動の5%未満しか説明できず、AI経済の潜在的な影響を評価するには新しい指標が不可欠である。
詳細解説
Abstract(要旨)
AI(人工知能)は、9.4兆ドルを超えるアメリカの労働市場を再構築しており、その影響は目に見えるテクノロジーセクターをはるかに超えて広がっています。例えば、AIが自動車工場の品質管理を自動化すると、その結果は物流ネットワーク、サプライチェーン、そして地域のサービス経済に波及します。
従来の労働力指標は、AIによる混乱が発生した後の雇用結果を測定するものであり、AI能力と人間のスキルの重複(技術的露出度)を事前に捉えることができません。
Project Icebergは、このギャップに対処するため、大規模人口モデル(Large Population Models, LPMs)を使用して人間とAIの労働市場をシミュレーションします。具体的には、1.51億人の労働者を、3,000郡にわたる32,000以上のスキルを実行する自律的なエージェントとして表現し、数千のAIツールと相互作用させます。
そして、Iceberg Indexを導入しました。これは、AIシステムが各職種内で実行できるスキルの賃金価値を測定するスキル中心の指標です。
分析の結果、目に見えるAI採用はコンピューティングやテクノロジーに集中しており、これは賃金価値のわずか2.2%(約2,110億ドル)であり、「氷山の一角」にすぎないことが分かりました。技術的能力は水面下で広く及び、管理、金融、専門サービスにまたがる認知自動化の領域は11.7%(約1.2兆ドル)と、目に見える部分の5倍の大きさです。この露出度は地理的に広く分散しており、沿岸部のハブに限定されません。
1 Introduction(はじめに)
AIはアメリカの9.4兆ドルの労働市場に変化をもたらし、目に見える技術部門を超えて産業やコミュニティに連鎖的な影響(cascading effects)を生み出しています。消費者向けアプリケーション(例:ChatGPT)が注目を集める一方で、企業内では既に大規模なタスクの再編成が進行しています。AIシステムが毎日10億行以上のコードを生成している現状は、企業に採用パイプラインの再構築を促し、エントリーレベルのプログラマーの需要を減少させています。
Physical Economy (Census Visible) / AI Economy (Census Blind Spot)(物理経済(国勢調査で見えるもの)とAI経済(国勢調査の盲点))
従来の労働力指標は、地理的な場所や事業所の住所に結びついた仕事(物理経済)を捉えてきました。これに対し、AI経済では、AI仲介型作業や人間-AIチームによる協働など、地理的な基盤がない新しい形態の労働が生まれており、既存の指標では捉えられません。Iceberg Indexは、こうした人間とAIシステムが職務内でタスクを共同で実行する「技術的自動化露出度」を、先行的に測定することを可能にします。

歴史を振り返ると、インターネット革命は大きな経済的価値を生み出しました。ハイテク職一つにつき、地域サービス、ヘルスケア、小売業で約5つの追加的な職が生まれるという研究結果もあります。インターネット時代には、早期に対応した地域(例:ノースカロライナ州のリサーチ・トライアングル、テキサス州オースティン)が持続的な優位性を獲得しました。
AIの採用パターンも同様に、早期にスキル開発、インフラ投資、産業戦略を一致させた地域が競争優位性を確立する可能性があります。Project Icebergは、AI能力が経済全体に拡大する中で、証拠に基づいた計画を支援するための分析インフラを提供します。
2 Measurement Gaps in Workforce Planning(労働力計画における測定のギャップ)
連邦政府および州政府は、AI経済への準備として既に数十億ドルを投じています。例えば、ノースカロライナ州はデータセンター容量拡大のために100億ドルの投資を確保し、バージニア州は32,000人のAI卒業生を育成するために11億ドルをコミットしています。
しかし、労働力の変化は計画サイクルが対応できるよりも速く進行していることが示唆されています。AI露出度の高い職種では、若年層(22~25歳)の雇用が相対的に13%減少しており、求人需要はエントリーレベルから経験豊富な役割へとシフトしています。
2.1 Challenge 1: Anticipating Workforce Shifts Before They Happen(事前に労働力シフトを予測する課題)
労働市場は、現在のデータシステムが捉える速度よりも速く進化しています。AIは一部のスキルを自動化し、他のスキルを拡張することで、産業や地域間で不均一な影響を生み出します。この活動の多くは、ギグマーケットプレイスやAIコパイロットなど、従来の報告対象外のデジタルプラットフォーム上で発生しています。変化が公式統計に現れる頃には、政策立案者は既に「昨日の混乱」に対応している状態となり、手遅れとなる可能性があります。
2.2 Challenge 2: Measuring Human–AI Work, Not Just Human Work(人間の仕事だけでなく人間-AIの仕事を測定する課題)
既存の労働力計画フレームワークは、人間だけの経済向けに設計されています。これらは雇用、賃金、生産性を追跡しますが、AI能力が人間のスキルとどこで重複するかを測定するようには設計されていません。
歴史的に見ても、主要な技術変革期には新しい測定基準が必要でした。産業時代には「時間あたり生産量」が物理的生産性を捉え、インターネット時代には「デジタル経済サテライト勘定」がオンラインサービスの価値を測定しました。AI時代は「知能そのもの」が人間と機械の共有インプットとなることが特徴であり、新しいスキル中心の指標(Iceberg Index)がAIと人間のスキル重複を明らかにする必要があります。
3 Project Iceberg: Sandbox for the Human-AI Workforce(プロジェクト・アイスバーグ:人間-AI労働力のサンドボックス)
Project Icebergは、出現しつつある人間-AI労働力をシミュレーションし、政策立案者がインフラやトレーニングプログラムに数十億ドルを投じる前に、政策シナリオを探り、潜在的な労働力露出パターンを評価できるようにします。本プロジェクトは、MITの大規模人口モデル(LPMs)に基づいて構築され、オークリッジ国立研究所のFrontierスーパーコンピューターによって実行されます。
Icebergは、労働市場の両側面、すなわち「現在、人間が行っていること」と「AIシステムができるようになっていること」をモデル化します。これらを共通のスキル分類法にマッピングすることで、政策介入、採用行動、技術準備度に関する異なる仮定の下で、仕事がどのように進化するかをシミュレーションします。
プロセスは以下の3つのステップで進行します(Figure 2参照)。

Step 1 – Human Workforce Mapping(ステップ1:人間労働力のマッピング)
アメリカの労働力(1.51億人の労働者、923の職種、3,000の郡)のデジタル表現を構築します。32,000以上の異なるスキルをカバーし、各労働者はスキル、タスク、場所などの属性を持つエージェントとしてモデル化されます。
Step 2 – AI Workforce Mapping(ステップ2:AI労働力のマッピング)
コパイロットやワークフロー自動化システムを含む13,000以上のAIツールを、人間労働力と同じスキル分類法(タクソノミー)を使用してカタログ化します。これにより、人間とAIの能力を直接比較することが可能になります。例えば、AIが病院の事務作業を自動化することで看護師が患者ケアにより多くの時間を割けるようになる(拡張)ケースや、コード生成を加速することでエンジニアが監視やテスト、統合スキルへとシフトする(変革)ケースなど、AIの影響を明らかにします。
Step 3 – Human–AI Simulation(ステップ3:人間-AIのシミュレーション)
これらの2つの集団をLPMsに統合し、労働者、スキル、AIツールの間で数十億の相互作用をシミュレートします。これにより、技術準備度、採用行動、地域差などの要因が組み込まれたシナリオが生成され、政策立案者は混乱を予測し、再スキル化戦略をテストできます。
Project Iceberg Goal(プロジェクト・アイスバーグの目標)
Icebergの目標は、インフラやトレーニングに数十億ドルを投じる前に、労働力戦略をテストするための「サンドボックス」を提供することです。
4 The Iceberg Index(氷山指数)
Iceberg Indexは、AI経済における労働力露出度を測るスキル中心の指標です。AIシステムが技術的に実行できる職務タスクの賃金価値を定量化し、人間とAIの能力の重複を明らかにします。

4.1 How the Index Works(インデックスの仕組み)
このIndexは、各職種を以下の3つの側面から評価します。
- 必要なスキル
- それらのスキルの自動化可能性(Automatability)
- その仕事の賃金と雇用における価値
これらの要素を組み合わせることで、一貫した技術的露出度の尺度が得られ、職種、産業、地域を横断して集計することができます。数式的には、所与の職種に対するIndexは、各スキルをその相対的な重要度、自動化可能性スコア、および普及率によって重み付けし、0%から100%の単一の露出度値として算出されます。
スキルが自動化可能であると見なされるのは、言語モデルが関連タスクを実行するために使用できるツールが存在する場合です。
4.2 What the Index Measures(インデックスが測定するもの)
Indexが測定するのは、AI能力と人間のスキルが重複する「技術的露出度」であり、雇用喪失の結果を測定するものではありません。
例えば、金融アナリストという職業が消えるわけではなくても、AIシステムが文書処理や定型的な分析作業の大部分で能力を発揮するかもしれません。これは、役割の構造と、引き続き需要のあるスキルを再形成することになります。Indexは、タスクレベルの能力ベンチマーク(例:GDPvalやAPEX)とは異なり、AIツールの可用性が数百万人の労働者にわたり労働力スキルを大規模にどのように変革するかを測定します。
4.3 Two Ways to Use the Index(インデックスの2つの使い方)
Iceberg Indexには、補完的な2つの目的があります。
Baseline assessment(ベースライン評価)
Indexは、最大技術的露出度を測定します。これは、AIが少なくとも一つの文脈で能力を実証した職務スキルの割合です。採用に関する仮定を設けずに問題の範囲を確立し、スキルの重複が集中している場所や、労働力構成における構造的な脆弱性を特定します。
Simulation input(シミュレーションへの入力)
ベースラインIndexはシナリオモデリングに組み込まれ、技術的能力が労働力への影響にどのように変換されるかを探索します。将来の研究では、採用の速度やパターン、職種間のスキル転換可能性、政策介入の評価などがテストされます。
4.4 Applications for Policymakers(政策立案者への応用)
Indexは、3つの補完的な戦略的機能を可能にします。
- Status Quo Assessment(現状評価): 何も行動を起こさなかった場合の自動化の可能性のベースラインを確立し、適応の必要性が最も集中している場所を特定します。
- Strategic Opportunity Identification(戦略的機会の特定): AI採用が労働力を強化しつつ、より広範な目標を推進できる場所を強調します。例として、医療事務の自動化により看護師が患者ケアに専念できるようになり、人手不足の緩和と質の向上が図れます。
- Recalibrating Investments(投資の再調整): 支援機能が自動化または拡張される際の波及効果の変化を考慮し、トレーニングやインフラ、インセンティブプログラムの投資収益率をより正確に予測できるように、従来の職務乗数(job-multiplier)の仮定を更新します。
5 Interpreting the Index(インデックスの解釈)
この分析では、技術的露出度を定量化します。現在のAIシステムが技術的・認知的なタスクを実行できるデジタルAIツールに焦点を当てており、物理的な自動化(ロボット工学)は除外されています。
5.1 Validation with Real-world Data(実世界データによる検証)
本稿の手法は、2つのテストを通じて検証されています。
Skill-Based Validation(スキルベースの検証)
スキルプロファイルに基づいて職種間の類似性を計算し、それが実際のキャリア転換ネットワーク(労働者が一般的に移動する職種間)と一致するかどうかをテストしました。結果として、本稿のスキル埋め込みは、一般的に観察されるキャリア移動関係の85%を予測することに成功しました。これは、スキルベースの表現が単なる理論的構成物ではなく、真の労働市場構造を捉えていることを裏付けています。
Adoption Validation(採用の検証)
自動化露出度の予測が、実際のAI使用状況と一致するかをテストしました。Anthropic Economic Index(AEI:数百万人のユーザーからの実際のAI使用状況)と、Surface Index(コンピューティングおよび技術職種の露出度)を比較したところ、地理的な一致率は69%でした。特にワシントン州、カリフォルニア州、コロラド州のようなリーダー州と、ワイオミング州、ミシシッピ州のような後進州の両極端で強い一致が見られました。Indexが実際の使用状況よりも高い露出度を示すケース(例:テキサス州やノースカロライナ州)は、Indexが広範な採用が発生する前に構造的な露出度を特定する先行指標として機能することを裏付けています。

5.2 Quantifying the Tip of the Iceberg(氷山の一角の定量化)
AI採用が現在集中しているコンピューティングおよびテクノロジー職種におけるスキル重複(Surface Index)は、全国平均で2.2%に留まります。これは、テクノロジー職種に従事する約190万人の賃金価値で、約2,110億ドルに相当します。ワシントン州 (4.2%)、バージニア州 (3.6%)、カリフォルニア州 (3.0%) がこの露出度をリードしていますが、これらの州でさえ、技術タスクは雇用全体のごく一部です。

Iceberg Insight 2: Tech Disruption Is Visible but Small(技術的な混乱は目に見えるが小さい): 見出しは技術スキルに焦点を当てがちですが、これらは労働市場の賃金価値のわずか2%を占めるにすぎません。目に見える技術部門を超えた隠れた部分は、その5倍の大きさです。
5.3 The Hidden Mass Beneath the Surface(表面下の隠れた塊)
AI能力は、コーディング用に開発されたツールが文書処理、財務分析、ルーチンな管理タスクなどで技術的能力を示すように、技術職以外にも認知および管理業務へと広がります。
技術部門以外の管理、金融、専門サービス職種に同じスキル重複の分析を適用した結果、デジタルAIによるIceberg Indexは平均11.7%に達し、Surface Index(2.2%)の5倍の大きさであることが判明しました。
さらに重要なのは、この広範なスキル重複が地理的に分散していることです。サウスダコタ州、ノースカロライナ州、ユタ州は、カリフォルニア州やバージニア州よりも高いIndex値を示しています。例えば、テネシー州 (11.6%) やオハイオ州 (11.8%) の高いIndex値は、工場やサプライチェーン内の管理および調整の役割(ホワイトカラー機能)に起因しており、州が物理的な自動化に主に焦点を当てている場合、政策立案者にとって見過ごされる可能性があります。

Iceberg Insight 3: White-Collar Exposure Is Nationwide(ホワイトカラーの露出度は全米にわたる): AIが能力を示す管理および金融タスクは、目に見える技術的混乱の5倍の賃金価値に及び、沿岸部だけでなく全米に地理的に分布しています。
5.4 The Blind Spot: Automation Surprise(盲点:自動化のサプライズ)
Surface IndexとIceberg Indexの間に大きな差がある州は、技術セクターの採用が最小限であるにもかかわらず、認知作業に大きなスキル重複が存在しており、準備戦略と技術能力パターンがミスマッチしている可能性があります。
アメリカの産業の中心地帯(ラストベルト諸州)で最大のギャップが見られます。例えば、オハイオ州、ミシガン州、テネシー州などは、Surface Indexの値は控えめですが、Iceberg Indexの値は高く、製造業のオペレーションを支える財務分析、管理調整、専門サービスといった認知作業に牽引されています。テネシー州を例にとると、Surface Indexが1.3%であるのに対し、Iceberg Indexは11.6%であり、管理およびサービス機能の技術的露出度が目に見える技術職種の最大10倍であることを示しています。
これは、労働力計画が目に見える技術セクターの採用に焦点を当てがちである一方で、認知・管理作業が準備戦略で軽視されてきたために生じるギャップです。技術セクターが小さい州は、ホワイトカラーの仕事で自動化が加速した際に、不意を突かれる(サプライズに直面する)危険性があります。
Iceberg Insight 4: Manufacturing States Face Hidden White-Collar Surprise(製造業の州は隠れたホワイトカラーのサプライズに直面する): オハイオ州やミシガン州など中西部の州は、物理的な自動化に焦点を当てるかもしれないが、認知・管理作業における二桁の技術的露出度に直面しており、その露出度は技術セクターの最大10倍です。
5.5 Industry Patterns: Concentrated vs. Distributed Impact(産業パターン:集中的な影響対分散的な影響)
Iceberg Indexの値が同程度でも、産業全体に露出度がどのように分布しているかによって、州が取るべき戦略は大きく異なります。集中型のリスクは特定のセクターに焦点を当てた対策を可能にしますが、分散型のリスクは広範な多セクター間の調整を必要とします。
この構造を定量化するために、本稿では労働経済学で一般的に使用されるHerfindahl-Hirschman Index (HHI) を使用しました。HHIは、各産業の露出度の貢献度を二乗して合計することで、露出度が少数の支配的なセクターに集中しているか、あるいは広範に分散しているかを定量化します。HHIは次のように定義されます。
$$HHI = \sum_{i=1}^{N} s_{i}^{2}$$
ここで、\(s_{i}\) は産業 \(i\) の露出度( exposed wage value )の州全体に対するシェアであり、(N) は産業の数です。HHIの値が高いほど集中度が高く、低いほど分散度が高いことを示します。
分析の結果、ノースイースタン・ベルトの州(例:バージニア州)は、金融やテクノロジーに集中した露出度を示す傾向があるのに対し、製造業ベルトの州(例:アイオワ州、オハイオ州)では、物流、生産、管理、サービスに広く露出度が分散しているパターンが見られました。

Iceberg Insight 5: Structure of Exposure Determines Strategy(露出の構造が戦略を決定する): 同じレベルの技術的露出度であっても、集中型のパターンではセクター固有の対策が、分散型のパターンでは多セクター間の調整が必要とされます。
5.6 Why Traditional Metrics Miss the Iceberg(従来の指標が氷山を見逃す理由)
従来の経済指標(GDP、一人当たり所得、失業率)は、州のパフォーマンスを評価するために広く使用されています。これらの指標とIceberg Indexとの相関関係をテストしました。
結果として、従来の指標はSurface Index(今日の目に見える混乱)とは適度な一致を示しました。GDPが高かったり失業率が低かったりする州は、テクノロジーセクターが大きいため、目に見える露出度も高い傾向があるからです。
しかし、Iceberg Index(認知および管理タスクへの広範な露出度)との関係はごくわずかであり、GDP、所得、失業率のいずれもが、システム的な露出度の変動の5%未満しか説明できませんでした。例えば、デラウェア州やユタ州は、カリフォルニア州よりも経済規模が小さいにもかかわらず、集中した金融・管理セクターが存在するため、Iceberg露出度が高く示されました。

Iceberg Insight 6: Traditional Metrics Miss the Hidden Risk(従来の指標は隠れたリスクを見逃す): GDPや失業率は今日の目に見える技術的混乱は追跡しますが、Iceberg Indexが明らかにするホワイトカラー自動化の全国的な広がりを捉えることができません。
6 Limitations(限界)
Iceberg Indexは技術的露出度、すなわちAI能力と職務スキルが重複する場所を捉えるものであり、実際の雇用喪失や労働市場の結果を予測するものではありません。実際の労働市場への影響は、企業の採用戦略、労働者の適応、規制、経済状況などの外部要因に依存します。
6.1 Validation(検証)
本フレームワークは、キャリア転換の予測における高い再現率や、観察されたAI採用パターンとの地理的な一致など、実証的な検証を達成しています。しかし、検証のアンカーは現在の文脈(人間のみの労働市場、技術セクターのAI使用)を反映しているため、非技術セクターでの採用ダイナミクスを完全に捉えていない可能性があります。
6.2 Measurement Scope(測定範囲)
Indexは、学術的なベンチマークでテストされた「フロンティアモデル」の能力ではなく、エンタープライズ環境に展開された実稼働AIシステム(コパイロット、ワークフローシステム)からの露出度を測定します。これにより、AIが現在仕事に影響を与えうる場所を捉え、即時の露出度の控えめな推定値を提供します。
6.3 Modeling Choices(モデリングの選択)
解釈に影響を与える主な仮定には、以下が含まれます。
- 賃金価値による重み付け: 職種間の比較は可能になりますが、職務の質(安定性、裁量権など)や職種内の異質性(一部のタスクの自動化可能性が高いこと)を平滑化する可能性があります。
- スキル転換可能性: スキルが異なる職業的文脈間で転換可能であると仮定しており、露出度の上限を確立していますが、短期的な露出度を過大評価する可能性があります。
- デジタルAIへの焦点: 認知・管理自動化に焦点を当てており、採用データの未熟さから物理的ロボット工学は除外されています。
6.5 Complementary Role(補完的な役割)
Iceberg Indexは、従来の労働指標(GDP、失業率、賃金)を置き換えるのではなく、補完する役割を果たします。従来の指標が実現された結果を追跡するのに対し、Iceberg Indexは採用が具体化する前の潜在的な露出度を明らかにします。
7 Conclusion(結論)
Iceberg Indexの分析は、AI経済における労働力計画に存在する大きな測定ギャップを明らかにしました。
現在、AIの採用が集中している技術職の露出度(Surface Index 2.2%)は、氷山の一角に過ぎません。AIの技術的能力は、金融、ヘルスケア、専門サービスにおける認知・管理タスク(Iceberg Index 11.7%、約1.2兆ドル)に広く及びます。この5倍の露出度の差は、地理的に全国に分散しており、沿岸部のハブに集中しているわけではありません。したがって、目に見える技術セクターの信号にのみ基づく労働力準備戦略は、潜在的な変革を大幅に過小評価する可能性があります。
Iceberg Indexは、AIが職務タスクを実行できる技術的な露出度を測定するものであり、将来の雇用喪失を予測するものではありません。しかし、Project Icebergが提供するシミュレーション機能を利用することで、州や企業は、政策介入を事前にテストし、資源を投じる前に、戦略的で先見的な労働力計画を立てることが可能になります。
Iceberg Indexは、トレーニングへの投資先、優先すべきスキル、インフラと人的資本のバランスなど、重要な労働力決定のための測定可能なインテリジェンスを提供します。目に見える混乱だけでなく、水面下に隠れたより大きな変革の可能性を明らかにすることで、Iceberg IndexはAIを「対処すべき危機」から「ナビゲート可能な移行」へと変えるためのツールとなります。
まとめ
Iceberg Indexは、AI経済における労働力への影響を測定する新しい指標として、従来の経済指標では捉えられなかった「水面下の露出度」を可視化しました。現在目に見えているテクノロジー部門での影響(2.2%)は氷山の一角に過ぎず、管理・金融・専門サービスといった認知作業領域では、その5倍に相当する11.7%(約1.2兆ドル)もの技術的露出度が全米に広く分散していることが明らかになりました。
特に注目すべきは、オハイオ州やミシガン州といった製造業中心の州において、物理的な自動化への備えは進めているものの、ホワイトカラー業務における認知作業の自動化可能性については準備が不十分である可能性が示唆されている点です。従来の経済指標(GDP、失業率など)では、このスキルベースの露出度の変動の5%未満しか説明できず、AI時代に適した新しい測定基準の必要性が浮き彫りになったと言えます。
Project Icebergが提供するシミュレーション環境は、政策立案者や企業が数十億ドル規模の投資判断を行う前に、異なる政策シナリオをテストし、地域や産業ごとの構造的な脆弱性を特定することを可能にします。AI経済への移行を「対処すべき危機」から「計画可能な変革」へと転換するための、実践的なツールとして期待されます。
